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第5話 叶わないもの

 殺し屋である柑奈の自宅はホテルの最上階にある。

 横浜市内にあるそのホテルは、宿泊だけでなく富裕層が様々な用途で利用する高級ホテルとなっている。

 豪勢な暮らしをしているわけではない。そこがロストフファミリーの保有するホテルで、最上階が自宅としてあてがわれているだけだ。

 もちろん、そういった事情があるからセキュリティーは最高レベルだし、部屋もスイートのそれになっている。

 しかし、柑奈にとって中世ゴシック様式の内装は無駄に豪著で、ここに住むようになって一〇年が経つが、未だ落ち着ける場所となってはいなかった。

 帰宅した柑奈は、アンティークの高級ホールスタンドを素通りし、オークションにかければ一生遊んで暮らせる額がつく調度品の数々を一瞥もせず寝室へ直行。そして荷物と上着をベッドに投げると、缶ビールを開け始めたシュリを置いてさっさとバスルームへ向かった。

(まったく、なんて日だ)

 温かいシャワーが肌を打つ――心地良いが、リラックスはできる心境ではなかった。

 今日という日は、記憶に残らないほど簡単に終わるはずだった。しかし、妙な殺し屋の女に絡まれて森で命がけの鬼ごっこに興じることになり、日が変わる少し前にようやく夕飯にありつけた。

 さらに、これからあの筒について考えなければいけない。つまり、今日はまだ終わっていないのだ。

 Tシャツにショートパンツというラフな格好に着替え、湿った足でぺたぺたと寝室に向かう。そして、キングサイズのベッドの前に立ち、小さなため息を一つ。

 大きすぎるベッドの上には、回収した楽器ケースとラケタの箱が二つに例の特製ベルト。そしてブツ(、、)と思われる筒があり、それらの横でシュリがひっくり返って寝息を立てていた。

 面倒事を持ち帰った張本人をひと睨みし、問題の筒を手に取る。

 あのターゲットのマフィアたちは、方向からすると横浜港へ向かっていた。その先は不明だが、この辺りの者ではなさそうだった。もしかしたら、羽田から海外に飛ぼうとしていたのかもしれない。

 わざわざ遠くのマフィアが運び出そうとし、日本のマフィアも奪おうとした――警護体制はあまりにお粗末だったが、やはりこれは重要で価値あるものなのと考えるべきだ。

 行方不明ということになっているから、このまま棄ててしまってもいい。潰して燃やして森に埋めれば完璧だ。だがそれは、シュリの言った通り中身を確認してからでもいいだろう。

 それに中身次第では、あのいけ好かない奴に苦い顔をさせることができるかもしれない。ともすればシュリのお手柄だ。もしくは、それ自体がシュリの狙いかもしれないが。

 柑奈は蓋に手を掛けて回そうと試みたが、黒い筒はビクともしなかった。鍵穴がないので、指紋だとか生体認証の類なのかもしれない。

 ならば、と握力一五〇キロを超える義手で、蓋と本体の継ぎ目あたりを握りしめる。

 ――パキッ、とプラスチックが割れるような音。見れば縦横に罅が入っていた。

 開けて見てみると、中には数枚の紙束が。

(胡散臭いな)

 守られていた書類――それが示しているのは機密レベルの高さ。もしくは特殊性。

 紙による記録の保管は、紙が書籍以外ではほとんど使われなくなった現在でも、依然として一部で存在し続けている。それは紙という媒体が、ある種の究極のスタンドアローンになるという理由にある。

 紙は保存と保護がシンプルであり、破棄も容易。ハッキングに怯えることも、コピーによる持ち出しに心配することもない。ただ一つを物理的に保管すればいいからだ。

 そうした物を、マフィア絡みの連中が運んでいた。ロクな代物ではないだろう。だからと言って、柑奈が怖気づく理由はない。

 書類を取り出し床に広げる――設計図だ。一目でアサルトライフルのそれだと分かった。

 英語で書かれた小難しい文章を読み進めていくと、『AK212』という単語を見つけた。ロシア軍などで採用されている最新のアサルトライフルだ。どうやら、この書類は『AK212』の改良型か派生型の設計図らしい。

 いくらかの理解はできた。しかし、新たに疑問も生まれた。

(これにそんな価値があるのか?)

 複数のマフィアが狙い、運んでいた奴らは皆死んだ。

 確かに最新のアサルトライフルは力になるのかもしれない。が、仮に技術者と生産する環境を揃えることが可能だとしても、銃器の設計図を手に入れる意味はないはず――。

 その柑奈の推測は、軍事や裏社会に精通していなくても辿り着くひとつの答えだった。

 というのも現在、銃の製造はもちろん、所持することもパクス・ポテスターテム(力による平和。有名無実化していた国連の解体後、アメリカとロシア主導で設立された組織。通称PP)が定めた国際法により、戒律さながら厳しく禁じられているのだ。

 その制定によって、各国の軍部を除く、あらゆる場所からあらゆる銃が消えた。取り締まりは徹底かつ苛烈で、もし銃の密輸や密造、不法所持が発覚すれば、たちまちPPから粛正部隊が派遣されたためだ。

 この厳格さがあるから、マフィアでさえ銃を手放しクロスボウに持ち替えた。

 そして日本においては、『マフィアが自治体を支配する時代としては、かつてのメキシコよりはマシ』という程度の結果をもたらした。

 つまりは――銃の設計図などというものは、実現しない未来予想図のようなもの。どこぞの国に売り渡そうとしても、望む結果は得られないのだ。

「こいつは……」

 背中から酒臭い首が伸びてきて言った。

「なんだ、起きてたの」

「起きたんですよ。それにしても、銃の設計図とはね」

「あの人から何か聞いてる?」

 あの人とは、もちろんオデルのことではない。ロストフファミリーのボス、ヴィクトル・リヴォヴィチ・ロストフだ。

 柑奈はヴィクトルから養子として大事にされているが、シュリは古参の幹部と同等に信頼されている。それは柑奈の世話役に任じられていることからも、柑奈はよく理解していた。

「何も。下っ端ですから。産業スパイかなんかだと思ったんですけどねぇ」

 隣に座ったシュリが紙を取り、端から端まで念入りに読んでいく。

「――ホントにただのアサルトライフルの設計図みたいですね。処理はお嬢に任せますよ」

「分かった」

「私もしばらく静観しときます。下手に動いて虎の尾なんて踏みたくないですから」

 シュリからも情報が得られないとなると、裏社会の人間が欲する理由を探るのは困難だった。だが、下衆で悪辣なことだろうと酷い嫌悪感を覚えた。

(潮時ってやつか……)

 これ以上、悪事に関わるのはごめんだった。

 書類は破棄する。そうしたら近いうちに抜けよう。止められたら、皆殺しにしてでも抜ける。例え恩があっても、マフィアはマフィア。クズに変わりない――。

 だから抜ける。

 ここにいなくたって、掃除はできるのだから。


 ――夢を見た。

 森の中で父が弓を構えている。鈍色の矢尻の先には、草を食んでいる雌鹿が一頭。

 私は父の背後で息を殺し、石ころのように黙っている。

 放たれた矢は、唸りを上げて心臓へと飛んでいく――次の瞬間、場面が変わった。

 それは、夢というよりは記憶の再生。まだ幼く、ただの少女だった頃。父と母と自分がいた暖かな記憶――そして、訪れた地獄の記憶。

 父と母は害獣駆除とボディガードを生業にしていた。

 ある日、警護の対象がマフィアの襲撃を受け、二人はこれを撃退した。それを偶然にも目撃し、誇らしい気持ちでいっぱいになった。

 次の日――悪そうな男たちが現れ、二人に告げた。

「選べ。専属の殺し屋として我々に加わるか、家族揃って死ぬか」

 それはオファーであり脅迫だった。

 両親はそれを固辞し、激しく抵抗した。しかし、最後には目の前で殺された。

 天井に吊るされ、殴られ、骨を折られ、刺され、肉を削ぎ落され息絶えた――それを見させられたのだ。

 マフィアは自分を殺さず、戦利品として持ち帰った。目的はスナッフフィルム。嬲りながら殺す様子を映像に記録し、娯楽として好事家に売る――そういったもの。

 私は適当に痛めつけられた後、右腕をチェーンソーで切断される。

 叫びは声に出ない。

 そこに現れたのが、ヴィクトル・リヴォヴィチ・ロストフとその戦闘部隊だった。

 訳の分からないうちに静かになり、そこで記憶は閉じる。

「――――」

 いつものように、決まったところで目が覚めた。

 全身汗だくだ。冷たくじとっとした感触が不快。

「カンナ……」

 隣室で寝たはずのシュリの優しい声――顔を向けると、シュリの傷だらけの手が頬に触れた。

 逃げるようにブランケットを頭まで覆い、一言素っ気なく返す。

「平気」

 私の人生はマフィアに滅茶苦茶にされ、命を救われ、そして養子となった。

 その後、殺し屋になって多くのクソ共を殺した。

 けれど、どれだけ殺しても気は晴れない。

 血で血は洗い流せないのか。それとも復讐の相手が既にいないからか。

 分からない。

 何を求めているのかさえも。

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