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99.冷遇令嬢は壁を越えて

義叔母ノラにもらったブローチと見比べた。


蛇を喰う鳥は、コショルーでは魔除けの図案だ。



「……やはり、コショルーの難民を」



重そうな門には、外から鎖がかけてある。


コッコッコッコッと、リズミカルな音が微かに響くのは、縮絨の工程に水車を使わせず、手作業でやらせているのだろう。


ここに幽閉して、アカネ染めの偽造品をつくらせているのは間違いない。


ルイーセさんの声が低く響く。



「斬り開くか?」


「いえ……。柵の足元、柴の小枝が積んであるのは、露見しそうになったらすぐに焼き払えるようにという備えでしょう」


「……入念で、非道だな」


「もうすぐ日が落ちます。夜を待ちましょう」



厳重な監視。柵には年季が入って見える。


避難してきて、そのままここに幽閉されたのだとすると、難民たちはコショルー内戦の終結すら知らない可能性がある。



――かくまってもらってる。



と、王領伯に感謝している可能性すら考えられた。


いずれ近々、騎士団に急襲させ解放するにしても、敵襲と誤解され衛兵と一緒に立ち向かわれたのではかなわない。


どうにか接触を図り、解放の日に備えてもらいたい。



「最初に誰と話すかが問題だな」


「ええ」


「……長老か村長のような者を探すか?」


「いえ……。ここで生まれた、わたしと同世代くらいの者を探します」


「ふむ……」


「高い壁の向こうを夢見て、渇望しているはずですから」



日が落ちて、あたりが真っ暗闇に包まれると衛兵たちは小さなランタンを灯した。


ただ、それもフードで覆い、足元を小さく照らすだけ。


万が一にも外部から発見されないようにという警戒の仕方だ。



「まだ、働いているようだな……」


「はい」



コッコッコッコッという、木槌の音が鳴りやまない。ブロムからの大量注文が、この地にも届いているのだろう。


粗末な小屋の窓の隙間から、明かりが漏れていた。



「よし、行くぞ」



と、ルイーセが囁き、おんぶしてもらう。


警備の隙をつき、柵に小剣を突き立てては素早く登っていく。スムーズな動作に不安はまったく感じない。


ルイーセさんの小さな背中が頼もしい。


柵を越え、集落のなかに降り立つ。


よく掃除されていて、健全な生活が営まれている様が窺えた。



「……やはり、騙されているにせよ、自主的にとどまっていると見るべきですね」



繁みに身を潜めて、しばらく様子を窺う。


作業小屋とおぼしき、大きめの建屋の中からは、機織りの音、木槌の音に混じって、老人のしわがれた笑い声が聞こえてくる。


忙しさに、やりがいを感じているのだろうか。


領民に幸せを感じてもらうことが統治者の責務だとするのなら、王領伯の統治は成功しているとも言える。



――それとも……、彼らは偽造品づくりという犯罪を、進んで請け負っているのか?



ただ、それだと門の外から鎖がかけられていることと辻褄が合わない。


やがて、小屋の戸が開き、女の子がふたり連れだって外に出てきた。


胸には緋色の布を抱いている。


一瞬だけ見えた中の様子も暗くはない。皆で力を合わせて作業しているように見えた。


女の子たちは、小川のほとりに腰を降ろし、布を一枚ずつ丁寧に洗い始めた。


軟水は布の染色に適している。


最後の仕上げに洗っているのだろう。


ルイーセさんについて、そっと近寄り、様子を窺う。


ヒソヒソ、クスクスと楽しそうにおしゃべりを続ける女の子ふたり。


ランプが照らすのは、赤っぽい茶髪の女の子と、淡い黒髪の女の子。


ふたりとも素朴そうな顔立ちで、姉妹なのだろうか、よく似ている。ふたりで協力して、布をギュウッと堅く絞った。



「あ~あ、はやく戦争、終わらないかなぁ……」



赤っぽい茶髪の女の子がボヤき、黒髪の女の子が明るい声でなだめた。



「またコショルー公が代わったって話だし、まだ当分は終わらないんじゃない?」


「そうだけどさ……。檻の外にも出てみたいじゃない?」


「そんなことして、追っ手に見つかったら、あっと言う間に殺されちゃうわよ?」



やはり、王領伯はデタラメを吹き込んで、彼らを精神的にも閉じ込めていた。


内戦時から今にいたるまで、コショルー公が代替わりしたことなど一度もないし、難民に追っ手をかけたという話も聞かない。



「……ひどいことをするな」



ルイーセさんの呟きに、ちいさく頷いた。


それでも彼らが大きな不満を抱いてないのは、充分な食料などを供給しているということだろう。


息の長い搾取だ。


ルイーセさんと頷きあい、女の子たちの後ろから忍び寄る。



「しっ。……コショルーにゆかりの者です。密命を帯びて参りました」



ルイーセさんが口を押さえた女の子たちに、ノラにもらったブローチに彫り込まれた鳥の図案を見せる。



――驚かせて、ごめんね……。



と、思いながら、ふたりの瞳をかわるがわるに見詰めた。



「あ、怪しい者ではありません」



一度言ってみたかったセリフを実際に言ってみたら、すこし照れた。


怪しいに決まってるではないか。


わたしの含み笑いが可笑しかったのか、女の子たちの肩から、ふっと力が抜けた。



「内戦は終結しています。……近々、皆さんを解放するための使者が訪れますが、布づくりを続けさせたい王領伯が火を放つかもしれません」



ふたりは目を見合せ、戸惑いの表情を浮かべた。


歳の頃は、恐らくわたしより若い。16歳か15歳くらい。


ここで生まれ、ここで育ったのだ。



「ほ、ほんとうですか……?」



赤っぽい茶髪の女の子が、恐る恐るといった様子で口を開いた。



「……高い柵を越え、わたしが知らせに来たのが、なによりの証拠だと思ってください」


「私たちでは、なんとも……。みんなに教えてもいいですか……?」


「もちろん。ただし、騒ぎにならないよう、ゆっくりと広まる方が好ましいです」


「……それは?」


「外の衛兵に気付かれると、これもまた火を放たれるかもしれません」



ふたりの表情に疑いの色が濃くなったのは、ふだん衛兵がフレンドリーに接しているからだろう。


巧妙な奴隷労働だ。


自分たちが奴隷だと気付かせていない。


黒髪の女の子が、眉を寄せた。



「……長老を呼んでもいいですか? ほかの人には気付かれないようにしますから」


「はい。ここで待ちます」



ふたりは頷きあい、赤っぽい茶髪の女の子は、この場に残った。


わたしたちを監視するつもりなのか、ひとりで残るとは、なかなか度胸がある。



「……おふたりは姉妹?」


「はい……。ひとつ違いで、私が妹です」


「そう。仲がいいのね。……とてもキレイな緋色ね。アカネ染めなのに、なにか秘密があるのかしら?」


「……ミョウバンに、すこしだけ(すず)を足すんです」


「へぇ~っ!」


「そ、そしたら、アカネのくすみが消えて……、って、言って良かったのかな?」


「ふふっ。絶対、内緒にするわ」



女の子と、口の前に人差し指を立てあい、微笑み合った。


政庁にあった大量のミョウバンは、この地でも消費されていた。食料と一緒に供給されているらしい。


ただ、羊毛の供給源など実態の解明は後でもいい。まずは、この地を無事に解放することが先決だ。


やがて、作業小屋の戸が開き、腰の曲がった老人が、黒髪の女の子に手を引かれて出てきた。



「……やれやれ。お前たち、何年、布洗いをしとるんだ」


「ごめんねぇ。ちょっと見てほしくて」



適当に言いくるめて連れ出してくれたらしかった。


老人の小さな目が、わたしとルイーセさんを認めると大きく見開かれる。


服の中に隠したネックレスを引き上げ、ふだんはティアラに嵌め込んである、ルビーの指輪を見せた。



「コショルー公家の……」


「……公女ステファニアの娘です」


「ステファニア様の……」



ヒソヒソと、老人と話す。


それを聞く女の子たちの目が、次第に輝き始めた。



「……いくらなんでも12回も、豪族がコショルー公の座を奪うというのは怪しいと思っとりました……」



老人の苦笑いが、切ない。


数十年にわたる幽閉は、外の世界を知るだけに老人の方がツラいものだったろう。


内乱時に劣勢だったコショルー公側についていた民らしく、反乱軍から追っ手をかけられているに違いないと、怯えて過ごしていたらしい。


つまり、コショルー公家への忠誠心が篤い人たちだったことが功を奏し、指輪を持つわたしの言うことを素直に信じてくれた。



「……柵の外には、集落を焼き払う準備がされています」


「騙されておったか……」


「近日中には解放の兵を差し向けます。……万が一、火を放たれてしまったら、みんなで小川に飛び込んで救出を待ってください。くれぐれも飛び出してしまわないように」



ルイーセさんからの助言も求め、わたしの騎士団が突入した際、最初に保護に向かうべき場所を確認する。


それから、数人の年配の村民と面会し、指輪を見せては協力を求めた。


女の子たちと再会を約束し、ハンカチとスカーフをプレゼントする。



「……可愛い」


「ふふっ。……ここを出られたら、一緒に街あるきしましょうね?」


「街あるき!」


「美味しいものをいっぱい食べて、お散歩しましょう!」



両手を正面に握り合う姉妹の目が輝く。


外の世界を夢見て育ったのだろう。



「だから、それまで外の衛兵に気取られたらダメよ?」


「……はい」


「ハンカチとスカーフも隠しておくこと」


「はい」


「すぐ。もうすぐだからね?」


「はいっ!」



コクコクと何度も頷く姉妹に、微笑みを返した。


壁を乗り越えて救けが来ていたら、わたしもこんな笑顔になっていたんだろうか。


複雑な思いもする。


だけど、姉妹の笑顔を見ているだけで、温かい気持ちで胸がいっぱいだ。


夜明け前。ふたたびルイーセさんにおんぶしてもらい柵を越える。


日が昇り、正確な場所をもう一度確認してから、急いで段々畑側に山を下りた。


とりあえず手始めとして、まずはカルマジン制圧の準備が整った。

本日の更新は以上になります。

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― 新着の感想 ―
 父親(王領伯)はもう助命は無理だなぁ。真っ黒過ぎる…。
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