106.冷遇令嬢は友情が嬉しい
「さすがのご手腕ですな」
と、クラウスが唸った。
「……褒め過ぎよ、クラウス」
「災い転じて福となすとはこのこと。事態の収拾に、これ以上の策はありますまい」
「だと、いいのだけどね」
政庁に設置した緊急対策本部で、特命使節団派遣の最終の詰め作業を行っていた。
通商各国には既に先触れを走らせ、緋布偽造事件のあらましと、誠実な対応をさせていただくとの意向を伝えてある。
特命使節団には〈誠実な対応〉の実体を持たせて送り出さなければいけない。
アカネ染めをケルメス染めと偽った。
まずは、そのことに対する率直な謝罪。
そして、希望された場合、真正品への交換に応じることが基本的な対応だ。返品買い取りにも応じる。
その大前提となる真贋判定が、スピーディに行えるよう〈鑑定紙〉の開発にも目処をつけた。
緋布はドレスやマント、カーテンなど、既に製品の形で利用されている。
目立たないところから繊維を1本抜かせてもらうか、ブラッシングで出る毛羽でも鑑定できる性能を担保した。
さらに、急造の〈鑑定士〉養成にも着手。
鑑定結果に対しては〈鑑定書〉を発行、そのデザインと様式も確定させた。
クラウスが何度も首を縦に振る。
「……この対応の要は、アカネ染めの緋布を〈偽物〉とするのではなく、〈茜緋布の真正品〉として鑑定書を発行するところですな」
「長年使い続けてこられて、使い心地に問題はなかったと思うのよね……。これで納得してくれる方がいらっしゃるといいのだけど」
日光による退色も、マントがアカネ染めだったケメーニ侯爵などは、
「……この色褪せた風合いを、好ましく思っていたのですが……」
と、苦笑いしている。
茜緋布製のドレスに袖を通してみたカリスが、眉を寄せて笑った。
「……長年、偽造が発覚しなかった訳ね」
「どう? 着心地は?」
「私に緋色は派手すぎるってことを除けば、抜群にいいわよ」
「え~っ!? よく似合ってるのになぁ」
「ネル……。私を〈茜緋布〉普及のマネキンにしようとしてるでしょ?」
「ふふっ。凄腕宮中伯様がご愛用となったら、箔が付くわ」
「もう。……恥ずかしいわね」
クルリと回ったカリスは、すこし照れくさそうにしながら緋色のドレスで職務にあたってくれた。
カリスのもとには、王家領各地から監査の途中経過が続々と送られてくる。
「……カリス? なんなの、この『窓手数料』って」
「窓が多い家は盗賊に狙われやすいから、その警備にカネがかかるって理屈らしいわよ?」
「廃止で」
「もちろん」
民に理不尽な搾取構造を、ひとつひとつ潰していく。
そして、ノエミとウルスラ、コショルー難民の姉妹が〈鑑定士〉に志願してくれた。
「……外の国を、この目で見てみたいのです」
気持ちは痛いほど分かる。
長老の許しを得て、わたしとの関係が良好なリレダル王国に派遣する手配をした。
不正に関与していなかったことが証明された住民から順に、日常生活に戻している。
賑わいを取り戻しつつあるカルマジンの街を、姉妹とエイナル様と歩いた。
「うわぁ~! アレはなんですか!? 果物がいっぱい積んであります!」
「ふふっ。果物屋さんよ」
「アレがそうなんですねぇ……」
オレンジを買い求め、広場の隅に腰かけ、姉妹に皮をむいてあげる。
「あま酸っぱいです!」
「なにこれ、美味しいです!」
姉妹の笑顔が微笑ましく、胸に痛かった。
難民たちには、これまで王領伯が強いてきた奴隷労働への補償として、とりあえず一時金を支給してある。
最終解決はまだ先のことになるけれど、当座の生活に困らないよう手配した。
街の者たちがコショルー難民に向ける感情には複雑なものがあるけれど、そこはエイナル様が民に分け入って、融和に努めてくださっている。
幽閉された集落で育った姉妹は、おカネの扱いに慣れない。
「ゆっくり待ってあげてね」
と、エイナル様が店の者に微笑みかける。
カルマジンの誇りである緋布の偽造発覚という衝撃的な事件から、街は徐々に落ち着きを取り戻しつつあった。
茜緋布を正規品に採用しても、大きな意味での緋布の供給量自体には変動がない。
当面、大幅な値崩れは起きないだろう。
カルマジンを〈二種の緋布の産地〉として再建する目途が立ちつつある。
ただそれも、特命使節団による謝罪と説明で、各国が納得してくれるかどうかに大きくかかっている。
通商各国に序列をつけず、等しく対応にあたるため、女王であるわたし自身や枢密院議長のクラウスの派遣は控え、各国横並びに枢密院顧問官を派遣する。
まずは、大河流域諸国から。
各国の国情を踏まえ、クラウスが慎重に人選を進めてくれている。
「我がテンゲルと下流側で国境を接する、ブラスタ王国の伯爵家と、ケメーニ侯爵家が縁戚関係にあり、比較的良好な関係を保っているようです」
「……その伯爵家の、ブラスタ王国内での地位は?」
「代々、王家の献酌役を務めており、現当主は王妃の献酌侍従。……側近と考えていいでしょう」
「それでは、ブラスタ王国への特使はケメーニ侯爵に」
わたしがエイナル様との結婚に至った、国境をまたぐ貴族間の政略結婚は、こういうときに威力を発揮する。
貴族社会で縁戚関係が重視される所以だ。
そして、特使を枢密院から任じるということは、諸侯を女王の代理人に任じるということでもある。
テンゲル諸侯の王政への参画意識を高め、王家に抑圧される存在から、ともに国を富ませる同志へと、さらなる意識の変革を促進する契機にもしたい。
すべての準備が終わり、特命使節団を出発させる前日。
リサ様が、わたしを訪ねてくださった。
「私に随行してきておりました大聖堂の神官、服飾工、また芸術家たちによる〈茜緋布〉の検証が終わりました」
「……リサ様には、お手数をおかけしてしまい、お詫びの言葉もございません」
深々と頭をさげるわたしに、リサ様は優しげに、いたわりの微笑みを返してくださった。
「その結果、アカネ染めの〈茜緋布〉が、ケルメス染めの緋布に勝るとも劣らない品質であるとの結論を得ました」
「それは、なによりです」
「つきましては、ブロム大聖堂創建300年祭における大神官の法服に〈茜緋布〉を採用させていただきたく存じます」
「えっ……」
「……創建300年祭は、私がホイヴェルク公爵家の世子夫人として、催行のすべてを任されております。正式決定とお考えくださいませ」
「リサ様……」
胸に熱いものがこみ上げてくる。
「ふふっ。……リレダル王国の建国神話にも登場する名門、ホイヴェルク公爵家が〈茜緋布〉の品質を認めた。各国にそうお伝えいただいても結構ですわよ?」
思わず、リサ様の手を取って握り締め、空色の瞳を熱く見詰めてしまった。
こんなに嬉しい援護射撃はない。
権威あるブロム大聖堂の創建祭。主座に立つ大神官の法服に採用される。
確実に〈茜緋布〉の印象が上がる。
ケルメス染めの〈真正緋布〉と並び立たせることができる。
事態収拾のため、リサ様はわたしに大きな武器をお与えくださった。
そして、リサ様は、迅速にこの決定が下せるようにと、高位貴族が使うことのない郵便用の高速船に乗ってまで、自ら出向いてくださっていたのだ。
「茜緋布が本当に良い品であったからですわよ? コルネリア陛下」
「……ありがとうございます、リサ様」
「もう、そんな……。泣かないでくださいませ、コルネリア陛下」
「リ、リサ様のお心遣いが嬉しくて……」
ともにバーテルランドから政略結婚でリレダルに嫁いだリサ様。行動で示してくださった熱い友情に、心から感謝した。
そして、謁見の間に、すべての特命使節団を集め、出発式を執り行う。
わたしは〈茜緋布〉のドレス、エイナル様には〈真正緋布〉の上着を羽織っていただき、玉座に並んだ。
本日の更新は以上になります。
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