試験と車内と緊張と
ぼくは今日、私立中学の入試を受けに行く。
(しっかり勉強してきたんだ。受かるはず)
自分にそう言い聞かせる。
「学校まで送っていこうか?」
お父さんの好意に甘えぼくは車に乗り込む。
するとお母さんと妹まで乗り込んできた。
「お母さんも心配だから」
「わたしもー」
見れば妹はお姉ちゃんの写真立てを手にしている。
お姉ちゃんは高校を卒業し専門学校に進学した。
(家族全員で行くのか。プレッシャーだなあ)
「お姉ちゃんが通学してたし試験対策は万全よね?」
余計プレッシャーがかかりぼくは固まる。
「緊張し過ぎだぞ。リラックスリラックス」
お父さんがぼくの肩をもむ。
「試験は自分との戦いだ。今日までの自分を信じろ」
「自分?戦う相手は同じ試験を受ける子でしょ?」
お父さんに対してぼくは意見を述べる。
「そうだね、入学できる人数は確かに決まってる」
「だったらどうしてそんなこと言うの?」
「みんな仲間よ。入学って同じ目標を持つ仲間」
お母さんもお父さんの言葉に乗ってきた。
「人と戦う時代は終わったのさ」
「これからは自分や目標と戦えってこと?」
「そういうことになるかな」
ぼくの肩をもみ終えお父さんは運転席に向かう。
「敵も味方も自分の心が作り出すものさ」
(きれいごとじゃん。そんなの)
お父さんの話を聞きながらぼくは感じた。
「それとも入学したあとも競い続けるかい?」
「みんな仲良く。前に教わったでしょ?」
お父さんのあとにお母さんの言葉が続く。
「和を以って貴しと為すでしょ」
聖徳太子の言葉でぼくはぼくの意思を伝える。
「雪上霜を加えるかな、この場合」
「付和雷同もよさそうね。昔の人なら」
ことわざと四字熟語が飛び交う。
「協調と同調をごっちゃにしてるってことさ」
お父さんはそう締めくくり車のエンジンをかける。
☆ ☆ ☆
「同調圧力ってのが昔あってね」
試験会場に向かう中お母さんが話しかけてきた。
「左利きの人も右利きに矯正させられてたの」
お母さんは会話を続ける。
「右向け右って考えで同じものを作り出してたのよ」
お父さんの様子をバックミラーからうかがう。
遠い目をして車を運転していた。
「今は個性の時代。左利きなら左利きでいいの」
時代は変わっていくものよとお母さんの話は続く。
「協調しても従うかはケースバイケースってこと?」
「そうね。そういうことになるわね」
お母さんは嬉しそうに答えてくれた。
交差点に入り車はウインカーを出してとまる。
「なら戦うのは自分自身ってのは?」
「合格のために努力してきたかってことさ」
ぼくの問いかけにお父さんが口を開く。
「インプットとアウトプット、わかるよな?」
「うん。授業で見て聞いて書く」
「そして家に帰って復習してぐっすり休む」
それが記憶のコツとお父さんから教わった。
「土日で一週間の総復習とか月のまとめもやったよ」
「それなら大丈夫ね。これを渡しとくね」
ぼくはクーラーバックをお母さんから受け取る。
「お母さん手作りのブドウ糖ゼリーよ」
「ブドウ糖?」
「脳は1時間で5gのブドウ糖を使うのよ」
☆ ☆ ★
「ありがとうお母さん。筆記試験の前に食べるよ」
「面接前にトイレへ行けたら行こうな」
交差点の信号が赤に変わり矢印が表示された。
「気分転換に体を動かすことも大切だから」
「うん。ストレッチしながら行くことにするよ」
車はゆっくり進みお父さんはハンドルを右に切る。
「そういえばお父さんは営業なんでしょ?」
次の交差点の信号待ちでお父さんに話しかけた。
「そうだよ。それが試験となにか関係あるのかい?」
「面接のコツってある?」
筆記試験のあとには面接がある。
藁にもすがる思いでお父さんに聞いてみた。
「そうだな……自分を商品と見立てることかな」
「商品?」
ぼくはオウム返しに聞き返す。
「自分のことを知っているのは誰だい?」
「取扱説明書みたいに話せばいいのかな……」
「そこらへんは任せるよ」
「そもそも営業ってどんなことやるの?」
「相手に電話して会話してサインもらうことかな」
お父さんはぼくの質問に簡単に答えてくれた。
(それってかなり大変な気がする……)
「ようは学校のプレゼンテーションと一緒だよ」
お父さんは悩むぼくにヒントを出す。
「学校のプレゼン?」
「そう。学校の発表とか手をあげて答えるとか」
「あれもプレゼンなの?」
初めて知ったぼくは驚きの声をあげる。
「授業参観もプレッシャーに慣れるためよ」
信号が青になり車は発進する。
お父さんに代わりお母さんの言葉が続く。
「学級委員や生徒会の経験も役立つわ」
幸いぼくにはどちらも経験がある。
それらがぼくの気を少し楽にしてくれた。
「ありがとうお父さんお母さん」
ぼくはお礼を言って話を続ける。
「やっぱ営業は会社の顔なだけあるね」
お父さんは車のウインカーを左に出す。
車をとめてハザードランプのボタンを押した。
「そうだね。営業も会社の顔のひとつだね」
お父さんは言葉を選ぶ感じでぼくに告げる。
(なにか怒らせるようなこと言ったかな?)
☆ ★ ★
「例えばエアコンから水漏れがあったとしよう」
お父さんが一例をあげた。
「この時修理する人は会社の看板を背負ってるんだ」
「レストランの料理人も一緒よね」
「みんな一緒だよ。会社に利益を出す点においては」
お父さんが車を止めた意味を悟る。
「まあこれは社会に出てから知ることだからね」
お父さんに向けて話すお母さんにぼくは救われた。
「行動を正しただけさ」
お父さんはそう言うとハザードランプを消す。
ウインカーを右に出し車道に戻る時期を見計らう。
「車の運転もコミュニケーションだからね」
タイミングを合わせて車は道に戻り走り出す。
「まだまだだなあ」
覚えることが多いとぼくはつぶやく。
「だいじょうぶだってお兄ちゃん」
チャイルドシートに座る妹が会話に参加してきた。
「しゃかいにでてるじかんのが長いもん」
いわれてみればとぼくは気づく。
「そうね。学校で学び損ねたら社会で学ぼうね」
お母さんからも賛成の声が出る。
「昔は詰込み型だったらしいからね」
「そうなの?」
「ええ。余裕を持った教育になったのは最近なの」
ズレを合わせるのに大変だったとお母さんは言う。
「そうなんだ。ありがとう」
ぼくは妹にお礼を言って頭をなでる。
「ところで静かにしてるのはなにかあったの?」
おしゃべりが得意な妹が最近静かだった。
それが気になってぼくは妹に聞いてみる。
「お兄ちゃんのおうえんなの!」
「応援?」
「そう!静かに見守るのも応援ってお母さんが!」
「本音は?」
「しけんびまでしずかならローラーシューズなの!」
ぼくは得心がいった。
「おかあさん……」
「あら?お姉ちゃんが試験のときもやったでしょ?」
「あ」
いわれてぼくは思い出した。
(ロボット買ってもらえるから静かにしてたなあ)
「約束は守るものよ」
自分に言い聞かせる感じでお母さんはぼくに言う。
「面接はリアクションも見るからね」
お母さんは話を面接に戻す。
「短所もひっくり返せば長所になるからね」
「忘れっぽいとかはどうなるの?」
「切り替えが早いになるかな」
目の前の信号が黄色に変わり車は速度を落とす。
「対策も練るんだぞ。忘れっぽいならどうする?」
お父さんがぼくに問う。
「メモを取る?」
「それも正解。ほかには?」
「え?えーと……」
ぼくは言葉に詰まる。
「そういうところを見るからね。試験官は」
「復唱したりやる前に確認を取ったりもあるぞ」
「答えはひとつだけってのは視野が狭くなるからね」
「うん。国語力大切にするよ」
「それでいい。お、見えてきたぞ」
お父さんの声にぼくは周囲を見渡す。
中学校と駐車場への案内の看板が見えてきた。
案内係の人に従い、車は駐車場に止まる。
「ありがとう。行ってきます」
車の中でいろんなことを教わった。
一つひとつ復唱しつつ試験会場へ足を運んでいく。
★ ★ ★
後日、試験結果が届き春の到来を教えてくれた。