第1話《異世界》
死神と呼ばれる男がいた。
齢40にして、地上最強と恐れられている。そんな男が、元旦の朝に死んだ。殺した相手は、雑煮のなかの餅だった。
器官を塞ぎ、呼吸を奪う。そして、やがて窒息死に至る。鮮やかな手口であった。
あらゆる猛者どもから恐れられていた死神が、餅に遅れをとって死んだのだ。あまりにも、あっけない最期である。
そして、死神の意識は異世界へと送られる。
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「ここは、何処や?」
死神と呼ばれた男は、見知らぬ場所で覚醒めていた。
木々に囲まれたその場所は、一切の人の手が加えられてはいなかった。そんな場所に、美しい女がいた。不思議そうに、死神を見ている。
「タナちゃん、目覚めたか?」
穏和な笑みを浮かべて、死神に抱きついている。柔らかで、温かな感触が生を実感させた。
「ティラちゃん、タナちゃんの番い。忘れたか?」
微かな記憶が、死神のなかには残っていた。死神として生きてきた記憶。タナトスとして、今いる世界で生きてきた記憶。目の前の女――ティラミスとの記憶。そういったモノが、やんわりとだが、死神――タナトスのなかには残されている。
皮肉なものであった。
新たに生を受けた先でも、死神と呼ばれているのだから。
「タナちゃん、お腹すいてるか?」
そう言って、ティラミスはひし形の食料を差し出してきた。
それは、餅である。受け取りはしたが、厭な記憶が感覚としてこみ上げてきて脂汗が出てくる。
「タナちゃん、お餅が恐いか?」
そう言って笑うティラミスに、不思議と愛しさが込み上げた。
気付けばティラミスを、抱きしめていた。