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私が夜中のハンバーガーショップに行く理由を両親はまだ知らない。

作者: ameri_snow

私は現在15歳。今年で16になる女子高生だ。

これまで無遅刻無欠席で先生に怒られることなんて一度もしたことがない、至って真面目な人間だ。


そんな私だが、たった今やるべきことが出来た。

それは「ハンバーガーショップに行く」ことだ。

もう一度言おう。


私は今、この時間に「深夜のハンバーガーショップ」へ行く。

残念ながら両親はファストフードが嫌いで、夜どころかお昼にも連れて行ってもらった記憶がない。

何故か聞いても何が駄目で、何が嫌いなのかすら教えてくれないほどだ。


大体今時の女子高生にバイト禁止・お小遣いは申請制・必ずレシートを提出って家族内ルール厳しすぎる。

そのおかげで友達と遊びに行くのも一苦労……二苦労はしている。

まあその代わり他の子より高価なものでもお願いすれば買ってはくれるけれど……。

そんなこんなでこの年になるまで全然、まったくと言ってもいいほどハンバーガーショップに縁がなかった。


だが今日の私は違う。

親に秘密で深夜のハンバーガーショップへ行く。

何がなんでも行く。

そう決めたのだ。


財布には親にバレないよう溜め続けた5千円が入っている。

何かあってもこれぐらいあれば大丈夫だろう。

それに注文方法と相場はネットで調べた。コンビニで注文するのと基本変わらない……と思う。

恰好はスポーティにしてみた。なるべく体系が出ないやつ。靴もできるだけ厚くて、それでいて動けるもの。


大丈夫。そんな難しい話じゃない。近所のお店に買い物するだけだ。

親にばれないようこっそりと家をでて…………ガチャッ。


「っ……!」


全身が固まる。

玄関のカギを回したとき若干音が出てしまった。

……が、親が起きてくる様子はない。

息を整える。

大丈夫。これぐらいじゃ起きてこない。


最初からミスをしてしまうとは思わなかったが、そこまで神経質にならなくてもしれないと考えを改める。


どちらかといえば無駄に時間をかけ、リスクを大きくする方がよろしくない。

隣のクラスの冥さんが言うにはこの時間なら塾の帰りだの、友達の家から帰るところ、なんて言えば警察の人も見逃してくれるらしい。


だから私は走ることにした。

運動は得意の方だ。ここからハンバーガーショップまで約1キロメートル。

10分もせずにたどり着けるだろう。

大通りに出るまでは街灯が少ないぐらいで、坂道もなく比較的走りやすい。

なんなら普段はもっと長い距離を走っている。それこそ朝と夕方、ほぼ毎日だ。


だがしかし。足元がよく見えない。

ペースを上げたいがちょっとした段差で体勢を崩してしまう。

普段なら歩幅を調節して超えていく些細な変化。それでも目に見えないだけで、ここまで苦労するとは。

時には暗闇に気を取られて足がもたつく。頭の隅でもしかしたらと思うだけで、見えない何かが私を手招きしているように感じてしまう。


いや、それ以上に私自身がおかしいのかもしれない。

身体が……熱い。

大通りに出れば見慣れた世界が戻ってくる。人の姿は少ないが。街頭に照らされた道を見て少し安心した。


赤と黄色の大きな看板。

私の背の数倍あるその真下から入り口を探す。

流石にドライブスルーと勘違いはしないが、仮にもし間違えでもしたら私がバーガー初心者だとバレてしまう。

タイミングよく誰か来ないだろうか。

そう考えると大学生ぐらいのカップルが奥の扉から出てきた。

なるほどそこか。

私は覚悟を決め店内へ。


扉を開けると一瞬視線が集まる。

私はその視線を無視してカウンターの場所を確認。そしてすぐさまトイレへと逃げ込む。


あ、あれ?

何かあればトイレで作戦を練り直すのは計画の内。

ただその何かが問題だった。

予定ではカウンターで並び、ハンバーガーセットを持ち帰りで注文。

動画で見た内容と齟齬が無いか、店内の雰囲気がどいったものか確認して撤退。

そんなシンプルな内容だったが、頭の中に叩き込んだ映像と実際のカウンターに違和感があった。


それはシンプルでいて最大の問題。

計画を総崩れにしてしまった。


何で……何でカウンターに人がいないの?


ドラマやアニメではカウンター越しに注文をしていたはずだ。

だがいるべき人間がそこにいない。


先日初めて持つことを許されたスマホで調べてみると、モバイルオーダーやセルフオーダーなど無人レジ化が進んでいると出てきた。確かに無人レジが見たことがあるが、ここまで人がいない店内なんて見たことがない。

でもこれが深夜のハンバーガーショップ……。これが夜の世界……。


いいや。だからといって対人がゼロになった訳ではないはず。私は考えを改める。

ここで私も電子決済が出来れば問題ないが、この時間に証拠を残す訳にはいかない。

そんなことを考えているとコンコンッと扉が叩かれた。慌ててトイレから飛び出る。


ここはもう覚悟を決めるしかない。


今度こそと思い直しカウンターへ向かおうとすると数人の男性が入店。

私の前を笑いながら通り過ぎていく。

その圧に戸惑いながらも、流れに任せて後ろに並べばきっと……。

だがその全員が大きなパネルの前へと並んだ。先ほど調べたセルフレジである。

そこにはでかでかとキャッシュレスオンリーと掲示されていて、私を阻む壁となっていた。


「君、さっきからどうしたの?」


そこで迷う私に後ろから男性が声をかけてきた。


「レジ並ばないの?」


不愛想なおじさんがじっと私を見ている。

そのカウンターに人がいないから困っているのだ。とは言えず私の口は閉じたまま。


「並ばないなら邪魔なんだけど」


「…………っ」


最後の一言で私はまたトイレへと逃げ込んだ。


「もういや……」


まだ中に人が入ったままで、私はその前で立ち尽くしながら泣きそうになる。


私はよく世間知らずと言われてきた。

親のルールが厳しくて、皆が常識だと思っていることでさえ知らない。

実はコンビニに初めて入ったのもここ最近なのだ。


そんな私にも初めて友達が出来た。

出来たのは良いが、みんなの話題についていけない。

遊びに行くなんてもってのほかで、この前は盛大にやらかしてしまい、みんなに笑われてしまった。

あんな思いをするなんてもう嫌だ。


明日は朝からみんなと映画を観に行く予定だ。

流石に映画館には行った事があるし、チケットを買う場面も見たことがある。

ただその後に行く予定のハンバーガーショップが問題だった。

私にとってこの場所はブラックボックスだ。


まず注文の仕方がよく分からない。

セットという概念が私の中にまだないのだ。

動画を見て、ハッピーとか単品とか朝限定とか夜限定とかサイドメニューとかもう色々あってよく分からない。


それでも「ハンバーガーセットサイドハポテトドリンクハコーラデオネガイシマス」

という魔法の言葉だけは覚えてきた。

少なくとも動画の人はそれで注文が出来ていた。

もしハンバーガーショップではなく、これがスタバだったら一巻の終わりだっただろう。

いや、既に私の心は折れかけている。


ガチャリ。


トイレの扉が開く。すると中からハンカチで手を拭きながら私と同い年であろう女子が現れた。


「あれ? 成海さんじゃん。こんばんわ」


成海とは私の名前。そして声をかけて来たのはクラスメイトの……ああ、名前が分からない。


「えーと大丈夫? 何かあった?」


泣きそうな顔を見られてしまい、カッと身体が更に熱くなる。

恥ずかしい……。

もう駄目だと振り向き逃げ出そうとすると、左手首を掴まれる。


「ちょっと待って。私、このお店でバイトしてるからさ。もし何かあったのなら話聴かせて? ね?」


*   *   *


人が少ない席で向かい合う私たち。

私がお店で何かあった訳ではないと説明しても、彼女は話を聴かせての一点張り。

渋々私が親には秘密でこのお店に来たこと。

ハンバーガーショップが初めてなこと。

友達に笑われないように勉強しに来たことを正直に話した。


すると彼女は急にスマホを取り出し。


「あ、ごめんお母さん。お迎えだけど10分だけ遅くできないかな? ちょっと色々あって…………あ、それと友達一人一緒なんだけどさ、家までお願いしたいんだけど…………うんうん。もちろん肩もみでもお手伝いでもなんでもやるやる!! うん! お願いします!! それじゃあ!」


その光景にあっけに取られていると次には私を立たせて、お店の奥へと引っ張る。


「私が一緒にいるから、注文してみよっ!」


それからはあっという間だった。


私がカウンター前に立つとどこからともなく店員さんが現れ、動画のような質問をされた。

そこで私は例の魔法の言葉を言おうとするも、隣に立つクラスメイトが笑顔でこれ美味しいよなんてお勧めしてくるから、じゃあこれお願いしますと返すと、店員さんも笑顔で返してくれた。

結局私が手にしたのはハンバーガーセットではなく、夜限定の倍てりやきバーガーとコーラとナゲットのセット。


こんなものを夜中に食べるだなんて犯罪ではないのだろうか。

そんなことを彼女に聞いてみると笑われてしまった。

でもその笑い声は不快ではなかった。


時間は夜中の10時。本当の深夜これからだと彼女は教えてくれた。

きっと両親は私が抜けだしたことに気づいていない。

スマホに通知もない。

今はクラスメイトのお母さんが運転する車の中。

コーラを片手にしながら私の救世主と話す。


私のが感じる不自由さを。

もっとやりたいことがあるのだと。

すると彼女は言った。


「私は成海さんが羨ましいよ」と……。


私はその意味が分からなかった。

聞いてみても彼女は教えてくれない。

秘密だと言う。

運転する彼女のお母さんも、ふふと笑っていた。


この意味はみんな知っているのだろうか……。


そしていつか私も分かる日が来るのだろうか。

ああ。なんて世界はこんなにも深く、広いのだろうか。



END

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