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121.冷遇令嬢は兄の名を聞く

24年ぶりのデビュタント開催を翌日に控えた、晴れ渡った冬空の下。クランタス王国の国王、イグナス陛下をお迎えした。


儀仗による栄誉礼。玉座を並べた謁見式。


公式の外交儀礼を終え、歓迎晩餐会までのひと時。


控え室を抜け出されるクランタス王を、尖塔を上る階段の下でお待ちする。


わたしの護衛はルイーセさんひとり。同じく護衛の騎士をひとりだけお連れになられたクランタス王が姿を見せる。



「ご無理を申します」


「いえ、光栄なことですわ。ご案内させていただきます」



クランタス王は佩剣を騎士に預けられ、わたしとふたりで階段を上る。


階段の下には、双方の騎士がひとりずつ待機。


絶対に声の漏れない場所でとのご要望で、クラウスに任せた調整の結果、この形に落ち着いた。


最上階の小部屋、および階段は、すでに双方の騎士が検分済み。



「……街も賑やかでしたな」



案内するわたしの後ろからクランタス王の声がした。


声は低い男性のものなのに、ふり返ると少女のような面立ちにドキリとさせられる。



「え、ええ……。せっかくのデビュタントを、貴族だけのお祭りにしてはもったいないと思いまして」


「ほう……」


「各種ギルドごとで〈後継者をお披露目する祝祭〉を開催させることにしましたの」



年頃の娘たちが着飾る費用は、王室予算、つまりわたしのお小遣いから援助させてもらった。


一度生活のすべてを失っても王政の転換を望み、水没策を受け入れ、わたしに賭けてくれた王都の民からの絶大な支持。


わたしの最大の権力基盤であり、わたしが玉座に座る唯一の理由だ。


それだけに、王都が復興の途上にある中、貴族だけで浮かれた祭典を開くことには抵抗があった。


かといって、緊縮ムードだけでは民は豊かにならない。



「すっかり、お祭り好きの女王……、と呼ばれておりますわ」


「いや、実に素晴らしい。……つまりは、いわゆるデビュタントを〈貴族ギルドの祝祭〉と位置付けられたのですね?」


「さすが、ご明察の通りです」


「春は恋の季節」


「え?」


「その前の厳しい冬に行う祝祭は恋の種を蒔き、春の訪れとともに一斉に芽吹くことでしょうな」


「ふふっ。そうなるといいのですけど」



デビュタントの開催に思いが至ったのは、もちろんノエミとウルスラのためだった。


タイミングは偶然。


せっかくなら皆で楽しめるようにと趣向を凝らしたのも成り行きだ。


けれど、それを詩的に解してくださるクランタス王のお言葉は嬉しい。


ふたりきりとはいえ、お互い国王同士。


めったなことは起きないだろうけど、念のためにと略装のドレスの下に鎖帷子(くさびかたびら)を付けさせられている。


重い。


当然、息が切れた。



「……だ、大丈夫ですか?」


「お、お気になさらず……。すぐに息を整えますから……」



万が一にも人が潜り込むことのないよう、すべての調度品を取り払った最上階の小部屋で、テーブルに手を突いた。


深呼吸をしてから、用意していたお茶を淹れる。


念のため〈鑑定紙〉で毒のスクリーニングをして、わたしから口をつけた。



「女王陛下手ずからに。光栄なことにございます」


「いえ。……こちらは貴国を通じ、海を渡った交易で買い求めた茶葉。両国の今後の友好を祈念させていただきました」


「なるほど。それは美味い訳です」



お互い儀礼的な微笑みを交し合う。


この秘密会談の目的は、わたしには一切知らされていない。


けれど、大河委員会条約への加盟をチラつかされては、断ることはできない。


大河を自由の河、国際河川化するのは、わたしの大きな夢のひとつだ。


クランタス王が、視線を落とした。



「……時間もありませんので」


「ええ」


「わがクランタスでは、数年前に大規模な密輸組織を摘発しました」


「……はい」


「端的に言えば、その資金の流れがテンゲル王国で途絶えました」


「それは……」



旧王政下のテンゲルは、クランタスからの捜査協力要請を拒否していたそうだ。


クランタス王国は大河の河口に位置し、海上交易の重要拠点でもある。海岸線のすべてを警戒することは不可能で、密貿易には常に悩まされるお国柄。


国境の壁に阻まれた捜査の行き詰まりに、ほぞを噛む思いだったことだろう。



――けれど……。わたしの即位で改めての協力要請にしては、ずいぶん大掛かりな秘密会談を求めてこられたわね……?



と、内心、首をひねる。


クランタス王が麗しいお顔立ちに、自嘲気味の笑みを浮かべられた。



「サウリュスの申す通り、コルネリア陛下は私心なき女王であられる」


「ま、まあ……。サウリュス殿が?」


「……無頼の者どもとも隔てなく交わり、すべての民に心を砕いて〈生き場〉をつくる。……言うは易くとも、なかなか実行に移せることではない」


「お、恐れ入ります……」


「港に船を着け、あまりの雰囲気の明るさに、……度肝を抜かれた」



クランタス王は窓に目をやり、テンゲル王都の市街を眩しげに眺めた。



「……いかに善良なる国家においても、犯罪が絶えたという話は聞きません。国を治めれば必ず矛盾が生じる」


「ええ……」


「だが、多くの王はその矛盾から目を逸らす。無頼の輩などは本来、存在すること自体が矛盾そのもの……」



クランタス王はまだ若く、即位はわたしの軟禁中の出来事で在位はそれほど長くないはず。


若くして国を背負った苦悩を、表情に滲ませた。



「……大河委員会条約。通称、コルネリア条約の理念は素晴らしい」


「ありがとうございます」


「だが、加盟国相互の機密情報を共有するまでには至らない」


「ええ。……あくまでも加盟各国が開示可能な情報の共有にとどめております」


「それを、委員会本部、大河院に対しては秘密共有する体制をとれるのであれば、ぜひ加盟させていただきたい」


「……ん?」


「つまり、加盟各国間での共有ではなく、大河院との間でのみ共有する」


「あの……」


「そして、我が国における密貿易のような、国境をまたいだ犯罪に対抗する権能を大河院に……」


「ちょ、ちょっと……、お待ちください」



唐突に、熱情が溢れ出たかのように語り出されたクランタス王のお言葉を、思わず遮ってしまった。


もう一度、お話しいただいた内容を頭の中で繰り返し、整理してからお答えする。



「……そ、それでは、大河院に権力が集中しすぎます」


「正確には、大河委員会議長、大河伯であられるコルネリア陛下に……、です」


「それをお分かりで……」


「次代は分かりません。が、私心なきコルネリア陛下にであれば、我がクランタス王国の命運をお預けできます」


「こ、光栄なお話ではありますが……」



クランタス王は立ち上がり、窓辺に立たれた。


まともに考えるなら、クランタス王が駆け引きを仕掛けてきたと疑うべきだ。


大河の上流主要三ヵ国。リレダル、バーテルランド、テンゲルが大河委員会条約を通じて結束することは、最下流、河口の国であるクランタスには脅威ともなり得る。


大河委員会議長、大河伯であるわたしに揺さぶりをかけ、主導権を握った上での加盟が狙いか……。


けれど、窓辺でふり返られたクランタス王の桔梗色をした瞳からは、なんの濁りも感じられなかった。



「失礼ながら、我が国ではコルネリア陛下が、リレダルで大河伯に就任された時から、密かに注目しておりました」


「それは……」


「豪雨対応のみならず、モンフォール侯爵家における、公正なるお裁き。不正に対する厳正なる対処」


「……恐れ入ります」


「そして、いまは民のため、テンゲルの不正に立ち向かおうとされている」


「……はい」


「コルネリア陛下は決して矛盾を矛盾のままに放置されない。必ずや解き明かそうとされる」



ふっと、クランタス王が息を抜かれて、やわらかな微笑みを浮かべた。



「……誤解なきよう、先に申しておくべきでしたが、サウリュスは我が国の密偵ではございません」


「え、ええ……」


「はははっ。アレに密偵は向かぬと、コルネリア陛下のお顔に描いてある」


「あら……」


「ふふっ。ただ、サウリュスが勝手にコルネリア陛下のことを書き送ってくる」


「まあ……、なんと書かれていたことか」


「……大河の流れを清らかにする。淀みも濁りも一掃する。サウリュスの書きぶりから想像していた通りのお方でありました」


「それは、褒め過ぎというものですわ」



クランタス王の愉快気な笑みに、苦笑いで返す。



――いないと、ホッとする。



と読める文面を送ってきた相手だ。


クランタス王が、まっすぐにわたしを見詰めた。



「サウリュスは……」


「ええ」


「……私の兄なのです」


「は?」



思わず、口を突いて出た。



「……あ、いえ。これは、失礼を」


「ふふっ。……公にはなっておりませんが、間違いのない事実です」



わたしを見詰める、サウリュスによく似た桔梗色の瞳。そして女性的な顔立ちと芥子色の髪。


まさかとは思っていたけれど。



「……兄の、サウリュスの目を通し、さらに私自身も直接にお会いして、コルネリア陛下は、私の夢を託せるお方であると確信するに至りました」


「夢……」


「そして、コルネリア陛下には、我がクランタス王国の〈急所〉をお預けしているものと考えていただいて結構です」



まだ、事情は分からない。


けれど、他国の王兄が非公式な形で手中にあるということは、たとえばサウリュスを旗印にしてクランタス王国の転覆を謀ることもできる。


もちろん、わたしはそんなこと絶対にしないけれど、



――王族の地位を曖昧なままに置いておくと、良からぬことを企む者も出る。



とは、ユッテ殿下のお言葉だ。


クランタス王がわざわざ自国の〈急所〉だと明言した意味は重い。



「……分かりました。イグナス陛下のお話を、心しておうかがいさせていただきましょう」


「光栄に存じます」



と、若く麗しい国王は、恭しくわたしに頭をさげてくださった。


そして、上げられたお顔の桔梗色をした瞳から放たれる熱い眼差しを、まっすぐに見詰め返した。

本日の更新は以上になります。

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 まさかの王族…え、マジで??
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