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113.冷遇令嬢は応援したい

祖母レナータからの書簡は、わたしが想像した以上の罵詈雑言の嵐。


要するに言ってることは、



『早く、テンゲルに戻せ』


『妾を太王太后として遇するのは、お前にとって当然の責務』


『この親不孝者の娘が。祖母を敬え』


『所詮、お前はあの娘の娘だな。妾が教育し直してやるから、早くテンゲルに戻せ』



といった内容なのだけど、とにかく言葉が汚い。王族とは思えない。


クランタス王の格調高く心温まる親書に感銘を受けたばかりだったので、なおさら眉間のシワを深くする。


その上、祖母レナータは、決して越えてはいけない一線まで越えていた。



――やはり……、お祖母様と解かり合うのは無理か……。



と、心がスウッと冷えていく。


豪雨災害の晩、リレダルの堤防を決壊させろと喚くフランシスカと対峙したときと、同じ心持ちになっていく。


それでも、機会を見付けて、直接お会いしてからのことにしようと、書簡を閉じた。


冷え切った心で、執務室を出る。



――ノエミとウルスラと晩餐会っ♪



と、無理矢理に心を躍らせながら、私室に戻った。


晩餐にはノエミとウルスラを緊張させてしまわないよう、貴賓室などではなく、わたしの私室を選んだ。


わたしがひとりで過ごす、誰に見せるための部屋でもないので、最低限の設えしかしていない。


姉妹のほかには、エイナル様と、鑑定紙づくりで一緒だったばあやにも、テーブルを囲んでもらった。


それでも、緊張気味のふたりだったけど、次第にリラックスしてくると、溢れ出る言葉が止まらない。



「もう、すっごく楽しかったです! ねぇ、お姉ちゃん!」


「大河院では、コルネリア陛下の偉業をたくさん教えていただきました!」


「あの豪雨、わたしたちの郷でもすごかったですけど、山の上だとスグに流れていっちゃいますから」


「下流の方だと、あんなにスゴイことになるんですね! 全然、知りませんでした!」



姉のノエミも、妹のウルスラも、見るのも聞くのも初めてのことばかりで、大興奮の日々だったようだ。


目をキラキラと輝かせ、経験したことを全部わたしに話して聞かせてくれる。



「あら、ユッテ殿下が?」


「はいっ! お忍びでお出まし? ……してくださって、王立学院というところを案内していただきました!」


「ふふっ、良かったわね」



ユッテ殿下は、わたしに気を使っていただいたのだと思う。ただ、姉のノエミは、ユッテ殿下とおない年。


色々と話が弾んだらしい。



「……ユッテ殿下が『山奥の暗闇のなかに、あのキレイなコルネリア陛下の顔が浮かんだら、むしろ怖かっただろう!?』って、楽しそうに笑われてました!」


「ま」


「ふふっ。それはボクでも怖いかも」


「エイナル様まで、そんな」



と、和やかに笑い合う。


ノエミが、髪色とおなじ黒い瞳に、ウットリとした色を浮かべた。



「……すごく、たくさん本があって、ビックリしました」



よほど楽しかったようで、隣で妹のウルスラが苦笑いしている。



「お姉ちゃん、王立学院で迷子になりかけたんですよ?」


「ふふっ。広いですものね」


「……へ、陛下にバラさなくてもいいじゃない」



口を尖らせ、頬を赤らめ妹を睨むノエミを、皆で微笑ましく見守った。


リレダルの王立学院では、デビュタントの直前、わたしもユッテ殿下のお計らいで、渡り鳥の講演をさせてもらった。


懐かしく思い出される。



「……緋布の鑑定では、イヤな人に当たらなかった? みんな、紳士的だった?」


「ちょっと、面倒な人もいました」



ウルスラが肩をすくめる。



「そう、大丈夫だった? イヤなこと言われなかった?」



と、今度は過保護全開のわたしを、エイナル様とばあやが微笑ましげに見守る。



「はいっ! 鑑定士の長が、スグに助けてくれましたし、特使の伯爵様にも、とても良くしていただきました!」


「……全部、コルネリア陛下のおかげです。ありがとうございました」



ノエミが深々と頭をさげ、



――あっ! お姉ちゃん、抜け駆けズルい!



と顔に出てるウルスラも、慌てて頭をさげてくれた。


リレダル行きを心から楽しんでくれたようで、すこし安堵する。


ノエミで16年、ウルスラで15年。


ふたりの楽しそうな笑顔を見るにつけ、虚言を弄して幽閉し続けた王領伯への憤りが、ふつふつと湧き上がる。


そして、王領伯が供述を拒みつづける、さらなる深い闇。どうしても晴らしたい。


白日のもとに晒し、裁きにかけたい。


時間は無理でも、姉妹から、そしてコショルー難民たちから奪った富を、取り返してあげたい。


ふたりにニコリと微笑み、大興奮の報告に耳を傾け続けた。


晩餐を終え、食後のお茶にする。



「……ノエミ、ウルスラ。貴女たちの功績に対する褒賞の件なのだけど……」


「えっ!? まだ、なにかいただけるんですか!?」



率直すぎるウルスラの驚き顔に、わたしは思わず吹き出しそうになり、ノエミはバツが悪そうに妹の肩をつついた。



「……す、すみません」


「ふふっ、いいのよ」



女王が自ら潜入することが異例なら、危険を顧みずそれを援けた姉妹の功績も異例。


褒賞の内容を、枢密院に諮問していた。


偽造緋布問題で、クラウスをカルマジンに呼んでいたこともあって、遅れていた答申を先ほど受け取ったばかりだ。



「子爵夫人……」



ふたりが、声をそろえて絶句した。


枢密院の答申は『子爵夫人の称号授与が相当』というものだった。


この場合『夫人』とは、『閣下』と似たような扱いで、尊称に過ぎず、誰かの奥さんになれという話ではない。


称号授与は正式には叙爵とは若干意味が異なり、テンゲル王国の伝統における、叙勲の一種で、女性向けの勲功爵ともいえる。


ふたりを、貴族の列に加えることになる。



「……だけど、わたしは少しだけ心配なのよ……」



平民が、誰しも貴族になりたいという訳ではない。


貴族社会にはしがらみも多いし、妬み嫉みや権力闘争ばかりだ。


あの別邸を出てから、わたしは周囲の人たちに大変に恵まれてきたけれど、イヤな思いをしたことがない訳ではない。


祖母レナータの件など、その最たるものだし、そもそも別邸を出る前の方がひどい。


軟禁されていたとはいえ、あれも貴族社会の末端にあった。


平民なら、理由もなく父親から幽閉されたりしないし、そんなことをしたら重罪だ。


ところが、貴族の当主、領地の君主であったわたしの父に対しては、軟禁自体を罪に問うことはできなかった。



――お前、キライ。



で、人を罰せられるほど、わたしが暴君ではないことも大きいのだけど、法に照らせばそういうことになってしまう。


そんな貴族社会に、この純朴な姉妹を入れることが、果たしてふたりにとって幸せなことなのか。


わたしは、大いに迷っていた。



「……一度、カルマジンの皆のところに戻って、ご両親や長老ともよく話し合ってから決めてくれたのでいいから」


「は、はい……」


「別のものがいいなら、わたしが好きなものを用意させてもらうわ」



呆然とするふたりに、できるだけ柔らかな微笑みを向けた。



  Ψ



王都を発ち、カルマジンに戻る。


しばらくしたら、即位後初めての新年祝賀の儀で王都に戻らないといけないのだけど、カルマジンを放置もできない。


エイナル様とふたり、窓の外の景色に目を輝かせながら、馬車に揺られる。


時折、積もるほどではない雪がチラついて、目を輝かせる。



「そういえば、一度、グレンスボーで冬を過ごしてみたいものですわ」


「うん。一面の銀世界になるよ?」


「うわっ! ……それも、見てみたいですわ~」



ノエミとウルスラは別の馬車に乗せた。


きっと、ふたりでこの先の人生についてじっくり話し合ってくれていると思う。


ノエミとウルスラが、どんな人生を選ぼうとも、わたしは応援していきたい。


あのとき、ヌッと夜闇から現われたわたしとルイーセさんの話を聞いてくれたことが、多くの命を救った。


集落を長年にわたる幽閉から解放した。


結局、父の打算による政略結婚でしか壁の外に出られなかったわたしは、ふたりを尊敬すらしている。


どうにか、ふたりに喜んでもらえる形で報いたいと思う。


カルマジンの政庁に入り、カリスと捜査の進捗を確認する。


まだ、なにもつかめていない。


けれど、諦めない。


わたしも政務をこなし、王国各地の産業振興や民の生活改善に知恵を絞りながら、帳簿類の精査にも加わる。


やがて、コショルー難民たちのための新しい作業小屋と住居が完成した。


水路沿い。茜緋布の生産を再開できるよう〈聖域〉の集落から道具類も回収した。


エイナル様のご尽力もあり、カルマジンの元からの住民たちとの融和も進んでいる。


わたしからも、



「彼ら、すこしシャイなところがあるけど、話せば気のいい人たちよ?」



と、街に視察に出るたびに声をかけた。


その甲斐もあって、新しい集落の落成式典には、多くの住民が参加してくれた。


いつまでも『コショルー難民』と呼び続けるのもどうか、と思い、



――茜集落。



の名を授ける。


ケルメス染めの親方たちとも交流が進んでいて、ともにカルマジンの再建を誓い合ってくれている。


そして、コショルーからお祖父様、コショルー公がわざわざ列席してくださった。



「……儂が不甲斐ないばかりに内戦を招き、皆にはいらぬ苦労をかけてしまった」



と、新生〈茜集落〉の皆に声をかけ、頭をさげて詫びてくださった。


長老は涙を流して喜んだ。


王領伯の虚言によって、内戦初期に陣没したと聞かされていた元の主君が、丁重に頭を下げてくれたのだ。


君主として、なかなか取れる態度ではない。


わたしの胸も熱くなる。


そして、わたしはお祖父様から、祖母レナータの処遇について相談されることになった。

本日の更新は以上になります。

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