140.冷遇令嬢はまた一歩近付いた
ユッテ殿下のご縁談。たしかに、王族であられるし、ご年齢的にもそんな話があってもおかしくはない。
フェルディナン殿下が、盛り上がる室内に視線を移された。
「……イグナス陛下のことを、コルネリア陛下はどう見ている?」
「あら!? ……リレダル王家ではユッテ殿下のお相手に、イグナス陛下をお考えなのですか?」
「ふふっ。まだ、こちらの勝手な検討対象でしかないが」
「お似合いだとは思いますけど……」
麗しい面立ちに似合わず、直情的で激情型のイグナス陛下と、しっかり者のユッテ殿下。
気の合うところを見付けられたら、とてもいいコンビになれる気がする。
「でも……、やはり、ユッテ殿下のお気持ちを大切にしてあげてほしいですわね」
「ははっ、その通りだ。俺もユッテには幸せになってもらいたい」
「ええ……」
「ユッテはあの性格だ。最初の出会いが政治絡みでは、そのあとも引きずりかねん」
「あら? ……それでクランタスには、フェルディナン殿下が?」
「ふふっ、そういうことだ。……イグナス陛下を見極め、場合によっては〈そういう相手〉としてユッテに引き合わせたい。こう……、ロマンチックにだな……」
「ふふっ。そうですわね」
大河の交易に復帰したばかりのリレダル王国にとって、クランタス王にユッテ殿下を婚わせる縁組は、政略的に大きな意味を持つだろう。
ただ、それをユッテ殿下に意識させてしまったら、使命感だけで結婚を政略として承諾されかねない。
『このユッテにお任せください! きっと両国友好の架け橋になってみせます!』
と、胸を張るお姿が目に浮かぶようだ。
クランタス王のお顔も見ずに、結婚を決めてしまわれることだろう。
わたし自身、政略結婚がただちに不幸なものだとは思わない身の上だ。
けど、祖母レナータのような例もある。
ユッテ殿下にはできることなら恋は恋としてご経験いただき、恋を成就させるような幸せな結婚をしてほしいと思ってしまう。
そして、そのわたしの想いを、フェルディナン殿下とも共有できているのだろうと感じた。
「ふっ。コルネリア陛下が、イグナス陛下を〈悪くない〉とお感じになられていることだけでも、充分な収穫だ」
「恐れ入りますわ」
「……どちらにせよ、今すぐの話ではないし、その間にイグナス陛下が王妃を娶られたら立ち消えになる話だ」
「心得ました。……内密に」
「……助かる」
と、目をほそめられたフェルディナン殿下の表情は、しっかり〈お兄さん〉のものだった。
「まあ、なにせ。俺はエイナル殿下とコルネリア陛下のおかげで、長年の恋を実らせられた立場だ!」
「ふふっ。……おかげかどうかはともかくとしまして、カーナ妃殿下と仲睦まじくお過ごしと、遠くテンゲルの地まで聞こえておりますわよ?」
「俺が尻に敷かれてるという噂だろう?」
「ふふっ。どうでしょう?」
「ははははっ! ユッテにも、心憎からず想う者と結ばれてほしい。そう願っている」
「はい、わたしもですわ」
王族の婚姻は難しい。
クランタス王が言及されていた、ブラスタ王国のダギス家。
王家の分家であり、クランタス王に王妃を出す縁談が進んでいたところを、王家に疎まれ、焼き討ちに滅ぼされたと聞く。
わたしの軟禁中の出来事で、詳細は伝聞の域を出ないけれど、クランタス王が怨むのは、婚約者を亡命で失ったせいだろう。
イグナス陛下がまだ王太子時代に起きた事件だけど、ご即位後も、虎視眈々と復讐の機会を窺われているのに違いない。
国境の壁を超え、愛憎が交錯する。
フェルディナン殿下が眉を寄せ、険しく星空を見詰めた。
「……ブラスタ王国は元来、外交音痴。当面は無視していいだろうというのが、父国王陛下のご判断だ」
「リレダルの国王陛下が……」
「コルネリア陛下が、カリス殿を遣わされご示唆いただいた、不審な取り引き。……リレダルでも確認されている」
「やはり……」
「……捜査に踏み込ませたが、尻尾をつかめなかった」
「……そうですか」
フェルディナン殿下が、皮肉げに口の端を歪められた。
「クランタスの王。……俺が言うのもなんだが、まっすぐだし、熱いし、なかなか扱いにくいな?」
「ふふっ。……そうですわね」
「……申し訳ないが、コルネリア陛下がしっかりと手綱を握られているのを確認させてもらった」
「まあ。意地悪ですのね?」
わたしを見詰め、微笑まれるフェルディナン殿下の琥珀色の瞳が、深淵をのぞき込むように輝いた。
「王族だからな」
「……国と民を預かる重い責任のなせる業と心得ておりますわ」
微笑みを交わし合う。
つまり、激情に火のついたクランタス王をわざとわたしの前に連れてきて、道化を演じながら観察しておられたのか。
クランタス王の危うさを、わたしが御せているのか、試されていたのだ。
フェルディナン殿下の奔放なおふる舞いの裏にある、重層的な思惑。
王族としての凄みを見せ付けられた思いだ。
タネ明かしをされたのは、信頼するのはクランタス王ではなく、飽くまでもわたしなのだと釘を刺しておられるのだろう。
「クランタスも交えた秘密協定の締結。闇の組織との対決。……コルネリア陛下を盟主と仰ぐ限りにおいては、信じるに足る。父国王陛下には、そう報告させてもらうことにする」
「……身の引き締まる思いにございます」
「リレダルは既に、コルネリア陛下の才を知っている」
「わたしを世に送り出してくださった、まさに母国であると感謝しております」
「……だが、他国はそうではない。一筋縄ではいかん国ばかりだ」
「はい……」
「……対立や好悪の情を胸に秘めつつ、それでも手を握り合わねば……、バーテルランドとの戦争の二の舞だ。歯を食いしばり、戦端が開くことは避けたい」
ご自分に言い聞かせるような、フェルディナン殿下のご口調。
大河流域国家との30年ぶりの国交復活に苦戦されている様が、ありありと伝わる。
バーテルランドより下流、つまりはリレダルを除く大河流域国家のすべては、交易を通じて間接的にバーテルランドを支援していたのに等しい。
それでも、リレダルが戦争に負けなかったのは強国だからだ。
リレダル、ソルダル、ホイヴェルク。事実上の三ヶ国連合王国が結束して、バーテルランド以下、下流国家のすべてに立ち向かった。
平和や友好を望んでいても、心情的な障壁は高い。
「大河の民……」
「ん?」
「……エイナル様が仰ったのです。我らはおなじ〈大河の民〉ではないか、と」
「ふふっ。それはいいな。……大河の民か」
民の輪にも自然と溶け込み、心の壁をやわらかく融かしてしまうエイナル様であればこそ、自然と口を突いて出たのだろう。
――大河の民。
ときには対立し、干戈を交え、血を流し合った大河流域国家の認識をゆるやかに変えていく可能性を秘めた、魔法の言葉。
楽しげに、何度も口にされるフェルディナン殿下の表情からも確信できる。
敵国――、が同胞になる言葉。
やはり、エイナル様はすごいお方だ。
部屋の中のエイナル様に目を向ければ、フェルディナン殿下をして「扱いにくい」と言わしめたクランタス王と、打ち解けたご様子で仲良く杯を酌み交わしている。
「ふふっ。……コルネリア陛下」
「はい、なんでしょう?」
ふり向くと、フェルディナン殿下が悪戯っ子のような表情を浮かべておられた。
「ユッテの縁談の件は本当だ」
「あ、ええ……」
「我が妹ながら、ユッテであればどんな悍馬の手綱も放さず乗りこなす。暴れ馬も名馬に仕立てるだろう」
「ふふっ。……わたしもそう思いますわ」
純真無垢に突進されるところのあるイグナス陛下と、あっけらかんとされながら思慮深いユッテ殿下。
クランタスが、心強い同盟国、同志国になる様が目に浮かぶ。
「だが、コルネリア陛下。……それ以前に、イグナス陛下は、いまはコルネリア陛下にご執心のようだ」
「え? ……わたしですか? ……良くはしていただいておりますが……」
「ふふふっ。……あの手の男に執着されると、後が大変だぞ? 適切な付き合いを踏み越えさせるなよ?」
「こ、心得ました……」
「かつてのカーナのようになるぞ?」
「まあ。……それは、妃殿下に告げ口いたしますわよ?」
「ははははっ! それは困った。また王宮の中を追いかけ回されてしまう」
「……そ、そんなことが……」
明るく笑い飛ばされたフェルディナン殿下は、スッと部屋の中に戻られ、クランタス王のお隣に座られた。
様々な課題はあっても、確実に前に進んでいる。
リレダル王国は、クランタス王国の大河委員会条約加盟と秘密協定の締結に同意してくれたということだ。
闇資金の解明に、また一歩近づいた。
星空を見上げ、カリスを想った。
遠く離れていても、心をひとつにして、リレダルとバーテルランドの説得に奔走してくれている。
心強い限りだし、はやく会って労いたい。
そして、三日後。
連日の二日酔いのままに滞在を続けるクランタス王と、フェルディナン殿下もおられるなか、カリスからの急報が届く。
ビルテさんと測量を続ける荒野で、書簡を開いた。
「……バーテルランドの密使が、ここに来るみたいですわ」
「ほう」
「イグナス陛下とフェルディナン殿下がご滞在中って情報を、クラウスがカリスに報せてくれてたのね」
「はははっ。……さすがの連携だな。あのふたりは」
「頼もしい限りですわ」
クランタス、リレダル、バーテルランド、そしてテンゲル。四王国の責任ある立場の者が一堂に会しての非公式会合になる。
秘密協定の締結に向け、最大の山場を迎えることになった。
本日の更新は以上になります。
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