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104.冷遇令嬢は間に合わせたい

リサ様の空色の瞳に、深刻な色が重なる。



「……リレダル王家所蔵のローブが、恐らく偽造品なのではないかと」


「心苦しいことです……」


「約20年前、先代国王陛下のご即位にあたり、当時の王太后陛下、現在の太王太后陛下より贈られた品だそうです」



頭の痛い話だ。


そういう謂れのある品では、



――偽物だったので、交換しま~すっ!



では、済まない。


テンゲル国内でも、動乱鎮圧の功臣で枢密院顧問官を務めるケメーニ侯爵の緋色のマントが、偽造品だったと判明している。



「……亡父が愛用していた品を受け継ぎましたので、交換などは……」



と、実直なケメーニ侯爵から、すこし寂しそうに言われては、いたたまれない気持ちになる。


まったく。嘘や偽りというのは、ほんとうに罪が深い。


こういったケースにも、なんらかの補償ができるよう、クラウスに検討してもらっているところだ。


そして、リサ様のお話は、さらに事態が広範に渡ることをご示唆くださっている。


バーテルランドとの戦争中、リレダルの大河交易は止まっていたのだ。


つまり、リレダル王国にあって20年前に買い求めた品は、大河をくだり海を大回りして陸上交易で入ってきたと考えられる。


リレダルの太王太后陛下が密貿易に手を染めておられでもしない限り、偽造緋布の流通範囲が、大河流域にとどまらないことを示唆しているのだ。



「……ここからが密命なのですが」



と、リサ様が囁かれた。



「ひとつは、(さき)の政変で前大公様がばらまかれた工作資金の出所が、いまだ判明しておりません」


「なるほど……」


「なんらかの関係を疑うのは短絡的かもしれぬが、コルネリア陛下のお耳にいれておけ……、というのが国王陛下よりのご伝言にございます」


「……心得ました」


「もうひとつは、大河院を稼働させてはどうか……、とも」



リレダル王国の大河院は、国際機関としての『大河委員会本部』に改組した。


だけど、これまでの先進的な取り組みに敬意を表し、通称として〈大河院〉の名前を残し、わたしも議長ではなく〈大河伯〉の通称で呼ばれている。


その新生大河院は、治水のみならず、航行、開発、交易、環境保全も管轄とする。



「国王陛下よりのご助言、痛み入ります。よく考えてみたいと思います」


「ふふっ。あと、実は私からもコルネリア陛下にお願いが……」


「はい。なんなりと」


「実は、先ほどの宮廷画家殿にご相談があるのです……」


「え? ……サウリュス殿にですか?」


「……でも、私では、その……、うまくご相談できそうにないので、コルネリア陛下からお口添えいただけないかと……」



と、リサ様は、変わらぬ愛らしさで、眉を垂らして困ったように微笑まれた。


たしかに、リサ様が直接なにかを相談されるには、サウリュスはすこしクセが強すぎるかもしれない。



「え、ええ……。わたしでリサ様のお力になれることでしたら、喜んで」


「ふふっ、良かったぁ」



胸の前で両手を合わせて喜ばれるリサ様に、ちょっと不安がよぎる。


なにを相談させられるのかしら……。



  Ψ



夕暮れ時。窓の大きな部屋で、ひとり椅子に腰掛ける。


なにもない時間。


正確には、なにもない訳ではなく、サウリュスの絵のモデルを務めている。



「褒美がほしい」


「……えっと?」


「ケルメス染めとアカネ染めを見分けた私に、褒美を授けるつもりはないかと聞いている?」


「あ、そ、そうですわね……」



と、サウリュスに求められ、毎日政務の終わった後、30分だけ、モデルとして座ることになった。


真剣な面持ちのサウリュスが、イーゼルを立て、キャンバスにわたしを描いている。


エイナル様は、



『うん。コルネリアには、何も考えなくていい時間があってもいいと思うよ』



と、にこやかに勧めてくださった。


異例のことだけど、サウリュスの希望に沿って部屋にはふたりきり。さすがに扉の外にはルイーセさんが控えてくれている。


最初は緊張するかなと思ったのだけど、すぐに慣れた。


サウリュスは、わたしの姿形に用があるだけで、わたしと話がしたい訳ではない。


黙って座るのもソワソワするのだけど、



――30分も座っていられないようでは、わたしも生き急ぎ過ぎね。



と、苦笑いして、肩の力を抜いた。


コンコンっと扉をノックする音がした。



「時間だ」



ルイーセさんが入ってきて、本日のモデルは終了。肩をクリッと回した。



「……サウリュス殿。先ほどの件ですが」


「ああ、いつでもかまわない」


「そうですか。リサ様が喜ばれますわ」



リサ様が、サウリュスに相談されたかったのは、アズライトの青の顔料の件だった。


サウリュスは、コショルー産のクルミ油で溶くと最も発色が良くなると見付けた。


ブロムの画家の間では、ちょっとした騒ぎになったそうだ。



『……たしかに、我々のこれまでの使い方では、わずかに黄味がかっている』



溶き油について、サウリュスとブロムの画家とで情報交換させてほしいというのが、リサ様のご要望だった。


サウリュスは意外にも、あっさりと承諾してくれた。



「隠したところで一時のこと。どうせ広まる話だ」



秘密や奥義にする気のないところは、好感が持てた。


正直に言えば、顔料の産地であるモンフォール侯爵領の領主としても助かる。皆に美しく使ってもらえたら、それだけ需要が増え、民が潤い、税収が伸びる。助かる。


キャンバスと睨めっこしたままのサウリュスに礼を言い、部屋を出ると、ナタリアがリサ様と話し込んでいた。



――ナタリアったら、サウリュスが描くわたしの絵の品評会、通称〈コルネリアの美を讃える会〉に、リサ様をお誘いしていたのね……。



と、苦笑いした。ふたりの後ろでは、エイナル様もおなじ顔をされている。


そんな気恥ずかしくなる名前の会、勝手にやってくれたらいいのに、ナタリアは律儀に報告し、許可を求めてきた。


わたしが〈聖域〉に潜入している間に結成されていた、不思議なトリオ。



「ナタリア?」


「は、はいっ!」


「……リサ様にご迷惑をかけたらダメよ?」


「そ、それは、もちろん……」



リサ様とナタリアのふたりは、歳が近い。


それに、わたしの侍女を務めているとはいえ、ナタリアも伯爵令嬢だ。


前大公を屈服させた、リレダルでの舞踏会で仲良くなっていたらしい。


リサ様が優雅に微笑まれた。



「ふふっ。……宮廷画家殿の描かれるコルネリア陛下。私も興味がありますわ」


「もう、リサ様までわたしをオモチャにしてぇ」



と、軽く膨れて見せる。


だけど、知り合いと知り合いが仲良くなる。わたしには、あまり経験のないことで、ほのかに嬉しくもある。


溶き油の情報交換にサウリュスが承諾してくれた旨をリサ様にお伝えし、日程調整は直接にお願いする。



「今晩も遅い?」



エイナル様が耳元で囁かれた。



「はい。……大詰めで」


「……ほどほどにね」


「すみません、おひとりにしてしまって」


「ふふっ。ナタリアとサウリュスの話を聞いてたら、あっという間に時が過ぎる。今日はリサ殿もいるみたいだし」


「……エイナル様?」


「なに?」


「余計なことは喋ったらダメですわよ?」


「あ、うん。大丈夫」



わたしとエイナル様だけの話が、少しずつ増えているのが、じんわり嬉しい。


ニコリと笑い、わたしは政庁裏手に設けた研究小屋へと向かう。


ケルメス染めとアカネ染めを見分ける、簡易検査キットの開発を急いでいた。


どうにか、特命使節団の出発に間に合わせたい。

本日の更新は以上になります。

お読みくださりありがとうございました!


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