138.冷遇令嬢は流されない
「やあやあ、コルネリア陛下! エイナル殿下! いつも通り、突然の気まぐれで申し訳ないな!」
と、悪びれもせず、突き抜けるような笑顔で現れたフェルディナン殿下。
冬の寒気を吹き飛ばすような、赤みを帯びた黄金色のお髪に、やや面長で鼻筋の通ったお顔立ち。
琥珀色の瞳はどこまでも透んでいて、奔放なご気性には、まったくお変わりがない。
ただ、女王になったわたしに、丁重で優美な拝礼を捧げてくださった。
「イグナス陛下と語り合ううちに、どうしてもコルネリア陛下のご尊顔を拝したくなってしまったのだ!」
「ふふっ。……嬉しいお言葉ですわ」
クランラス王に視線を向けると、こちらも少女のような麗しい面立ちに満面の笑み。
まるで、フェルディナン殿下と意気投合されたかのような雰囲気だ。
そして、すこし離れてしゃがみこむサウリュスに、チラッと視線を送られた。
――相変わらずだな……。
と、壮健であることだけを確認する、情愛のこもった眼差し。
サウリュスの方は気にかける様子もなく、膝に抱えたスケッチブックとわたしたちとを交互に眺めては、木炭を走らせる。
見目麗しき高貴な異母兄弟が、ほんの一瞬だけ見せてくれた紐帯が、すこし眩しい。
複雑な生い立ちを抱えながらも、ふたりは落ち着くべき関係性を見い出したのだ。
クランタス王の視線がわたしに向く。
「……私はつい先日お会いしたばかりだというのに、フェルディナン殿下に押し切られてしまいました」
「まあ。仲のよろしいことですわね」
意見が衝突したという報せは誤報だったのかしら? ……と、微笑みつつ、おふたりに椅子を勧める。
「騎士団が野戦に用いる、簡素なもので恐縮ですが」
「いやいや、これはこれで味わい深い!」
「こちらは勝手に押し掛けた身。……お気遣いくださるな」
おふたりとも嬉々とされ、わたしとエイナル様を挟んで腰を降ろされた。
経緯はともかく、他国の要人を迎えているのだ。ビルテさんは万事遺漏なきよう、警備の指揮を直接執っている。
ガチガチに緊張したウルスラが、お茶を出してくれた。
好奇心を隠されないフェルディナン殿下の瞳が、パッと大きく見開かれる。
「お! そなた、ノエミの妹であろう?」
「あ、は、はい……」
「うむ。よく似ているな! ノエミは俺の妹ユッテの、いい友だちになってくれているぞ? なにやら、放っておけぬらしい」
「……お、恐れ入ります」
「はははっ。緊張させてしまったか。……温かい茶。ありがたく、いただこう」
クランタス王が眉を寄せて笑った。
「なんだなんだ、フェルディナン殿下? コルネリア陛下のご側近を分け合っていると、私に自慢しているのか?」
「まさか。妹ユッテが世話になっていると礼を申したまでのこと」
と仰りながらも得意げなフェルディナン殿下に、クランタス王が身を乗り出す。
わたしの隣に腰をおろすクランタス王の麗しいお顔が、わたしにグイッと近付く形になって、すこし身を反らして苦笑いした。
「……あれなるは、わがクランタスの誇る宮廷画家。コルネリア陛下より側仕えを許されております」
「なんと、それは羨ましい」
「ふふふっ。クランタスとテンゲルが結んだ、深い魂での交流がお分かりいただけたかな?」
深い魂での交流? ……初耳。
わたしを挟んで、なにを張り合われているのか。それも、サウリュスの邪魔をしないように、声を潜めてまで。
エイナル様に目を向けると、泰然と微笑まれたままだ。
キョロキョロと、高貴な御三方の顔を見比べてしまう。
――ん? ……これ、なんの集まり?
あらためて素朴な疑問が湧いたとき、身体を起こしたクランタス王の視線が、遠くブラスタ王国の小麦畑に向いた。
弧を描くように椅子をならべるわたしたち全員の視線が、おなじ方を向く。
「……コルネリア陛下にお詫びせねばなりません」
クランタス王の呟きに、やはり秘密協定の件がリレダルと決裂したのかと、表情が引き締まった。
たとえ、おふたりがどんなにくだらない理由で行き違ったのだとしても、ここはなんとか仲裁したい。
と、身構えたわたしにとって、続くクランタス王の言葉は意外なものだった。
「ポトビニス王国の件ですが……」
「……ポトビニス?」
「……大河委員会条約への加盟を断ってきおったのです」
「あら……」
「どうも、ブラスタ王国の手が回っていたらしい……」
ポトビニス王国は、クランタス王国とブラスタ王国に挟まれた小国だ。
クランタスは事実上の衛星国として扱ってきただけに、プライドを傷付けられたのだろう。
クランタス王は苦い顔で吐き捨てた。
「いま、ポトビニスの宮廷に人を送り込み、挽回を図っているところです」
「……どうぞ、ご無理はなさらないでくださいませね」
「お気遣い痛み入ります。……されど、我が国の威信がかかることなれば……」
エイナル様が、すこし顎をあげ、ブラスタの小麦畑に冷ややかな視線を投げた。
「ブラスタは、大河委員会に反対しているのですね?」
「……そのようです」
「闇……、に。ブラスタが王国ごと呑まれているということは?」
「いや、恐らくそれはない」
クランタス王は、躊躇いなく断言された。
「……ブラスタは元来、農業国で保守的な国柄。単に変化を嫌ってのことでしょう」
「コルネリアの提唱する大河の国際河川化が気に喰わない、……という話ですね?」
「ご賢察の通りかと。……不正は〈商い〉にこそ潜みやすい。農のみを尊ぶブラスタへの浸食度は低いと見ております」
「……なるほど」
エイナル様のお声に、珍しく怒気が含まれていることに戸惑っていた。
それが、国際河川化――わたしの理想を、ブラスタ王国から貶されたように受け止められたからだと気が付いた。
困惑もするけれど、嬉しくもある。
フェルディナン殿下が身を乗り出され、声を潜められた。
「それがだな、エイナル。いや、エイナル殿下。……ブラスタからリレダルに、大河委員会をやめにせぬか? と、誘いがあったのだ」
「ほう……」
「国交を回復するにあたり、元の秩序に戻そうではないか、……とな」
これで読めた。
クランタス王とフェルディナン殿下が、急ぎテンゲルに駆け付けたのは、対ブラスタの軍事同盟を結ぼうというのだ。
大河委員会はリレダルの大河院を母体に発足しており、実はリレダルにとっても大きな誇りになっている。
それと知らず、ブラスタ王国は大河委員会の解体論を唱え、リレダルの虎の尾を踏んだのだ。
クランタス王の顔が険しく歪む。
「……ブラスタの王家には、わが国との友好を進めようとしたダギス家を、焼き討ちにして滅ぼされた怨みもある……」
少女のような面立ちのクランタス王が敵意をむき出しにされると、怖気が立つほどに美しく、迫力があった。
クランタス王は、父王を軽んじた貴族をすべて粛清した、激情の専制君主でもあられる。
武力行使を躊躇われる方ではないだろう。
サウリュスが物憂げな表情で走らせる木炭の音が、険しく鋭く響いている。
フェルディナン殿下が、膝に腕を置いて身を乗り出されたままニヤリと笑った。
「……わがリレダル王国の誇り、大河伯コルネリア陛下への侮辱。看過できん」
エイナル様まで、ブラスタからわたしを貶されたかのように反感を隠されない。
もちろん、すぐさま武力侵攻しようということではないだろうけど、わたしとしては、この空気に流される訳にはいかない。
安易な武力による解決に、わたしが賛同することはない。
いちばん迷惑を被るのは民だ。
そして、大河流域国家間の対立は、必ず闇の勢力につけこまれる。解決が遠のく。
にこりと微笑み、御三方を見渡した。
本日の更新は以上になります。
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