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第36話 ひとりのために

 二二時四〇分。

 高さ四メートルもの金属性のフェンスが延々と続く大通りの角で、若者たちが騒がしくしている――。

 何がきっかけか、その喧嘩はフラッシュモブのように唐突に始まった。すぐに冷やかしのギャラリーが集まり、歓声と怒声、それに人間がフェンスにぶつかる音が重なって、人々をより盛り上げた。

 それから六分後、気勢に水を差す赤い回転灯の光を誰かが見つけると、若者たちは蜘蛛の子を散らすように解散――警察官たちはまったくの無駄足となった。

「クソガキ共が」

 一人の警察官が唾を吐き、白黒のパトカーに戻っていく――そうして、警察官たちもとくに調べもパトロールもせず解散すると、一帯は初めから何事も無かったかのような静寂を取り戻した。

 その頃、柑奈たちは既にフェンスの内側――大型複合施設の敷地内へと侵入していた。

 場所は喧騒が起きた反対側で、通りの交通量は少なく人通りもほとんどない。

「上手くいきましたね」

 シュリが囁くように言った――つまり、始まりが不自然な喧騒は、柑奈たちがやはり金で演出したものだった。

 騒ぎが起きる五分ほど前――はじめ、柑奈たちはバイクを大型複合施設の五〇メートル前で降り、そこから歩いて向かうと愕然とした。縦横一〇〇メートルある敷地の建設現場が、高いフェンスで囲われている可能性を二人揃って考えていなかったからだ。

 その外界を隔てるフェンスは、飛び越えられないことはない。だが、その様子を内側に潜む敵に見られる可能性があり、破壊するにしても金属製であるせいで大きな音を立ててしまう問題があった。

 そのために注意を逸らしリスクを減らす必要があったが、即席で行える手段は少なく、金というシンプルな方法に頼ることにした。

 そして手筈通りフェンスを叩く音が響くと、三分だけ間を置いて二人は建物の陰から飛び出した。

 まずシュリがフェンスを背にして手で踏み台を作り、柑奈がそれを使って高々と跳躍――柑奈は着地の痛みを堪えつつ素早く安全を確認し、コンビニエンスストアで購入したビニール紐を束ねて作ったロープをフェンスの外に放り、それによってシュリも後に続いたのだった。

 柑奈がラケタを矢の状態にしてクイーバーに収めていると、シュリが小さく愚痴をこぼす。

「――ったく。警察の奴ら、ちゃんと仕事していけば狙撃の妨害になったのかもしれないのに」

「通報に対応するだけまともでしょう。……とにかく、注意して行こう」

 リスクは最小限に留めた。

 重機などが出入りするゲートは大通り側にあり、八仙花がある方角も同様。この侵入位置はそれらの反対側で、さらに街灯から最も遠い位置を選んだ。

 しかし、そもそも仕事であれば拒否するほど情報が足りない。敵の数、装備、配置――全てが不明。分かっているのは場内マップだけで、あとは狙撃含めて憶測にすぎない。

 そうした不確定要素の多さを鑑みれば、日本バイオマテリアル襲撃よりも危険だといえた。

 しかし柑奈には、向かう状況に脅威を感じても恐れることはなかった。今、心の内にあるのは二つだけ。

 邪魔する者には容赦のない死を。

 そして、暗闇からチカを救い出す。

「帰ったら、うまいパスタでも食いましょう」

 そう言って、シュリは二本のククリナイフを抜く。

 またありがちなことを――柑奈がシュリに視線をやると、その顔はコインを裏返すように冷酷なものになっていた。

 柑奈は短く息を吐く――そして、またいつものように漆黒の矢を番えた。


 シュリが先行して壁伝いに西へ歩いて行くと、一〇メートル先に目的の従業員通用口があった。

 鍵どころか、まだドアも取り付けられていない。四角い穴が切り抜いたようにあるだけ。ピッキングの手間が省けたのは小さな幸運だった。

「……」

 シュリが慎重に中を覗く。街の明かりと緑の非常灯に照らされた室内は、暗いが十分によく見えた。

 人の気配はなく、いくらかの資材が隅に置かれているだけだった。

「行きましょう」

 物音ひとつしない、より暗い廊下を進む――途中にある部屋にもドアはなく、バックヤードには気配も痕跡もなかった。

 敵は少数の可能性が高いと柑奈は考えた。入り口は、従業員通用口が二つとショッピングモールとテーマパークに一つずつ。もし十人以上いるなら、四つしかない入り口を放っておくことなどするはずがなかった。

 細心の注意を払い、時間を掛けて西端にある階段に辿り着いた――が、二人はそこで立ち止まる。

 その従業員用の階段は、鉄パイプや金板など様々な資材によって埋め尽くされていた。工事の都合やミスでこうなったとは考えらない。これは封鎖だ。タポールの推察が、好ましくない形で証明された。

「どうします?」

「……」

 従業員用の階段は、まだ他に三つある。ただ、ここだけが封鎖されているとは考えられなかった。

 残る手段は利用客用の階段とエスカレーターのみ。エレベーターは、稼働していたとしても選択肢にはなりえない。

「テーマパークの方に行こう。リスクはあるけど、向こうの階段は広いから封鎖されていないかもしれない」

 そしてバックヤードから表に出ると、そこには奇妙で幻想的な世界が広がっていた。

 四階までの広い空間を縦横無尽に走るジェットコースターのレールや、メリーゴーランドなどのアトラクション。それからカラフルな花、うねる葉、異形の果実――いたる所にあるそれら全てが巨大で、室内をサイケデリックに飾っている。

 重要なのは、外観よりもずっと工事が進んでいたことと、それらを視認できたこと。つまり、アトラクションや内装のおかげで死角が多いが、照明が点いていたということだ。

 一分ほど巨大な花の陰から様子を窺い、柑奈は次の行動を決めた。

「ここはだめだ。バックヤードからショッピングモール側に――」

 柑奈の口の前に、シュリが「静かに」と手を出して遮った。

 シュリの視線の先、自分たちの対角の隅を見る――そこには、警備員の格好をした二人の男が、周囲を注意深く見ながら歩いてくる姿があった。

 外の騒ぎを受けて巡回しに来たとも考えられる。だが、その念入りに行なっている様子は、責任を問われないであろう者にしては過剰ともいえた。

「やっちゃいましょう」

「……分かった。フォローする」

 シュリはナイフを背に納めると、男たちの視線が外れた隙に奥へと移動していく。

 中央辺りまで来たところで、シュリは男たち見つかるように姿を現した。すると男たちが気付き、警棒を伸ばしてシュリに近づいていく。

「そこで何をしている?」

「いやあ、ラブホ代わりにと思ったんですけどね。明かりが点いたら男が逃げちゃって……あ、そうだ。お兄さんたち相手してくれません?」

「いいからさっさと帰れ。今回は見逃してやる」

 向かって右後ろにいるもう一人が、舌打ちをしてちらりと腕時計を見た。

「ザンネン」

 シュリが肩を竦めて男の右手側へ歩き出し、話していた男に並んだ――その瞬間、男が警棒を振り上げ、シュリは右手で居合術のようにククリナイフを抜いた。

 互いの武器が交錯するかに思えたが、男の肘から下が主を離れてごとりと床に落ちる。シュリはさらに左手で二本目のククリナイフを抜き放ち、男の喉を切り裂いた。

 喉を押さえる男の陰から、もう一人が現れた――が、そのまま前のめりになって倒れていく。男の側頭部には、矢が突き刺さっていた。

 喉を裂かれた男は口から血を零しながらも、未だに立って耐えている。

「さっさとイキなよ。お兄さん」

 ククリナイフを心臓に突き刺し、蹴り飛ばして引き抜く。そしてシュリは折り重なった男たちを一瞥した後、柑奈に手で合図を送り、テーマパークとショッピングモールの境で合流した。

「私がやった奴、身体弄ってましたよ」

「ミヤマ直属の兵士ってところか」

 柑奈が腕時計を見る――時刻は二二時五五分。先ほどの男たちの様子からしても、いつ事が起きてもおかしくはない。

「急ごう。あの二人が死んだ異常に気付かれる前に一気に上がる」

 二人は視線を合わせると、獲物を探すように上階を見据えた。

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