第二話 戦士カリアド
デミは、ただ歩いていた。終わりの見えぬ道を。
幾ばくかの時が過ぎても、目的地――ニルヴァニカの姿は見えぬ。
遥か遠き地にあるのか……。
いずれにせよ、足を止める理由はなかった。
静寂の中、ふと前方に動く影を捉える。
近づいた刹那――
「ウォ゙ォ゙ォ゙ォ゙ォ゙ォ゙ォ゙ォ゙ッッッ!!!」
と言う叫び声が聞こえた。
どうやら、誰が襲われているようだった。
デミは躊躇せず駆け出した。
戦場と化した路上。
デミがその場に近づくと襲撃者たちは振り向いた。
その者達は、肉は爛れ、眼窩は虚ろに空き、ボロボロの布をまとった、化け物であった。
「ギャ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛!!!」
悲鳴のような声を上げ、一斉に飛びかかる。
デミは冷静に数を測る。四体。
三体は素手、一体は錆びた短剣を握っていた。
短剣を持っている個体には、注意を払わなくては。
デミは構える。
最初に飛びかかった亡者が、長く伸びた爪で切り裂こうとした。
防具が衝撃を受ける。
デミは即座に反撃。拳が亡者の顎を捉えた。
しかし、あまり効果は、見受けられなかった。
残る亡者どもが襲いかかる。
爪を避け、短剣を捌く。うまく攻撃は避けれているのだが、このまま防戦一方だと、いずれ負けてしまうだろう。
デミは、行動を起こした。
突撃した。短剣を持つ亡者へ。
蹴撃。
亡者の体が揺らぐ。崩れるように倒れ込んだ。
デミは間髪入れずに剣を持つ腕を掴み、地震の膝に打ちつける。
バギッッッ!
乾いた音とともに、亡者の腕が逆に折れ曲がる。
「ギャァァァッッッ!!!」
金切り声とともに、短剣が地に落ちた。
デミはそれを拾い上げ、躊躇なく亡者の首を掻き切った。
肉が裂け、頭部が転がる――しかし、血は流れなかった。
残る三体。
亡者どもは、なおも襲いかかる。
だが、剣を手にした者と、素手の化物どちらが優位かは明白だった。
数分後、亡者どもの骸が転がっていた。
やがて、化物の死体は、不思議なことにあの痩せ細った男のように塵となって消えていった。
静寂が戻る。
デミは踵を返そうとしたが、ふと、思い出す。
先ほど襲われていた男のことを。
視線を巡らせば、白き鎧を纏った者が地に伏していた。
デミは、一応生きているのか、確認を取るため、その白色の鎧の人間を軽く蹴った。
「おい、お前生きているか?」
反応はない。もう一度、軽く蹴った。すると
「ウォ゙ォ゙ォ゙ォ゙ォ゙ォ゙ォ゙ォ゙ォ゙ッッッ!!!」
とその男は、飛び起きデミに剣を向けた。
「亡者達は、どこに行った?」
「亡者?さっきの化物共の事か?私が倒した。」
白い鎧の男は、それを聞き、剣を鞘に納め、膝を着いた。
「我はシャニャータの戦士、カリアド。御助力、誠に痛み入る。もし貴公の力がなければ、我がどのような運命を辿っていたか知れぬ。本当に感謝する。」
デミは答えず、ただ問いを投げる。
「あの化物は、何だ?」
「ん?貴公は、亡者を知らぬのか?」
カリアドは、少し驚いた様な反応を取りデミの問いに答えた。
「あれは亡者と呼ばれる化け物よ。死ぬに死ぬ切れず、今もなお彷徨い続ける哀れな存在。奴らは理を失い、ただ人を襲うのみ。その上、厄介なことに生前の武器を手にし、襲ってくる。故に油断は禁物ぞ。」
「そうか。」
短い沈黙が流れる。
デミの視線が、カリアドの鎧を捉える。
胸元には、大きな花の装飾――何の象徴か。
すると、カリアドから
「貴公は、亡者を目にしたことがないのか?」
と言う問いが投げかけられた。
「そうだ。」
「亡者は、この世界の至る所にいるもの。されど、それを目にしたことがないとは…珍しきことよ。」
「………………さっき生まれたばかりなのでな。」
「???」
会話が終わり、デミは、目的のニルヴァニカへ向かうため、再び歩き始めた。
「待たれよ。貴公は、何処に向かっているのだ?」
「ニルヴァニカだ。」
「なんと。我、カリアドも同じ地を目指すものなり。この先、何が待ち受けておるか分からぬ。恐ろしき化け物が現れるやもしれん。さればこそ、そなたが我を助けてくれた恩義に報いよう。このシャニャータの戦士、カリアド――貴公を守ると誓おう。」
「…………そうか。」
「さて、詰まるところ、貴公の名を伺ってもよろしいか?」
「デミだ。」
「ほう、デミ殿と申されるか。これより共に歩むとしよう。よろしく頼むぞ。」
静かに、歩みが始まる。
亡者の跋扈する世界に、二つの魂が進む。
――ニルヴァニカを目指して