第37話 ひとりのために(2)
柑奈たちはさらなるリスクを取ったが、エスカレーターは避けた。
エスカレーターが一二階まで吹き抜けになっているエリアに施設されているため、上からも下からも丸見えになっているからだ。
そうして選んだ階段を駆け上がる途中、五階の窓からゲートを見張っている男二人を見つけ、これを即座に射殺した。
(あと何人だ?)
侵入した当初の予想した通り、それほど多くないはず。チカの近くに二人か三人はいるだろう。もしかしたら、残りはそれだけかもしれない――そう考えたが警戒は緩めず、さらに先を急いだ。
一〇階を越えた辺りで、撃たれた腹部の痛みが強くなってきた。出血しているかもしれなかったが、足を止めるわけにはいかなかった。
階段は十六階で途切れた。宿泊施設のある十七階以上に上がるためには、未だコンクリートが剥き出しの広い廊下を一〇メートル進んだ先にある階段を使う必要があった。
そしてその移動の途中、二人はようやく足を止めた。
周囲は仮設照明だけで薄暗い。その廊下のただ中に、作業服を着た大柄な男が一人佇んでいる。
その男を見て、シュリが薄笑いを浮かべて言った。
「こいつは私の知り合いだ。お嬢は先に行ってください」
「何?」
「襲撃してきた部隊の一人ですよ。私らと同じ機械混じりで、こいつにチカを攫われたんです」
「……そう」
柑奈が矢を番えると、男は懐から大型のナイフを取り出して悠然と構える――距離は五メートルほど。しかし、柑奈は当たらないだろうと直感的に思った。
シュリが一歩前に出る――同時に柑奈は矢を放った。男は身体を捻って矢を紙一重で避け、そこに猛然とシュリが襲い掛かる。
「死ね!」
「――ちっ!」
二人のナイフがぶつかり、眩い火花が散った。
「ロリペド糞マッチョ野郎、借りは返すぜ」
競り合いながらシュリが左手で逆手に持ったククリナイフを左から払い、男が飛び退いて回避する。そこにシュリが鋭い突きで肉薄し、また男は受け流す――その隙に、柑奈が脇を抜けていった。
「さあ、タイマンだ。細切れにして豚の餌にしてやる」
「……娼館にでも籠ってればいいものを」
切っ先を向けて睨み合い、そして激しい攻防が開始された。
シュリが鋭く踏み込み、最短距離で喉を突く――それを男は左に躱し、左のフックをがら空きとなったシュリの脇腹に放つ。それをシュリは反時計回りに身を翻して避け、そのままの勢いで裏拳のようにして左のククリナイフを一閃。男の左腕を浅く切った。
だが男は怯まない。
今度は男がナイフによる突きを放つ――シュリは前に避けて懐に潜り込み、肺を狙ってククリナイフで突こうとする。が、同時に男の左の拳が振り下ろされ、相打ちの形となってシュリは殴り飛ばされた。
叩き付けられるようにして床に転がったシュリは、すぐさま起き上がって距離を取る。左手によるガードは間に合ったが、打撃の威力はやはり人のものではなかった。それに、最後の突きは脇腹を三センチメートルほど抉ったのに、まるで出血していないようだった。
(こいつに多少のダメージは意味がない)
切る、突く、のではなく破壊。即死となる一撃が必要だ。
男がゆっくりと間合いを詰めてきた――その時、上階から銃声が響いた。
「どうする? ケツを振って逃げるか?」
「政治家のおっさんがどうなろうが関係ない。お前はここで死んで、あの子は連れて帰る」
そう言い放ったが、柑奈と同様にシュリも撃たれた箇所の状態が思わしくなかった。頭部のダメージは大したことはない。ガードが間に合ったし、飛ばされたことで受け流せた。
しかし、もし脇への打撃が入っていたら、肋骨がまとめて砕かれて肺に突き刺さり、その時点で死んでいただろう。つまり、今の銃傷の具合は動きの鈍さにつながり、死を招く危険を増大させていた。
(次で終わらせる)
シュリが構えるや否や、男はボクサーのように踏み込んできた。
男の左のフックがシュリの顔側面に迫る。いかにも懐に入りたくなる形だったが、右手のナイフが死神の鎌のように待ち構えているのは明白だった。
スウェーしながら手首をもらう――直感で判断したシュリは上半身を後方に反らし、男の拳を眼前で回避する――刹那、男の腕から刃が袖を切り裂いて現れた。
「っ!」
反射的にククリナイフを離して刃を掴むように左手を出す。刃は手の平から肘の辺りまで到達し、頬に触れて止まった。
「――クソッ、が!」
シュリは右手のククリナイフを振り上げ、男の左腕を切り飛ばす。間髪入れずに男のナイフが再び喉を狙う。しかしシュリはそれを掻い潜りながら、前に出た右脚を切断した。
男はバランスを崩しながらも、シュリの脳天目がけてナイフを振り下ろす――そこに、シュリの姿はなかった。
背後に回ったシュリは、右脚の断面で床につく男を見下ろしながら独り言のように言う。
「細切れとはいかなかったな」
ククリナイフが閃き、男の首は緩慢な動きで胴体から離れていく――そしてコンクリートの床に鈍い音を立てて落ちた。
「上手くやっていてくれよ」




