107.冷遇令嬢は見せ付ける
謁見の間に、厳粛な空気が満ちる。
「……残念ながら、今後の監査の進展によっては、我がテンゲルにおける、まだ別の不正が発覚するかもしれません」
わたしの言葉に、特命使節団を率いる特使たちも随行員も鑑定士も、皆が緊張の面持ちで耳を傾けている。
「ですが、そのすべてに対し誠実に対処する。テンゲル王国に巣食う不正も偽りも一掃する覚悟を、国内外に明らかにする。この使節団派遣が、その最初となります。テンゲル王国の信頼を築き直す、皆の謹厳なる働きに期待いたします」
王家領各地から王領伯、代官のすべてを呼び寄せ、列席させている。
今後、いかなる不正が明らかになろうと、厳正に対処し、膿を出し切るというわたしの毅然とした姿勢を見せ付けた。
末席ではサウリュスがスケッチブックに木炭を走らせるなか、特使ひとりひとりに、信任状を授けていく。
「テンゲル王国のため、テンゲルの民のため、よろしくお願いいたします」
「はっ。身命を賭しましても、コルネリア陛下の知性と清きお心に恥じぬ働きを、お誓い申し上げます」
「エイナル様。お言葉を」
「うん。大丈夫。誠を尽くして、相手の立場に立って、対応にあたってください」
やさしげに微笑まれるエイナル様。
特使の皆は、緊張の面持ちで堅く頷く。
国王に続いて王妃が言葉を添える。いたって普通の、謁見の一場面。わが国では王配であるエイナル様が声をかける。
リレダル王国に派遣する特命使節団の中に、難民の姉妹、ノエミとウルスラの姿があった。
ばあやに特訓してもらった通り、片膝を突いて受任の拝礼を捧げてくれている。
慣れない上に緊張でぎこちない所作が、なんとも健気に微笑ましく見えて、つい頬を緩めてしまう。
「鑑定士の長の言うことをよく聞いて、危ないことをしたらダメよ?」
「は、はいっ!」
「知らない人には付いて行かないこと」
と、姉のような、母親のようなことを言ってしまった。
姉妹には、リサ様のご配慮で、リレダル王都の街を案内してくれる者をご手配いただいた。
「運河の舟から見る景色には見応えがあるわよ? お仕事も大事だけど、旅を楽しんできてね」
任務は重大だけど、大いに見聞を広める機会にもしてほしい。
あの夜闇の柵の中。突然現れたわたしとルイーセさんの話に耳を傾け、長老に会わせてくれて、集落解放に導いた大功労者だ。
正式な褒賞は遅れているけど、この程度の便宜は図ってあげて当然だ。
リレダルへの特使、ナタリアの父君であるフェルド伯爵にもふたりのことを、よくよくお願いしてある。
大河院の見学も手配済み。
狷介博士では不安なので、初老の女性博士に対応をお願いしてある。
大公家の義父母にも姉妹のことをお願いする親書を送った。あの王宮にも等しい威容を放つ王都屋敷で、ふたりをもてなす小宴を開いてくださるそうだ。
ふたりが目を輝かせて興奮する様が、目に浮かぶよう。
わたしが初めて目にした〈外の世界〉、リレダルの街並みについて、熱く語り合う日が楽しみだ。
そして、エイナル様にエスコートをお願いし、中庭に出て、特命使節団の馬車の出発を見送った。
思いつく限りの準備は間に合わせた。
けれど、特使派遣の本質が、謝罪と釈明にあることに変わりはない。
テンゲル王国再建を双肩に担う、特使たちの活躍を祈る。
対外的な対処はひと区切りとなり、わたしは国内の不正への対応に本腰を入れる。
カルマジンの王領伯は、まだ詳細な供述を拒んでおり、全容解明にはほど遠い。
逃亡したデジェーの行方も、分からないままだった。
Ψ
夜のテラスで、カリスと星空を見上げた。
「……デジェーの言動、行動には不可解な点が多いわ」
「そうね」
これまでの取り調べによって、デジェーの半生が判明している。
不正まみれの真っ暗闇の泥沼の中に、デジェーは生を受けた。
父親に従い、王領伯家の権益を守り、民から搾取し続けながらも、一方では難民たちの待遇改善も働きかけていたらしい。
とはいえ、支給する食料を少し増やす程度ではあったらしいのだけど、これは難民たちの証言とも一致した。
わたしの即位に対しては、
――新女王、なにするものぞ。
と、吹聴していたらしい。
不正に関与していた、王領伯の側近たちからの証言だ。
それが、わたしの行幸と監査を受け、
――あの女王は、本物かもしれない……。
と、言動が変わっていった。
もっとも、側近たちは『しっかり不正を隠さないといけない』という命令だと受け止めたようだ。
だけど、牧草地でのわたしへの直訴、
――コルネリア陛下のお考えは素晴らしい。感服しております。
という発言を重ね合わせてみれば、複雑な響きを帯びてくる。
愛の告白だなんて勘違いせず、わたしが真剣に耳を傾けていれば、違った展開があったかもしれない。
『その望みは、叶えられません。……忘れます』
デジェーへの答えに、一抹の悔いを残す。
牧草地でのデジェーの発言は、記憶の薄れないうちにすべて書き起こして保存した。
読唇術で立ち聞きしていたルイーセさんにも確認してもらい、出来るだけ正確に残してある。
「……あの不可解な言動の中に、不正を紐解くなにかヒントが隠されてるような気がするのよね……」
「本人の行方が分からない以上、その謎を解くしかないわね」
「どこに消えたんだか……」
星空に、ため息を吹きかけてしまった。
不正と理想との間で揺れ動き続け、結局、父親に逆らえず、わたしの暗殺のため寝室に忍び込んだのだとすると、やるせない。
フランシスカや、モンフォール侯爵領で不正に励んでいた腐敗官僚たちに比べたら、遥かに複雑な人物像を浮かべてしまう。
そして、逃亡を続けるデジェー、供述を拒み続ける王領伯から、わたしもカリスも、さらなる黒幕の存在を疑っている。
特命使節団の出発式を敢えて盛大に挙行したのも、黒幕をあぶり出すためだ。
もし本当に黒幕がいるなら、いずれ何らかの形で接触を図ってくるはずだ。
耳を澄ませ、今度こそは聞き逃さないようにしたい。
「……ルイーセさん、わざとデジェーを逃がしたんじゃないかって、わたしは思ってるのよねぇ……」
「ん? ……なんのために?」
「分からないけど」
肩をすくめると、カリスも笑った。
「ふふっ。そう……」
「……でも、そうだとしても、ルイーセさんがデジェーを逃がしたのは、きっとわたしのためだわ」
「そうね。ルイーセさんがネルに捧げる忠誠は本物だわ」
「ふふっ。すこし分かりにくいけどね」
デジェーがわたしに残した言葉。
――この地に張り巡らされた、ちいさな不正の水路。こびりついて取れません
その正体は、いまだ杳として知れない。
カルマジンの緋布偽造で不正に得た資金の流れが一向につかめない。
王領伯は贅沢な暮らしを享受していたようだけど、それだけでは説明がつかないのだ。
政庁に残された帳簿類の精査を続けているのだけど、すべては通常の商取引の範囲内に収まっている。
大きな数字を操作した痕跡はある。
けれど、結局は正常な取引として処理されており、疑わしい点が特定できない。
王領伯がどこかに蓄財して隠し持っているというのが、自然な考えとなる。
何度も大規模な捜索をかけているのだけど、いまのところ隠し資金や裏帳簿なども発見できていない。
前時代的な拷問の類いは禁じているし、王領伯への取り調べは、もはや説得に近い。それでも王領伯は頑なに供述を拒み、証拠も出てこない。
カルマジンの不正捜査は行き詰まっている。
けれど、必ずどこかに綻びがあるはずだ。
わたしは夜闇より深い、その闇に目を凝らし、真贋を見極めないといけない。
「ネル?」
「なあに、カリス?」
カリスに顔を向けると、やさしげに微笑んでくれていた。
「すこしは息抜きも必要だわ。……明日はクラウス閣下と内々の慰労会を開くんでしょ? リサ様もお誘いして」
「ふふっ、そうね」
「楽しみね?」
「うん……。楽しみだわ」
星空を見詰め、夜闇を振り切り、テラスから出た。
サウリュスとナタリアが熱心に語り合う声が響いていた。きっと、エイナル様も横で聞いている。
「妻を褒め続ける場で、黙ってニコニコと耳を傾ける。……愛されてるわね、ネル」
「素直に肯けないものがあるわ」
照れ笑いなのか、苦笑いなのか、妙な笑顔をカリスに返して、エイナル様より先に寝室に入った。
わたしは、次の一手を打つ。
本日の更新は以上になります。
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