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123.冷遇令嬢はひとりでも減らしたい

未明。ルイーセさんの急報で起こされる。



「……陰働きの騎士が、怪しい者たちを捕縛した。火を放つ寸前だったとのことだ」


「ご苦労さまです」


「おなじ手が二度も通用すると思われるとは、騎士団も舐められたものだ」



ビルテさんの指揮で、前回の新年の大火での犯行経路と手口は解明されている。


残念ながら、犯人特定にまでは至らない。


だけど、警戒すべき地点は洗い直され、密かに警備体制を刷新していた。



「……今回の犯人のひとりはチーズ屋だった」


「チーズ屋……」


「珍しいチーズを扱うので、私も愛用していた。……岩場の陣の頃からの付き合いで、気のいい、なんてことない親父だ」


「……そんな者が」


「深夜なので周辺の聞き込みは控えているが……」


「ええ……」


「……妻と子は既に連行して取り調べている。ただ、動揺が激しく、ほんとうに何も知らなかった様子だ」


「そうですか……」


「……まだ私見だが」


「ええ」


「相当に根深い。闇に繋がる者が、市井に紛れ、家族にもそれを知られていない」



捕縛は、公にはしていない。


王都をあげての祝祭の前夜。あざといまでに、おなじ手口。


当然、捕縛されたチーズ屋の主人はひと言も喋らず、沈黙を貫いている。



「……荷役人夫の共同宿舎を抜け出した者は、メッテの手下(てか)が後をつけ、こちらも捕縛できている」


「分かりました」


「どうする? ……戒厳令を敷くか?」


「いえ。敵の狙いは王都の動揺。戒厳令を敷けば、火があがらずとも、敵の目的を達成させることになります」



しかも、いまはクランタス王のご滞在中。騒ぎを公にすれば国辱ものでもある。


ルイーセさんが無愛想に頷いた。



「分かった。警戒を厚くするようビルテに伝える」


「……よろしくお願いします」



騎士団総員が非常召集され、密かに厳戒体制がとられる。


夜があければ、祝祭当日。


騎士には艶やかな儀礼用の鎧を身につけさせ、街の角々に配置。行き交う住民に対しては、にこやかに応対するよう厳命した。


夜闇のなか。ベッドの上に座り、エイナル様の胸の中に背中を預けた。



「……眠れない、よね?」


「ええ。すっかり目が冴えましたわ」



想像して恐ろしいのは、あの動乱時、王都郊外に布いた岩場の陣にも、闇に繋がる者が潜んでいたということだ。


水没策にも抗わず、善良な民の顔をして、一緒に避難していた。


わたしたちの供するシチューをすすりながら、ジッとこちらを見詰めていたのだ。


自分たちの不正な資金を脅かさない限りは、王など誰でもよいと思っているのか。


それはきっと、チーズ屋の主人だけではない。まだまだ王都に潜んでいる。



「沈黙の掟……」


「ん?」


「……メッテさんが言ってたんです」



沈黙の掟を持つ犯罪組織は手強い。


組織そのものの摘発事例は、周辺各国を見渡しても、数えるほどしかない。


実行犯を捕らえても、沈黙するからだ。


本質的には見栄っぱりな無頼とは、性質が大きく異なる。刺青を入れて暴力性を誇示したりはしてくれない。


和解はあり得ない。



「……わたしが不正追及を諦めれば、彼らは民にも危害が及ぶ、放火などはしなくなるのでしょうね……」


「う~ん……」


「ただ沈黙し、民の富を窃取し続ける」


「……諦める?」


「まさか」



夜が明け、クランタス王との朝餐会を終えた後、王都に48ある各種ギルドと地域の寄り合いを順番に訪ねる。


エイナル様と寄り添い、彼らの後継者である年頃の娘たちを祝福する。



「よい旦那様に恵まれますように」



と、微笑み、嬉しそうにはにかむ娘たちに祝いの品を授け、宴席を後にする。



「……来年からは、2日、いえ、5日程度にわけて行いますわ」


「うん、それがよさそうだね」



48ヶ所を回るには、1ヶ所10分でも8時間かかる。


移動は小刻みで、馬車を使うほどでもないので、ただひたすら歩く。


自分のたてた計画ながら、すこし無謀だった。可愛らしく着飾ってくれた娘たちとはゆっくり話せないし、反省しかない。


ただ、娘たちは、みな嬉しそうで、やって良かったなとは思う。


港では荷役人夫たちの集まりに顔を出す。


日雇いとはいえ、家と家族を持ち、地に足のついた生活を送る荷役人夫もいる。


彼らの娘に祝福を与え、ともに微笑む。



「陛下のおかげで、父ちゃんの仕事が安定して、母ちゃんとも喧嘩しなくなって、家が明るくなったんです!」


「そう。それは良かったわね」


「……先月、父ちゃんが大ケガしたんですけど、見舞金と治療費をいただけて……」


「あら、お父様のケガはもういいの?」


「はい! お陰様で元気です。……仕事ごとの積み立て金に、父ちゃんも母ちゃんもブツブツ言ってたんですけど『こういう時に助かるのか!』って、とても感謝してました!」


「ふふっ。……メッテさんたちが頑張ってくれたお陰よ? わたしは考えただけ」



港湾荷役の各種保障が機能し始めていることを実感し、目をほそめる。


荷役人夫は体が資本。


力仕事につきもののケガや病気になれば、たちまち収入の道を断たれる。生活の安定のため、保障制度の整備は必要不可欠だ。



「……陛下に直接お礼を言える機会をいただけて、ほんとに嬉しいです!」


「ええ、わたしも嬉しいわ」



民の笑顔、とりわけ子どもの笑顔には、ほんとうに癒される。


女王やってて良かったなって思う。


なにもかも成り行きの即位だったけれど、やると決めた以上は、やり切りたい。


望まぬ形で育ったわたしのような子どもを、ひとりでも減らしたい。



  Ψ



王宮に戻り、ドレスと鎖帷子(くさりかたびら)を脱がせてもらう。


ソファに突っ伏して、エイナル様からマッサージをしてもらった。



「す、すみません……、不甲斐なくて」


「ふふっ。ばあやは今、大忙しだし、ボクのマッサージはどう? 気持ちいい?」


「はい! 最高です!」



カリスもナタリアも、今回はデビュタントで祝福される側だ。


表の運営はクラウスが担ってくれているけど、裏の運営はすべて、ばあやが取り仕切ってくれている。


わたしのマッサージどころではない。


結果、エイナル様と、なんだか幸せな時間を過ごせることになってしまった。


嬉しい。


高いアーチ状をした窓の外では、夕闇が迫っている。



「……思い出しますわ。わたしのデビュタント」


「うん、そうだね」


「ちょうど今頃の時間、カーナ様とリサ様が控え室におみえくださって……」


「ボクは追い出されたね」


「ふふっ。そうでしたわね。……でも、手にキスをしてくださいましたわ」


「……そうだったね。思い出すと、なんだか恥ずかしいな」


「あら。とても嬉しかったのに」



時間が来て、メイドたちがドレスを着せてくれる。



「あら? エマじゃない」


「……今日が、最後のお勤めなんです」


「そう。……新しい家はどう? ご家族とはうまくやれてる?」


「はい! 皆さん、とっても良くしてくれて、……とても幸せです」


「あら……、ごめんなさい。泣かせるつもりはなかったんだけど……」


「いえ。私こそ失礼しました。……色々、思い出しちゃって」



へへっと笑ったエマの目元を、親指でぬぐってあげる。


エマは、養父となった王宮官僚の家から、王立学院への進学を目指すそうだ。


メイドとして最後の仕事に、わたしのドレスの着替えをあてがってくれたのは、ばあやの気遣い。わたしも嬉しい。


エマと抱き合った。



「また、いつでも遊びに来てね」


「陛下……。ほんとに、陛下にお会いできていなかったら……、私たち……」


「ふふっ。弟さんとも仲良くね」


「はいっ!」



エマに手を振って別れ、エイナル様にエスコートしていただく。


皆が、すこしずつ奪われた時間を取り戻していっている。


後戻りさせる訳にはいかない。


そう思いを新たにしながら、デビュタントの会場へと向かう。


来賓のクランタス王と玉座を並べ、わたしはエイナル様とクランタス王に挟まれて腰を降ろした。


盛大にはにかんだカリスを先頭に、ご令嬢方がパートナーにエスコートしてもらいながら入場してくる。


カリスが選んだパートナーのことは、後でゆっくり聞かせてもらおう。


夜のテラスで星空を見上げながら、根掘り葉掘り聞き出そう。


ナタリアも、ノエミもウルスラも綺麗だ。


幸せそうに微笑む彼女たちから、もう誰にも、なにも奪わせない。


王都市街はいまだ厳戒態勢で、ビルテさんは出席を断念。会場内もルイーセさん指揮のもと、厳重な警備体制を敷く。


みんなの幸福な晴れの場を、護り抜く。


わたしの祝福の言葉とともに、楽団の演奏が始まり、デビュタントが幕を開けた。

本日の更新は以上になります。

お読みくださりありがとうございました!


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