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137.冷遇令嬢は告げ口しておこう

丘を降りながら、エイナル様にボヤく。



「王と王太子ですのよ!?」


「うん……、そうだね」


「そりゃ、国益をかけ、真剣な議論で衝突する……、とかなら、理解できますけど」


「う、うん……、ボクもそう思うよ」



エイナル様が笑いをこらえてる感じも、すこしイラッとする。


クランタス王と、フェルディナン殿下の意見が衝突した内容というのが、



――どちらがコルネリアと仲良しか。



「子どもですか!?」


「ぷぷっ……、ボ、ボクもそう思うな」


「もう! エイナル様も笑うなら笑うで、ハッキリ笑ってくださいませ!」



わたしの言葉に耐えられなくなったという風情で、後ろからビルテさんの爽やかな笑い声が響いた。



「ははははっ! モテモテだな、コルネリア陛下」


「もう、ビルテさんまで。……わたしは、おふたりの意見が対立したと聞いて、真剣に心配しておりましたのに……」


「ふふっ。いいことではないか。大河流域国家がコルネリア陛下を中心に動き始めた象徴のような話だ」


「……国王と王太子が『俺の方が仲良しだもん!』って喧嘩することがですか?」



ジトっと、ビルテさんを見詰める。



「エイナルの言う通り、喧嘩というほどのことはないのではないか? ……おふたりそろってこちらに向かわれてるのだろう?」


「それもですよ! 帰り道のフェルディナン殿下はともかく、イグナス陛下は……、えっ? 暇なんですか、クランタスの国王は?」


「くぷっ……、そ、そうなんじゃない?」



王と王太子が、わざわざ他国の女王のもとに押しかけて、



――さあ! どちらと仲良しなのかハッキリさせてもらいたい!



と、わたしに迫るつもりなのか。


どちらとも仲良しに決まってるではないか。まったく。


ビルテさんはツボにはまったようでお腹を押さえてプルプルしてるし、エイナル様は空を見上げたままだ。


こういうとき、カリスがいたら、わたしと一緒にプリプリしてくれると思うのに。


唇を尖らせてしまう。


サウリュスが億劫そうに呟いた。



「……我が国王陛下には、そういうところがある」


「ええ……。ん? ……ど、どういうところですか?」


「謎を謎のままにしておけぬ」


「あ、……ああ」


「……それが、我が君の神聖性と英雄性の根源を為している」



チラリと、サウリュスの顔色を窺った。


特段、主君で異母弟を尊敬しているという雰囲気でもない。


夕焼け空の色味を、わたしに解説してくれたときのような語り口調。


サウリュスとクランタス王との関係こそ、わたしにとっては不思議で、解き明かしたい謎のようなものだ。


それに、結局クランタスとリレダルの秘密協定に関する交渉がどうなったのか、その肝心な報告が届いてない。



「こちらに来られるのなら、直接おうかがいすればいいんじゃない?」



と、ようやく笑いを中空に逃したエイナル様が、やさしく微笑んでくださった。



「……そ、それはそうですけど」


「決裂したっていう報せよりは、よほど良い報せだったと思うよ?」



よく考えみれば、エイナル様にとっても、ビルテさんにとっても、フェルディナン殿下は元の主君筋で王立学院の後輩だ。



――さすが、フェルディナン殿下はこうでなくちゃ!



という、愛なのだと受け止められなくもない。


わたしも、ふっと息を抜くことにした。


一応、あとでカーナ妃殿下には告げ口しておこう。


尻に敷かれてるらしいし、こってり叱られたらいい。



  Ψ



おふたりの受け入れ準備は、ばあやに任せて、一帯の視察と測量に出かける。



「……国境沿いに堤防を延長するのも、城壁を築くような話ですし」


「それは、非効率だな……。敵対的行動とも見做されるだろうし」



ビルテさんと一緒に、地図とにらめっこ。


軍用の、立ったまま使える小机に地図を広げ、周囲を見渡しながら検討する。



「……大河の湾曲的に、こちら岸の方が危険性は高いですけど、対岸もありますし」


「う~ん……、まあ、ブラスタ側に対応を取ってもらうのが本筋だからな」


「最悪のケースを想定して、排水路を増設する計画だけでも、あらかじめ立てておきたいんですよね」


「なるほど。こちら側に浸水してきても、そのまま大河に戻すってことか」


「限界はありますけどね」



小麦畑の広がるブラスタ側と違い、テンゲル側はあまり農地として活用されてない。


ただ、浸水が行宮の置かれた市街地に及べば、民の生活を壊してしまう。



「……ブラスタに懸念を伝えて交渉するにしても、こちらが無策だと足元を見られるでしょうし……」


「ふふっ。難癖をつけられたら『こちらはこちらで対応するので、どうぞご勝手に』と、突っぱねるつもりだな?」


「そこまで露骨に喧嘩は売りませんけどね」



ビルテさんに苦笑いを返し、指先に白い息を吹きかけた。


ハンリ率いる一隊が、わたしの指示した箇所を測量して来てくれ、地図に書き込む。



「うわっ……」


「……え? どうされました?」



ハンリの凛々しい眉が寄る。



「ああ、ごめんなさい。……地図が、そもそもいい加減なんだと思って……」


「……測量、し直して参りましょうか?」


「そうね。念のため、お願い」



国境地帯の僻地ではあるし、多少、統治の手が緩んでいるかもとは思っていた。


だけど、正確な地図がないと、計画の立てようがない。


地図を信頼して排水路をつくったら、水を逆流させるところだった。氾濫がむしろ内陸部に広がる謎の破壊兵器になる。



「……イチからの国づくりだな」


「ところどころは、ちゃんとしてますから、逆に手間がかかりますわ」


「まったくだ」



カラカラと笑い飛ばしてくれるビルテさんにつられて、わたしも肩をすくめる。


周囲に人が少なくなったのを確認してから、声を潜めた。



「……チーズ屋のご主人は?」


「まだ何も、だな」


「奥さんや子供さんとの面会はどうです? ……様子に変化は見られませんか?」


「残念ながら……」



王都では〈見せる警備〉と諜報網の見直しを行い、いまのところ平穏を保っている。


チーズ屋の主人の不在を悪用した流言飛語にも警戒しているけど、不穏な噂が飛び交うといった様子も確認できてない。


ビルテさんが、険しく目をほそめた。



「派手に動いて鳴りを潜める。こちらの緊張の糸が切れるのを待っている……、か」


「……か?」


「なにも考えていないのか。……分からんことに、疑心暗鬼に陥れば〈向こう〉の思う壺というところだろう」


「そうですわね……」



こちら側の動き――、水没文書の復元、不審な商会の洗い出し、秘密協定の締結なども厳重に秘匿している。



「……沈黙に沈黙で対抗することが、果たして正解なのか……」


「いや、この局面においては、コルネリア陛下の判断が正しいだろう」


「……そうですか?」


「放火の手口を見ても、手慣れたものを感じる。こちらが派手に華々しく『闇組織の壊滅』などと掲げれば、暴動の比ではないダメージを被る恐れがある」


「たぶん、どこかで『共存共栄』を持ちかけてくると踏んでいたんですけど……」


「はははっ。それは、我慢比べだな」


「ふふっ。そうですわね」



思い詰めれば負けだ。


ビルテさんのカラカラとした笑い声が、そう教えてくれている。


視界の先に、騎乗されたエイナル様のお姿が見えた。後ろにウルスラを乗せている。



「ふふっ。……さすがに、前はコルネリア陛下の指定席だな?」


「そっ、そうですわよ?」



ビルテさんのからかい口調が、やっぱり気恥ずかしくて、怒ったような声が出てしまった。


エイナル様には近隣住民の様子を見に行っていただき、ついでなのでウルスラも連れて行ってもらった。


普段は元気なウルスラだけど、まだまだ幽閉生活の傷を感じることもある。


目新しい風景は、その傷を癒す。


わたしにも覚えのあることだ。


馬を降りて歩み寄られたエイナル様が、すこし悪戯っぽい微笑みをわたしに向けた。



「ウルスラが、カッコイイって。コルネリアのこと」


「まあ」


「ちょ……、エイナル殿下?」



ウルスラが眠たそうな瞳を大きく開いて、エイナル様を見詰めた。



「ふふっ。……野戦机に地図を広げ、可憐なドレス姿の女王陛下が、赤髪の凛々しい騎士団長を従え、荒野を見渡す。……ボクも見惚れちゃうほどにカッコイイよ?」


「もう……」


「カ、カッコイイです! コルネリア陛下! ビルテ閣下も!」


「ははははっ! 光栄だな」



両拳を握り締めるウルスラの頭を、ビルテさんがやさしくポンポンッと叩いた。



「ウルスラも、いい女になれるぞ?」


「ほ、ほんとですか!?」


「ああ。誠意を込めてコルネリア陛下に仕えていたら、きっとなれる」


「は、はいっ!」


「私など、旦那がいるというのに逢い引きの誘いが絶えん」


「え、されてるんですか、逢い引き?」



と、思わずビルテさんの顔をのぞき込む。



「はははっ! もちろんだ。無碍にお断りしては失礼というものだろう?」


「そ、そうですか……」



ビルテさんは幼馴染の旦那さんに一途だと聞いてたのにな……、と思ったとき、ニカッと笑われた。



「私を誘ってくれるのは、だいたいご令嬢か街の娘だ。おかげで、王都のケーキ屋に詳しくなってしまった」


「ああ……。新年のパレードでも、女性からの声援が多かったですものね、ビルテさん」


「しかもだ、聞かれるのはコルネリア陛下のことばかりだ」


「ま」


「豪雨対応中の幕営での出来事など、話し過ぎて、吟遊詩人にでもなろうかというほどに仕上がってしまった」



爽やかに笑うビルテさん。


わたしは、苦笑いを返すしかない。



「……わ、私にもお聞かせください」



と、目を輝かせるウルスラからも目を逸らし、頬を赤くした。


そして、眉間にシワが寄る。



「ん? ……、あれって……」


「おお……、早いな」



視線の先に、白馬が二頭。


クランタス王とフェルディナン殿下が、ワイワイと言い合いながら、こちらに向かって馬を歩ませている。


聞いてたより、到着が早い。


両手の人差し指を口の端に充て、ムニッと無理矢理口角を上げた。

本日の更新は以上になります。

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