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103.冷遇令嬢はへの字を競う

急遽。ブロムから、わざわざリサ様がお運びくださった。


郵便用の高速船に乗られての移動は、高位貴族としては極めて異例だ。



「コルネリア陛下にお会いしたくて、こっそり付いて参りました……」



と、はにかまれるリサ様は、相変わらず清楚でお美しい。


濃い蜂蜜がサラサラと滴っているようなハニーブロンドを揺らし、頬を薄桃色に染められた。


こっそりとは仰るものの、緋布を大量注文してくれていたブロムから、大聖堂の神官、ホイヴェルク公爵家のお抱え服飾工、芸術家などを率いておられる。


アカネ染めの緋布、茜緋布の品質を確かめるためだ。



「コルネリア陛下をお疑いするようで、心苦しいのですが……」


「いえ。ご迷惑をおかけしているのは、我がテンゲル。ご存分にお確かめください」



神官たちは貯蔵庫へと、ナタリアに案内させる。


わたしはリサ様を政庁のバルコニーにご案内して、ばあやにお茶を淹れてもらう。



「リサ様、お久しぶりにございます」


「ふふっ、ばあやも元気そうね」



と、微笑み合うふたり。


本来なら、まずは侍女長であるカリスに、リサ様への接遇を命じる場面だ。


だけど、カリスには宮中伯として、すべての王家領に監査を入れる準備を始めてもらい、そちらにかかり切り。


カルマジンでは監査を超え、すでに捜査の段階。カリスからビルテさんに引き継いでもらい、騎士団が厳しく取り調べている。


そして、王都からは令息団を呼び寄せた。


カリス配下の文官に加え、令息たちも監査官に任じて王家領各地に向かってもらう。


監査対象となる各地の王領伯や代官は、肩書きは大仰でも、爵位を持たない在地貴族、つまりは土豪クラスだ。


諸侯の令息たちとは家格において大きな差がある。


令息団の扱いは女王の直臣であるし、わたしの本気を示すため、敢えての派遣だ。


リサ様が嫋やかに微笑まれた。



「……通商各国へ、特命使節の派遣をお考えとか」


「ええ。ここカルマジンの緋布は、各国に販売されてきましたので……、事態収拾のため」


「ふふっ。コルネリア陛下らしいですわ」


「そ、そうですか……?」


「ええ。……悪い王なら揉み消して、ウヤムヤにしようとするでしょうから」



それは、わたしもチラッと考えなかった訳ではない。


偽造と言いながらも〈茜緋布〉の出来は良いし、なにより、どこでどのように使われているのか特定して把握する作業だけでも、めまいがするほど果てしない。


虚偽申告による詐欺にも対策が必要。


すでに、クラウスが中心になって特命使節団の編成と、各国に提案する補償の手順を詰めてくれている。


王都から呼んだクラウスは、まず険しく眉間にシワを寄せた。



「……25年ですか」


「そうなのよ……」



コショルー内戦が勃発した約30年前、難民たちはこの地に流れ着き、すぐに〈聖域〉に匿われた。


そして、王領伯は5年かけてアカネ染めの改良に取り組ませていた。


すべてを極秘裏に。



「……その情熱があれば、もっと別のことができたでしょうに」



弱みにつけ込み、情報統制と洗脳で柵の外に出られないよう幽閉し、食料と材料を供給して研究させていたのだ。


難民はカルマジンにたどり着いた時点で6家族、約40名。


身も心も疲れ果てた彼らを見て、王領伯が、



――いい奴隷が手に入った!



と、目を輝かせていたかと思えば、憤懣やるかたない。


我が父に比肩するクズだ。


その頃、デジェーはまだ生まれていない。


ほぼ無償の労働力に、王領伯はまるで産業機械を相手にするように〈投資〉して、集落まるごとで偽造緋布をつくらせ続けた。


しかも、カルマジンの染色工房とは違い、労働を作業工程ごとに集約させ、効率化を図り、大量生産させていた。


たとえば、工房ごとに染料をつくれば20人必要でも、まとめてやれば2人で済む、といった具合だ。



「……なかなかの才覚だと思うのよ」


「仰る通りですな。……正しいことに使われていればと思うと、惜しい人材です」



クラウスとふたり、口のへの字を競った。



「やはり、偽りを偽りのままにしておくことは、わたしには出来ません」


「無論。女王陛下の御意のままに」



果てしない作業にも、クラウスは文句ひとつ言わずに取り組んでくれている。


国内的には王領伯の責任を厳しく問うことになるけれど、対外的には女王であるわたしの責任が問われる。


王位を引き継ぐとは、そういうことだ。


父のような貴族ではありたくないという思いが、わたしの根底にある。


やはり、ウヤムヤにはできない。



「ぐ、ぐむぅ~」



という、不気味なうなり声に、リサ様がビクッと肩を震わせ、声を潜められた。



「……あ、あちらの方は?」


「すみません。……悪い方ではないのですが、夢中になると周りが見えなくなるようで……」



スケッチブックに顔を埋めて、天を仰ぐサウリュスの長い腕が中空を掻く姿に、改めて苦笑いを浮かべた。


わたしたちはすっかり見慣れてしまったけれど、リサ様が驚かれるのも無理はない。



「……クランタス王国の宮廷画家で、サウリュス殿と申します。随行を許しているのですが……」


「ああ、あの方でしたの……」


「えっ? ……リサ様、サウリュス殿のことをご存じなのですか?」


「ええ……」



テンゲル王都での祭りで、ブロムの絵画をこっぴどく非難したことが噂になって、リサ様のお耳にまで入っていたらしい。


なんだか申し訳ないのだけど、わたしが謝るのもなんだか変だ。



「それはぜひ、お話をおうかがいさせていただきたいですわ」


「あ……、あの……、サウリュス殿はあまり口のきき方が……」


「ふふっ。存じておりますわ」


「ははは……」



リサ様は、そのままもう一段、声を潜められた。



「コルネリア陛下……。密命を受けております。……お人払いをお願いできますか」



リサ様が自ら運びくださるからには、なにかあるだろうとは思っていた。


わたしは微笑を崩さず頷いて、サウリュスとばあやに下がるよう命じる。


けど、サウリュスが粘った。



「あ、あと少し!」


「……少しって?」


「もう少しでつかめそうなのです!」


「ふふっ。……申し訳ありません、サウリュス殿。リサ様と大切なお話が」



不満げなサウリュスを、ばあやが引きずるようにして退出させていく。


中性的な麗しい顔立ちにはスケッチブックの木炭がバッチリうつっていて、サウリュスの顔のなかに、わたしがいる。


またもや腹筋を鍛えられた。


目を丸くするリサ様に、苦笑いを返した。



「いつも、あの調子なのです」


「……コ、コルネリア陛下のお心の広さに、感銘を受けるばかりですわ」


「……クランタス本国では、どのように過ごしているのでしょうね?」


「ほんとに」



クスクスとひと笑いさせてもらってから、威儀を改める。


真剣な面持ちのリサ様を見詰めた。

本日の更新は以上になります。

お読みくださりありがとうございました!


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