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125.冷遇令嬢はやっちゃったかな?

深夜。デビュタントの興奮冷めやらぬ中、クランタス王と二度目の秘密会合に臨む。


わたしの執務室。窓の外からは祝祭の二次会、三次会だろうか。民の上機嫌な声が微かに響いている。


カーテンを引いたカリスの表情は、すっかりクールな侍女長様に戻っていて、すこし残念。


もう少し、乙女なカリスを眺めていたかった。


やがて、側近をお連れのクランタス王が部屋に入ってくる。


今回は実務レベルの打ち合わせも含むため、お互い、限られた腹心も同席させての会合を設定した。


わたしの側はカリスとクラウスに加えて、クランタス王からエイナル様の同席も求められた。



「リレダル王国は事実上、リレダル、ソルダル、ホイヴェルクの三ヵ国連合王国だと言っても差し支えありますまい。……ソルダルの世子であられるエイナル殿下は、いわば王太子。ご同心いただけるのなら、これほど心強いことはない」



わたしの王配ではなく、ソルダル大公家の世子としてお座りいただく。


最初の歓迎晩餐会でも、クランタス王は熱心に、エイナル様に話しかけてくださっていた。


それに答えるエイナル様は、大河のもっとも上流に位置するソルダル大公領の現状と、陸上交易で繋がる西方の政治情勢について理路整然と語られ、クランタス王は何度も頷き、感心されていた。



「聡明なる女王陛下に、明晰なる王配殿下。……いや、恐れ入った。まさに新生テンゲル(たの)むべし。心強い限りです」



少女のような面立ちをされたクランタス王が、手放しにエイナル様をお褒めくださることが、面映ゆくて、嬉しくてたまらなかった。


普段からテンゲル王政の前面に立っていただいてもいいのに、エイナル様なりの王配としての美学があるのだろう。


泰然とした微笑みを浮かべられ、秘密会合に臨まれるお姿に、わたしの方が誇らしい気持ちになってしまう。


クランタス王が、ご側近から受け取られた紙束を、わたしに差し出してくださった。



「これは……」


「……わがクランタスにおける密輸組織。その調査結果の一端です」



クラウスが唸った。



「これは既に、貴国の機密にあたる情報まで含まれておりますな」


「クランタスの本気を示した……、とお受け止めくだされば幸いです」



クランタス王は穏やかに微笑まれる。


たしかに一部の情報は伏せられている。けれど、それすらも自国の宮廷に向けたポーズなのではないかという、詳細な資料をご開示くださっていた。



「……たしかに、闇資金の流れが、テンゲルで途絶えております……」


「ええ。ですが、不明なのはテンゲルに関わる項目だけではありません。……バーテルランド、ブラスタ、ポトビニス。大河流域国家に広く行き渡っている」



カルマジンの緋布偽造事件からたぐり寄せた不正の闇が、クランタス王の調査結果とどう繋がるのかは、まだ分からない。


けれど、これほど大規模かつ広範な不正が行われているのであれば、無関係だと考える方が不自然だ。


エイナル様が、クッと眉を顰められたのは、資料が示唆する、闇資金が前大公に渡った可能性に目が止まったときだ。


クランタス王が軽く頭をさげられた。



「……申し訳ない、大公世子。ご同席いただきたかったのは、このせいでもある」


「いえ。……これが事実であれば、ソルダル大公家の恥部ともなりましょう。目を逸らすことの出来ないところです」



わたしはクランタス王の瞳を、まっすぐに見詰めた。



「……この資料は、リレダル王、バーテルランド王にお渡ししても?」


「無論。……秘密協定を締結するため、コルネリア陛下の好きなようにお使いくださいませ」



クランタス王の真剣な眼差しに、堅い頷きを返した。


大河院を通じた機密情報の集約。その実現のため、まずは他国に知られたくはない、自国の機密を開示してみせられたのだ。


これ以上に、本気を感じさせられる行いはないだろう。


議題は、リレダル、バーテルランドの原加盟国から賛同を得られたあとの、運用体制の構想に移る。


カリスが、論点を紙に書き出していく。



「……物理的な集約場所が、リレダルにある大河院では、恐らくバーテルランドが難色を示すわね」


「和平が成立したばかりだしね。テンゲルに置くのが現実的かな……」


「ネルの側にある方がいいでしょうね」


「表向きは……、そうね、水脈を調査する機関として設置すればいいかな」


「いいわね、環境保全目的の水脈調査なら、各国から情報が集まっても不自然じゃないし……」


「組織図的には……」


「予算はこのくらい。……加盟各国間での直接共有や情報漏えいを防ぐなら……」


「いっそ、カルマジンに置けばいいんじゃない? ……あそこも重要な水源地だし」


「あざとくないかな?」


「いやあ? ……不正の発覚したカルマジンのイメージ向上策と位置づけたら、不自然ではないと思うけど?」


「それも、そうね」


「建屋は、とりあえず行宮を使うとして……」



紙の上で、構想がまとまる。



「いいんじゃない? カリスはどう思う?」


「うん。……これなら、すぐに実務に入れる体制が組めるし、いいと思うわ」



ここの草案がないと、リレダルにもバーテルランドにも提案のしようがない。


わたしが顔をあげると、クランタス王がポカンと口をあけていた。



「……あの、イグナス陛下?」


「あ、いや……、失礼。あまりの議論の速さと的確さに、圧倒されておりました」


「ふふっ。いつものことです」



と、エイナル様が笑われた。



「コルネリアがカリスと話していたら、いつもこの感じ。ボクたちは付いて行くのでやっとです。……な、クラウス?」


「……うむ」



クラウスが、すこし顎をあげて、冷淡な表情で応えた。



――どうだ! わが主君コルネリア陛下はすごいだろう!?



みたいな視線を、クランタス王に向けるのはやめてほしい。


クランタス王が、顔を左右に振られた。



「……聞きしに勝る、類稀なるご知性。私の思い付きが、瞬く間に形となった」


「お、恐れ入ります……」


「コルネリア陛下は、まさにわが国の命運を託すのにふさわしいお方であられる」



や、やっちゃったかな? とも思っていたので、クランタス王が感心してみせてくださったことに胸を撫で下ろす。


ご側近方は、すこし引いてるし。


当面の動きを確認し合い、秘密協定の締結に向けて、行動に移す。


翌朝。ご帰国されるクランタス王を見送りに港まで足を運んだ。


親密な関係を結んだということを、まずは内外に示しておきたい。



「……ところで、コルネリア陛下」



と、岸壁に立つクランタス王の視線が上がった。



「あの貨物船から降りる船荷。……かなり大きな箱が、実に安定して降りてくる」


「ええ……。滑車を改良しまして」



まだ、テンゲル王都の港と、わたしの領地エルヴェンの港の間でだけなのだけど、荷を積む木箱の規格化を行った。


統一したサイズの木箱の中に、荷物を収める。


麻布に入れられた穀物や、バラ積みが一般的な鉱物もこうすることで、一括での荷揚げ荷卸しができる。


船と岸壁の間にできる傾斜での運搬が人力によらなくなるので、荷役人夫の安全性が増すし、効率的でもある。



「これは素晴らしい! ぜひ、クランタスにも導入させてほしい!」


「え、ほんとうですか!? ……それは、助かります」



河口の国クランタスとの交易量は、もともと多い。おなじ規格の木箱で交易がおこなえるのなら、双方にメリットがある。



「運用ノウハウは無償供与で。滑車と特製のロープ、潤滑油は買ってください」


「ふふっ、かしこまりました。……コルネリア陛下は商売もお上手だ」


「恐れ入ります。……この形でしたら、船荷証券のチェックもスムーズになりますのよ?」


「それは、たしかに。……物流のコストがかなり抑えられる……」



船荷証券は、船主が荷主から預かった荷物の明細だ。


高速の郵便船で、先に届け先に送って、船荷を受け取る際の引換券として使われる。


残念ながら、悪い船主や乗組員が、航行中に船荷を誤魔化してしまうこともある。それを防ぐためにも、船荷証券は欠かせない。



「……ひとつの荷主の荷物がすべて、ひとつの大きな木箱に収められ、封をされています。船荷の間違いを防ぎやすいですし、内容の確認もスピーディに行えます」


「なるほど……、よく考えられている。いや、これは思わぬ良い土産をいただきました」



船荷の規格化は、密輸や不正の問題にも直接的に貢献する。


折りを見てご提案させてもらおうと思っていたけれど、ご自身でお気付きになられたクランタス王もまた、ご慧眼の持ち主だ。


木箱と滑車の件はクラウスに任せ、正式な外交ルートを通じて進めることにした。


そして、わたしは秘密協定の締結に向けた作業を開始する。

本日の更新は以上になります。

お読みくださりありがとうございました!


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