1.冷遇令嬢の政略結婚
わたし、コルネリアの父であるモンフォール侯爵は、控えめに言ってもクズだ。
平民のお母様と大恋愛の末に結婚して、すぐに飽きた。
わたしを身籠ると、お母様は別邸に軟禁され、わたしが物心つく頃には、義妹フランシスカがいた。
そして、わたしには王立学院にも通わせてくれなかった父が、
「コルネリア! 無学なお前でも役に立てる時がきたぞ!?」
などと言って来るのだから、開いた口がふさがらない。
「なにを、大口開けている。リレダル王国との戦争が30年ぶりに終結したことは聞いているな?」
「……ええ、一応ですが」
「そこで、和平の象徴として、両国の貴族が数家、縁組することになった。わがモンフォール侯爵家からは、お前に行ってもらう」
「はあ……」
「まさか、高貴な血筋を引くお前の妹を、他家の嫁にやる訳にはいかんからな」
と、父はわざわざ別邸まで連れてきたフランシスカの頭をなでた。
わたしの産後の肥立ちが悪いという〈建前〉でお母様を軟禁し続け、父が迎えた第2夫人は伯爵家の令嬢だった。わたしの義母で、フランシスカの実母だ。
『コルネリア。私とコルネリアが屋敷から出してもらえないのは、あなたが産まれたせいじゃないのよ?』
と、お母様はわたしに何度も言い聞かせてくださった。
じゃあ、なんでかと言えば、
『貴族女性でいたいなら、バカでいる方がいい』
と、3年前に亡くなったお母様の遺言に、すべて凝縮されている。
賢すぎたお母様は、父に疎まれたのだ。
そのくせ、わたしより2つ年下のフランシスカは王立学院に進ませた。
「今日は家政学を習ったわ。無学なお姉様が可哀想だから、教えてあげるわね」
と、姉妹愛を装いながら、毎日のように自慢に来るフランシスカ。
正直なことを言えば、義姉をいじめる義妹は、せめて美人であれ。という感想しかない。目と目の間隔があきすぎだし、鼻がまるくて大きい。
もっとも、身分差ラブロマンスで王国を熱狂させたお母様の美貌を受け継ぐわたしに、容姿では敵わないとフランシスカも分かっているのだろう。
わたしのプラチナブロンドの髪はナチュラルにカールしていて、おおきな瞳は深海のような深い青。いつも少し潤んでいる。
ちいさな顔は上気すると、ほほの上側だけが紅くなって、われながら色っぽい。
身長はギリ小柄と言っていいくらいの高さで、身体つきは華奢。
要するに〈男好きのするいい女〉の一類型であるのがわたしであり、お母様だ。
そして、クズの父は、平民で無学ないい女に褒めそやさせ、偉そうに振る舞いたかっただけなのだ。
政治学や経済学において対等に議論してくるような女はお呼びじゃなかった。
お母様亡きあと、当然のことながら、父は義母を正夫人に昇格させ、
「さすが、旦那様は物知りでいらっしゃいますわね」
と、毎日のように言わせていると、お母様の数少ない味方だった執事長がため息まじりに教えてくれた。
お母様の形見は、すべて父に処分されてしまった。父は、お母様と生き写しのようなわたしのことも疎んでいる。
19年間、別邸に閉じ込められて育ったわたしにとって、敵国への政略結婚は、外に出られる唯一の機会だ。
とにかく屋敷の外に出たい。
ほんとうは、追放でもしてくれて、平民として自由を謳歌することを夢見ていた。
しかし、体面を気にする父には、その勇気すらない。ただ別邸に押し込めて、わたしという存在から目を背けてきた。
けど、贅沢は言わない。
「かしこまりました、お父様。縁談のお話、進めてくださいませ」
「うむ。コルネリアは聞き訳がいいな。母親とは大違いだ」
お母様を貶され、ヒクッと頬が引きつったけれど、ここは我慢だ。
「それで、お父様……。お相手は?」
「うむ。グレンスボー子爵という者だ。歳は25だと聞いている」
聞けば、30年だらだら戦争していた敵国リレダル王国と、妙齢の独身貴族男性のリストを交換し合ったらしい。
互いに持ち帰り、王国貴族たちが年齢のつり合う令嬢を選んだそうだ。
――実質的には人質だというのに、もう少し真面目に選んでほしいわ。
だけど、わたしに選択権も拒否権もない。
「……侯爵家から子爵家への輿入れになるが、コルネリアには半分平民の血が流れている」
「お姉様、ごめんなさいね。私が高貴な血を引いていて学もあるばかりに」
と、フランシスカが上目遣いに言った。
笑顔を絶やさず、奥歯を噛みしめる。
「ええ、そうね。……フランシスカには、モンフォール侯爵家を継承するという大切な役目があるものね」
「私、きっと遊びに行くわね? リダレル王国は服飾産業が盛んで、一度行ってみたかったのだけど、私たちが生まれた時から戦争してたんだもの」
これまでも、フランシスカは自由に旅行に出かけられた。
わたしが政略結婚で屋敷を出れば、土産話を自慢げに聞かされることもなくなるのだと、せいせいする。
「でも、グレンスボーという土地は、私、聞いたことがなかったし、ずいぶん辺境にあるようだから、お姉様が不憫でなりませんわ」
「ありがとう、フランシスカ。両国和平のため、喜んで嫁がせてもらうわ」
なんでもいいから、とにかく、このヌルッとした生き地獄から早く脱出したい。
クズ父のお母様への罪悪感とか、貴族の体面とか、義母と義妹の思惑とか、そういったあらゆるものがネチャッと絡みついて、わたしという存在はすべてが〈保留〉だ。身動きがとれない。
行く先が本当の地獄でも構わない。