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109.冷遇令嬢は出来るところから始める

エルヴェンの女親分、メッテさん。


威風堂々、エイナル様とは種類の違う度量の大きさを感じさせられ、カリスとは違う種類の涼やかさを漂わせる。


再会するや、白っぽいサラサラの銀髪を無造作にかき上げ、親しげにわたしの肩を抱いてくれた。



「お? 陛下、すこし痩せたか? さては、苦労してるな」


「ふふっ。(あね)さんは、相変わらず寒くてもタンクトップ一枚。お元気そうでなによりです」


「はははっ! 子どもは風の子みたいに言うじゃねぇか」


「スベスベのお肌に鳥肌たってますよ?」


「ははっ! やせ我慢は、無頼の本分だ! 好きでやってるんだから仕方ない」



と、和やかに談笑しながら、政庁の中へと案内する。


エルヴェンで、メッテさんたちに取り仕切ってもらっている『港湾荷役』とは、交易船の積荷の荷揚げと荷卸しのことだ。


力自慢の荒くれ者が多い荷役人夫たちを取りまとめ、彼らの生活の世話まで見てくれてくれている元締のひとり。



「苦戦してるみてぇじゃねぇか? コルネリア陛下ともあろうお方が」


「……探しに探したんですけど、テンゲルには無頼的な人たちがいないんですよ。いるのは悪辣な根っからの悪党ばかりで」


「それで、私らに白羽の矢が立ったって訳だ」


「無理言ってすみません」


「へへっ。気にすんなよ。コルネリア陛下には大層世話になってるんだ。……エルヴェンじゃ人夫も無頼も、みんな感謝してるんだぜ?」


「……そうですか?」


「いまじゃ、エルヴェンはリレダル王国で一番健全な港になったってな」



法の枠外で生きる無頼は、その日暮らしを好む荷役人夫と相性がいい。


なかでも義侠心に富む親分たちを選んで取りまとめを依頼、人夫の生活の質向上を図ってもらっている。


メッテさんが愉快そうに笑った。



「すっかり無頼も荷役人夫も、エルヴェン公爵コルネリア閣下の統治機構に組み込まれちまったって訳だ!」


「ふふっ。テンゲルでもひとつ、よろしくお願いしますぜ、姐さん!」



と、無頼の気風に合わせてふる舞う。


貴族や役人では、なかなか上手くいかない役割を、滞りなく果たしてくれていることへの、せめてもの敬意だ。


日雇い労働の荷役人夫は、船主から不当に扱われることも多い。悪質な手配師に引っかかると、中抜きがひどいこともある。


それら劣悪な労働環境の改善も、メッテさんたち元締に託した重要な役割だ。


荷役人夫の扱いが粗略に過ぎるのではないかというのは、あの別邸で、お母様と議論を積み重ねていた重要課題だ。


酒好き、喧嘩好きや、博打好きも多く、放蕩者、半端者、街の厄介者だと扱われながら、交易には欠かせない。


だけど、束縛を嫌うので、役人からの介入を拒み、命令すれば逃げていく。


根無し草気質で、別の港に行ってしまう。


荷役人夫のいない港に、交易船は立ち寄らない。素通りされて、港がさびれる。


非公式な手配師に任せるしかなく、なかには悪質な手配師もいて、違法な賭場で人夫に散財させて借金漬けにしたりもする。


そんな荷役人夫たちを無頼に束ねさせ、日雇いはやむを得ないにしても、各種制度を整備して、労働環境を守る。


ついでに、無頼を統治の協力者に変える。


治安は圧倒的に向上する。


港湾の安定は、交易の安定と繁栄につながり、民を富ませる。


長年、お母様が温めていたアイデアを、わたしが改良し、エルヴェンで実現した。


なかでも率先して協力してくれた無頼の親分のひとりが、メッテさんだ。


ただ、廊下ですれ違い、その場で控えるメイドや下男たちが目を丸くするのは、わたしのふる舞いのせいばかりではない。


純白のタンクトップから伸びる、透き通るような白さに健康的な血色がのぞく引き締まった両腕には、鮮やかな刺青がびっしりと入っているのだ。



「いいのかよ? 女王陛下が私らなんかと、こんなに親しくしてて。メイドさんたち、ビックリしてるぜ?」


「ふふふっ。……わたしの大事なお客様ですし、それに、王都ではありませんしね」


「なるほど。ちゃんと考えてるんだな」


「女王陛下ですから」


「はははっ! 違いねぇ」



メッテさんを呼び寄せたのは、テンゲル王都の港湾荷役を取り仕切ってもらうため。


そして、テンゲルでも荷役人夫の待遇を改善し、野盗や山賊など、犯罪に走りがちな気質の者たちを吸収してもらうためだ。


力自慢の荒くれ者。王都の港に来れば確実にご飯が食べられるとなると、引き寄せられてくる。


犯罪から遠ざかる。


即効性はなくとも、確実に治安状況が改善されていく。


それは、戦争の爪痕を残していたエルヴェンでも実証済み。


そうすると、次第にテンゲル王国を覆う闇が晴れてくる。


不正な資金をむさぼる者たちの、生息域が狭まっていく。逃亡中のデジェーの隠れ場所も失われていくはずだ。


いつかは着手しないといけなかった正攻法を、いまから始める。


不正を追い詰めていく一手に、わたしは踏み切った。



「そうそう、陛下。燻製小屋の妹君に会ってきたぞ?」


「え? フランシスカにですか?」


「……今が、いちばんウザい時期だった」


「それは、どういう……」


「すこし遠い目をして髪をかき上げ『ふっ、私も昔はね……』とか爪を見ながら言っちゃう時期だ」


「うわ。なんか、すみません」


「まあ、元気は元気に、刑期を務めていたぞ」


「気を使わせちゃって……」



と、苦笑いしながら、貴賓室にメッテさんを迎え入れる。


クラウスと3人で打ち合わせ。


エルヴェンの政務総監だったクラウスと、メッテさんは旧知の仲だ。



「分かった。船主側との交渉は、クラウスの旦那がやってる枢密院ってのが、請け負ってくれるんだな?」


「ああ……。メッテには、まずは荷役人夫に声をかけ、悪質な手配師を追放するところから始めてもらいたい」


「エルヴェンと同じ手順だな?」


「そうだ。……だが、急ぎたい」


「もちろんだ。一度やってることだからな。手際よく進める。子分たちにも、よく言い聞かせておく」


「助かる」



もちろん、堅物タイプのクラウスは、メッテさんのことが苦手だ。


けれど、能力は正当に評価してくれている。エルヴェンでも最終的に、ふたりの息はピッタリだった。


途中は大変だった。


いまは、お互いの距離感もつかめたようで、安心して任せられるコンビだ。


カルマジンからの、不正資金の流出は止めた。


出口はいまだ分からない。


だけど、流通経路と疑われる、社会の枠外に生きる者たちを、メッテさんのもとに集めてもらう。


正業に就け、陽の当たる暮らしに戻す。


流通経路が細くなれば、不正資金の流れが浮かび上がってくる可能性がある。


懸案である治安の向上と、交易の安定に加え、不正問題の解明にも結び付けたい。



「……子分たちにも、耳を澄ませておくよう、言い付けておく」



耳元でそう囁いてくれ、メッテさんはクラウスより先に王都に向かった。


さすがに一緒に移動は、体裁が悪い。


メッテさんなりの気遣いだ。



「姐さん! よろしくお願いします!」



黙って、グッと拳を振り上げて応える背中が、とてもカッコいい。


わたしが、あの別邸から追放され平民になれていたら、メッテさんの子分にしてもらっていたかもしれない。



「……クラウスも、よろしくね」


「はい。お任せください。……女王陛下の思し召しのままに」



出立の拝礼を捧げてくれたクラウスも、王都に帰っていく。


捜査の行き詰まりを嘆いていても、なにも始まらない。出来ることから着手する。


わたしもカリスたちに混ざり、帳簿をめくる。


やがて、ビルテさんから取り調べの終了が告げられる。


王領伯は、なにも供述しなかった。


引き続き、尋問は続けるけれど、不正に関与していた者たちは特定され、一旦、騎士団による取り調べには区切りをつけた。


戒厳令を解除する。


騎士団の過半を引き上げさせ、街には安堵が広がる。


ただし、それはカモフラージュ。


陰働きの騎士たちを潜伏させ、怪しい動きがないか慎重に監視させている。


不正資金の流出先が特定されるまで、わたしもカリスも気を抜くことはできない。


そして、特命使節団を派遣した国々から、国王の親書が届き始める。


リレダル王は、わたしの対処方針に全面的な賛同と協力を表明してくれた。


次に届いたのは、母国のバーテルランド王。こちらも、賛同と協力、さらには、



――ご即位されるや、旧体制の不正発覚。陛下のご心痛、いかばかりか。



と、見舞いの言葉までもらった。


わたしと関係の深い両国からとはいえ、まずは順調な滑り出しと、胸を撫で下ろす。


そして、サウリュスの母国、クランタス王からの親書に、わたしは盛大に苦笑いさせられることになった。

本日の更新は以上になります。

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