表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

133/267

132.冷遇令嬢はあとでお説教だ

雪がシンシンと降る中、軍船が支流を遡る。


わたしの来訪には先触れを出しており、支流沿いを治める豪族が、歓迎の儀仗兵を整列させてる箇所もあった。


甲板に出てエイナル様と並び、手を振って応える。



「……コショルーの政情も安定してるようだね」


「お祖父様のご手腕の賜物ですわ」


「宗主国と従属国の関係は難しい。コルネリアの手腕もあると思うよ?」


「ふふっ。……どうでしょうか?」



街道にいたり、馬車に乗り込んで、まずはコショルー公宮を目指す。


訪問は二度目で、即位後は初。


集落の近くを横切るときには、沿道を民衆が埋め、小旗を振って歓迎してくれた。


報告によれば、コショルーの民も交易がもたらす果実を実感し始めたとのことだ。


窓から手を振り、皆に応える。


コショルー公と限られた側近を除き、コショルーの民と豪族がわたしに向ける感情には、複雑なものがある。


まず、公女ステファニアは、母レナータと一緒に幽閉されていると、誰もが信じ込んでいた。


もちろん、公女ステファニアこと、母テレシアの秘めたる才を知る者もいなかった。


影が薄い存在だったのだ。


突然のわたしの登場は、コショルー公国に激震をもたらしてもいた。


当時のわたしは、リレダルの大河伯にしてエルヴェン公爵、モンフォール侯爵、バーテルランドの王政顧問。


そして、テンゲル女王への即位を目指していた。


国を開きたいと望みながらも、唯一国境を接するテンゲルへの不信から頓挫したコショルー公と、それに従った豪族たちにとって、わたしは奇跡のような存在だった。


ただ、わたしの登場が不都合だった者たちも、僅かながらに存在していた。


馬車を降り、エイナル様と緋の絨毯を進んで、祖父コショルー公に出迎えてもらう。



「よくぞ、コショルーにお越しくださいました。わが主、偉大なるテンゲルの女王、コルネリア陛下」


「盛大なる出迎え、感謝いたします」



勇壮な儀仗の栄誉礼を受けた後、謁見の間へと向かう。


高台に据えられた一対の玉座に、エイナル様と並んで腰を降ろした。


わたしは宗主国の女王。


コショルー公はじめ、コショルーの群臣が片膝を突き、わたしに拝礼を捧げた。


煌びやかなる王朝絵巻。


国と国の関係による儀礼的なものとはいえ、くすぐったい気持ちは拭えない。


ただ、ケジメは大切だ。


厳粛さを崩さないよう、微笑をもって応える。


コショルー公に促され、ひとりの貴公子がわたしの前で片膝を突いた。



「……お、お初にお目にかかります。コショルー公の孫にあたります、公子ピシュタにございます!」


「はじめまして、コルネリアです」


「お目通り叶いましたこと、恐悦至極に存じます!」



アップバングにまとめたサンディブロンドの金髪は、自然な色合い。


公子ピシュタは、わたしより4つ歳下。


すこし垂れ気味の大きな青い瞳は、好奇心と高揚とでキラキラと輝き、まるで「遊んでほしい」とねだる子犬のよう。


溌剌とした雰囲気を醸し出す、余分な肉のない引き締まった体躯は、山野を駆けて育った証しだろう。


公妃レナータを幽閉した後、コショルー公は側妃を娶った。


公子が生まれ、公世子、つまりは世継ぎと定められた。


だけど、この公世子と側妃は、わたしの登場によって地位が脅かされると考えた。


わたしへの臣従に反対し、コショルー公を監禁して強制的に退位させることを企み、あえなく潰された。


公世子の息子、いまわたしに片膝を突く、コショルー公の孫、公子ピシュタが、父と祖母の企みを、祖父に涙ながらに告白したからだ。


公世子は廃嫡。側妃は蟄居。


すべて、わたしがコショルー公国を発ち、テンゲル水軍を掌握した後、コショルー水軍が合流するまでの間に起きていた。



「ピシュタ殿。そなたがコショルー公国、公世子の地位に就くこと、宗主国テンゲルの女王として承認いたします」


「ははっ。ありがたきお言葉! コルネリア陛下に対し、祖父にも勝る忠誠をお誓いいたします!」



形式的には、わたしがコショルー公位継承権1位なのだ。


ハッキリ言うと、要らない。


これ以上は、ほんと無理。


職務的にはやってやれないことはないだろうけど、わたしの存在が揉め事の種になるのは、ほんと無理。


なにより、公家が揉めてたら、民の気持ちが落ち着かない。


代わってくれる従姉弟がいて、ほんとに良かった。


ほんと、伯父さんも、側妃さんも早まらないでほしかった。


いまは謹慎させられてるらしいけど、ほんと仲直りしてほしい。


ほんと、ほんと言い過ぎだけど、ほんとにそう思う。


わたしのせいで、わたしの知らないところで、そんな大喧嘩が起きてたことに、ほんとに凹んだ。


コショルー公位継承権の放棄を宣明し、儀礼的な代償を受け取り、書類にサイン。



「あのとき、最初にここに来たときに、気が付いてあげられてたらなぁ……。書類なんか、いくらでもサインしてたのに」


「まあ、無理もないよ」



次の儀礼を待つ間、玉座越しにエイナル様とヒソヒソ話す。



「状況は緊迫してたし、母君の話に動揺もしてた。……なかなか、そこまでは気が回らないよね」


「……会ったこともない伯父様に、申し訳ない気持ちでいっぱいですわ」



宗主国、従属国の関係が気に入らないなら、対等な同盟関係に改めても、わたしとしては、まったく問題がない。


いまは祖父コショルー公の、お母様への贖罪の強い気持ちを汲んでるだけだ。


もちろん、コショルーの強兵は、わたしのテンゲル国内における重要な権力基盤のひとつではある。


動乱平定時には、お祖父様の臣従がテンゲル諸侯をまとめる決め手にもなった。


けど、それは別の話だ。



「……ほんとに、みんな仲良くしてもらいたいものですわ」



王侯貴族に御家騒動はつきもの。


ソルダル大公家も義祖父と義父の多年にわたる対立に、ようやく終止符が打たれたところ。


隣国ブラスタ王国などは、わたしが軟禁されている間に、王家の分家がひとつ、まるごと焼き討ちにあったらしい。


コショルー公家に起きたことも、よくある話といえば、よくある話。


だけど、わたしが原因で揉めていたとは、ほんとうにやり切れない。


コショルー群臣の謁見式が始まり、ひとりひとりに、



「仲良くしてくださいね」



と、学舎(まなびや)の子どもに言い聞かせるような言葉を授けてしまった。


それもこれも、祖母レナータがもう少しまともだったら起きなかった話だ。


伯父さんと従姉弟ピシュタは生まれてこなかったかもしれないし、お母様はコショルーでスクスク育って、わたしも生まれてこなかったかもしれない。


エイナル様にも会えなかった。


それでも、現状の遠因は、祖母のふる舞いにある。


お祖父様と公世子ピシュタを交え、公式会談を開く。


コショルー難民帰還事業の進捗を確認し合い、大河委員会条約においては、クランタス王国の加盟時、コショルー公国にもオブザーバー参加を了承していただく。


さらに、港湾管理の王宮文官を、テンゲルからコショルーに派遣する。


交易が始まったばかりのコショルーは管理体制が脆弱で、闇組織に狙われているかもしれない。


テンゲルからの指導を受け入れてもらうことにした。


歓迎晩餐会を開いてもらい、公宮に一泊してから、一路、北を目指す。


耐寒防雪仕様の馬車を貸してもらい、従姉弟ピシュタが雪中行軍兵を率いて先導してくれる。


景色は次第に、雪が深くなっていく。



「……コルネリア姉様。これ……」



と、頬を紅くしたピシュタが、わたしから目を逸らしながら、温石を渡してくれた。



「ありがとう、ピシュタ」


「エイナル兄様も……」


「ふふっ。ありがとう」



ピシュタは、晩餐会でわたしの事績をこと細かに、熱を込めて語ってくれた。


険しい山々に囲まれ外界を夢見て育ったピシュタにとって突然現れたわたしは、たちまち憧れの、従姉弟のお姉さんになったらしい。


それが、父親と祖母を、祖父に売らせたと思うとやるせないけど、



「……姉様と、お呼びしていいですか?」



という求めには、はにかみながら快く応じた。


ただ、自分で言い出しておいて、いざ実際に呼ぶときには恥かしがるとは、可愛らしくて少しズルいので、あとでお説教だ。姉様として。


窓の外にひろがる一面の銀世界に目を輝かせ、葉の落ちた樹々の濃い焦げ茶色と、雪の白さのコントラストに見惚れる。


やがて、黒々と高い鉄柵に囲まれた、黄檗色をした石積みの尖塔が見えてきた。


人里離れた山奥の僻地。


樹々の合間に、ポツンと尖塔だけが建っている。


馬車を降りると、白い息が風で流れた。


完全武装の衛兵が、赤茶色をした重たい鉄扉を開く。


祖母レナータに随従する、ただひとりの年老いた侍女が、深々と頭をさげて出迎えてくれた。


ひっつめに整えた白い頭を上げると、やつれきった顔。


老侍女に案内され、凍りつくような石畳の階段を登る。


さらに、重たそうな鉄の(かんぬき)がかかった扉が現われ、ここにも完全武装の衛兵が立っていた。


娘を投げ捨てられた祖父コショルー公の怒りを体現したような、重たい扉が開く。


木製の椅子。


肘掛にのる両腕は、くすんだ黄色のドレスの袖よりも遥かにほそく、だらりと垂れる両手には血管が浮いている。


落ち窪んだ眼窩から、ギラギラと妖しく光る眼光が、わたしを睨みつけた。


祖母レナータの前に、わたしは立った。

本日の更新は以上になります。

お読みくださりありがとうございました!


もし気に入っていただけたり、おもしろいと思っていただけたなら、

ブクマや下の☆☆☆☆☆で評価していただけるととても励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ