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第35話 ヒーローと脇役

 柑奈たちが施設から出発した後、入れ替わるようにタポールが大型ボックスカーを運転して戻ってきた。

 そして、押収品を入れたずた袋を抱えたPPの部隊員らが大型ボックスカーに乗り込み、最後にオリガがどかっとシートに座ると遠慮なく不満をぶつけた。

「このまま国外に脱出すんのか?」

「そうだ」

「ハッ。とんだチキンだな」

 タポールはオリガの暴言を相手にせず車を発進させる。

「――さっき言った通りだ。一か八かに賭けて向かい、間に合わなかった挙句に検問を敷かれたら終わりだろう。感情で動くな」

「感情? それを言ったら、串刺し公と少女に対してはどうなんだ? 随分とお優しい対応だったじゃねーか」

「良い落としどころが見つかっただけの話だ」

 今回の件に深く関わった柑奈は殺害対象であった。

 しかし、上陸の手引きの見返りの一つとして「柑奈に手を出すな」という要求があり、それを満たすため、タポールは状況を鑑みて引き込むことにしたのだった。

「そもそも、我々には一点の曇りもあってはならない――表向きにはな」

「はいはい。あたしみたいな奴がいるってか。いや、あんたらもか」

 その揶揄に、自嘲的な笑い声が広がる。

「ヒーローは最善を尽くすが、我々は最悪を回避するためにいる。今回は彼女に譲れ」

 オリガは大げさに舌打ちをして、前のシートを蹴っ飛ばした。


「腹の調子はどうです? 撃たれたんでしょう?」

 東名高速道路に入ってすぐ、ヘルメット内蔵のインカムからシュリの声が響いた。

「すこし痛むだけ。シュリと同じで端の方だったから、それほど酷くはない。脚の方も前と似たようなものだから平気」

「ははっ。お揃いじゃないですか。あー、お揃いと言えば訓練始めた頃、ナイフは私のと同じヤツじゃないと嫌だ! なんて駄々こねてましたねぇ」

「覚えてない」

 柑奈はそう嘯いて、ヘルメットのシールドに表示された場内マップを頭に叩き込む作業を再開させる。

 大学の跡地に建設中の大型複合施設は、面積も驚くほど広い。しかも、既に様々なアトラクションが施設され始めているらしく、目的が鬼ごっこではないのが幸いだった。

 どのように仕掛けるか――考えていると、またシュリが愚痴っぽく話し掛けてきた。

「――はあ。あのPPの犬になるって話、落ち着くところに落ち着いたって感じですけど、なんだかね」

「あれが最適解。考えの一つとしてあったけど、それだけじゃ足りないと思ってたし、向こうから提示してきたのは運が良かった」

「そーですか。ま、私はもう止めやしませんけどね――それじゃ、速度上げていきますよ」

 シュリの宣言に応えるように、漆黒のバイクはあっという間に時速一二〇キロメートルを超え、次々と他の車両を追い抜いていく。

 バイクはさらにギアを上げていき、時速は二四〇キロメートルに達した。

 凄まじい速度で周囲の風景が過ぎていく――柑奈はシュリにしがみ付くように腕を回し、運転に呼吸を合わせる。

 そうして考える余裕がなくなると、自然と五感に意識が向いていった。

 風を切る音、冷たい空気、シートから伝わる振動とエンジン音、自分の吐息、シュリに回した手に感じる温もり――。

 そして減速の負荷で傷の痛みが主張した時、ふと、濁った殺意がほとんど薄まっていることに気付く。

(随分と殺したな)

 夜の湖面のように落ち着いた心で思った。

 有象無象のクズたち、自らの因縁の相手、チカを巻き込んだ元凶。殺すべき相手の始末は終え、あとはチカを救うのみとなった――そう、それだけだ。だが、今夜失敗すれば日本は再び大きく荒れ始め、足取りを追うことは難しくなる。

 それは、すべてを失ったあの日の苦しみを再び味わうということ。

 それが嫌なのではない。チカが闇に溶けていくことを耐えられないのだ

 自分やシュリは、外的要因が元とはいえ自分の意志で選んだ道。けれどチカは違う。幸せになる可能性を身勝手に奪うなど、あっていいはずがない。

 気持ちが入り知らず腕に力がこもったのか、シュリの頭がピクリと動いた。

「痛みますか?」

「別に。変わりないよ」

 焦ってはいけない。冷静さを失った人間は、いつだって大事なものを取りこぼすのだから。

 そして十数分後――少し前から見えていた赤くライトアップされた真新しい東京タワーが、もうだいぶ近くなってきた。高速の出口もそろそろだ。

「予定よりかなり早く着きそうです。警察が張ってたら面倒でしたけど、良かったですね」

「そうだね、警察が」

 融通が利かなければ、文字通り首を刎ねられていたであろうことは容易に想像できた。

「……二三時まであと三五分。もう狙撃準備は完了しているはず。余裕はない」

「爆破テロもあったし、会談とやらも非公式って話ですからね」

 柑奈は無垢な少女の顔を思い浮かべ、再び加速していくバイクと同調するように神経を研ぎ澄ましていった。

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