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第27話 絡みつく過去

 漆黒のバイクを走らせること三〇分――柑奈は、目的地からおよそ二〇〇メートルの地点にある駐車場の隅でバイクを降りた。

 バイクのエンジン音は掃除機程度のもので、乗っていて不気味なほどだった。それでも、やはり近くまで乗って行くことは避けた。

 場所は横浜市郊外――そこは、ほとんどが住宅と田園という田舎のような地区。そんな長閑な一帯に、マフィアが行なうビジネスの代名詞的存在がある。

 メタンフェタミン――結晶状覚醒剤の製造工場だ。

 柑奈は楽器ケースから愛用の弓を取り出し、素早くいつもの装備を整えた。

 辺りに人の気配はない。耳を澄ましても、聞こえるのは遠くから響く車のエンジン音くらいのもの。しかし、今夜は何が起こるか分からない。

 柑奈は気を入れ直し、薄暗い道を進み始める――その矢先、脳裏にこれから対峙する男の顔が浮かび、端正な顔を険しくさせた。

 生理的に受け付けない男の名はサンカル・ミジャル。大戦の混乱に乗じて日本に居付くことに成功した、ネパール人不法滞在者の六世。

 病的な女好きで、根拠のないナルシシスト。チビで醜男だが、自分が優れていると思い込んでいる。柑奈に対しても冗談か本気か会う度に誘ってきていた。結局は、振る舞いの悪さから屋敷には出禁となったが――。

 このミジャルが、どういう繋がりかオデルと長い付き合いらしい。実際、出禁になる前は二人で会話している姿をよく見かけた。

 プライベートで会う仲なら、有益な情報を聞き出せるはず――それが、ミジャルが選ばれた理由だった。

 そしてミジャルは、夜は一年を通して工場内の私室で欲望を発散させているという。

 いればオデルの居場所を聞き出すか呼び出させ、不在であればミジャル管轄の工場を襲撃して回ればいい。

 少し歩くと、道端の街灯より一層明るい光が見えてきた。

 工場の明かりだ――柑奈は、ヴンダーカンマーを出発する前に、最低限の下調べとして衛星画像を確認していた。

 工場の敷地は縦横一〇〇平方メートルで、画像では周りを道路と民家に囲まれていた。そこに長方形の二階建ての建物が二棟。

 ミジャルは、この管理を任された工場についてよく自慢していた。曰く、高度な設備が揃っており、一日三〇〇キロのメタンフェタミンが生産可能なのだとか――。

(ん……)

 二〇メートルまで近づくと、精製に使用されるメチルアミンのきついアンモニア臭が鼻を突いた。柑奈は首から提げていたガスマスクを装着し、まずは明かりを避けて敷地の側面に回り込むことにした。

 自然な動きで小さなアパートの敷地に侵入し、低い塀の上から工場を窺う――敷地の外周には、警報装置どころかフェンスさえ設置されていない。

 人的警備も手薄で、道路沿いの正面に男が二人配置されているだけだった。強大な組織にいて、まさか襲撃されるなどとは考えていないのだろう。

 柑奈はアパートを出て、側面から裏手へ、そして反対側の側面へと移動した。

 二棟の白い工場は、衛星画像で見た時と同様に、ほとんど見分けがつかなかった。開け放された窓が点々とあり、非常階段のようなものが側面にあるという造り。入り口はそれぞれ一つだけで、車が直接入れそうな大きさの扉が向かい合うように設けられていた。

(一棟ずつ調べていくしかないか)

 再び民家の庭に侵入し、塀越しに様子を窺う――そこへ、クロスボウを肩に提げた巡回らしき男が現れた。

(――運が良い)

 弓を肩に掛けその時を待つ――数秒後、男が前を通り過ぎたところで塀を乗り越え、音も無く背後に取りついた。

 すぐさま左手で男の左腕を捻り上げ、右手のナイフを喉に突き付ける。そして低い声で言った。

「声を出したら殺す」

 男は固まり、小さく二度三度頷く。

「ミジャルのところに案内しろ」

 そうして案内人を手に入れ、ドラッグパーティ会場へと歩き出した。


 その部屋の前まで来て早々、柑奈は案内人の喉を切り裂いた。

 廊下に漏れ出る嬌声とダンスミュージックは、中で何が行なわれているかを確認するまでもない。

 柑奈はナイフから弓に持ち替え、ドアを少しだけ引いた。次いで矢を番えると、足でドアを開け、瞬時に状況を把握する――。

 部屋は薄暗い。ガラステーブルの向こうに広いソファベッド。そこにミジャルと女三人が絡み合っていた。

 全裸の愚かな四人は、迫る危険にまるで気付かない。

 柑奈は女の一人の頭を射抜いた――三人の動きが止まり、ミジャルが充血した目でこちらを振り向く。

「壁に手を突け!」

 柑奈の怒鳴るような命令に、女たちは素直に従う。しかし、ドラッグをキメていた愚かな男は、生殺与奪の権利が握られていることも判断できなかった。

 ミジャルがソファの下から鉈を取り出す――その瞬間、黒い矢が刃物を握る右手を貫き、絨毯の敷かれた床に釘付けにした。

「……ってぇ!」

 叫ぶミジャルに歩み寄り、躊躇なく顔を蹴り上げた。

 ミジャルは苦痛に顔を歪ませながら柑奈を睨み上げる――その目に映ることを不快に感じ、ナイフを一振り。両の目を切り裂いた。

「いぎ――あああ!」

「お前たちは動くな」

 悲鳴を上げる女たちを制し、ミジャルに問い掛ける。

「オデルはどこにいる?」

「……あ? その声、お前、カンナか?」

 さらに一射、床についていた左手を射抜いた。ミジャルは土下座さながらの格好に。

「オデルはどこにいる?」

「言う! 言うからやめてくれ! あいつなら今日は会合で屋敷に行ってるはずだ。十時半からだと言ってたぞ」

 柑奈は携帯端末で時間を確認した。

 九時前――まだいくらか余裕がある。

「ふ、復讐に来たのか? くそっ、昔のことを……」

「……?」

「そうなんだろ? 十年前の、お前の親を殺った……そうだ、全部教えてやる! 教えてやるから助けてくれ!」

 あの地獄に、こいつとオデルが関わっている――柑奈は先を急ぐべきだと理解していたが、最後は揺れる感情に抗えなかった。

「言え」

 ミジャルは目から血を流しながら、狂った笑みを浮かべる。

「お、俺とオデルが三蛇(さんだ)会にいたのは知ってるよな。お前の親を殺した組織だ。三蛇会は軍の奴ら相手に人身売買で儲けてたんだ。けど、余計なこと始めたんだよ」

「余計な?」

「スナッフムービーだ。お前もやられそうになったあれだ。分かるだろ? あんなちゃっちいビジネス始めたボスを見限ってロストフに売ったんだよ」

 柑奈は激情に駆られ腕を振り上げる――が、何に痛みを与えることなく静かに下ろした。

「……それで?」

「情報の見返りに、俺らはロストフに取り入ったんだ。それで三蛇会がやってた事業はロストフが乗っ取ったってわけだ」

「人身売買もか?」

「いいや、ロストフは人攫いを禁止してるだろ。だからあれは、バレないように外の奴らを使って続けた。まあ、あいつらもちょっと前に捨てられたけどな。ははっ」

(ベサール・ターレか)

 ミジャルは苦痛のためか、それとも興奮しているのか、不快な笑みをさらに歪ませる。

「だからっ、俺らのおかげで助かったんだよ、お前は! 俺らが裏切らなかったら、お前の身体はもっと滅茶苦茶にされて変態共を悦ばせた!」

「……他に三蛇会から移った奴は?」

「いない。俺とあいつだけがうまくやった――ほら、これで全部だ。知ってることは全部話したぞ。いいだろ? 助けてくれ!」

「ああ」

 冷淡に言って鉈を拾い、それを首に向かって振り下ろす。

 頭がごとりと床に落ち、次に脳を失った身体が崩れた。首からは血がじょうろ(、、、、)のように零れていく――それを肩越しに覗き見た女が悲鳴を上げた。

 柑奈がすすり泣きを始めた女たちに、静かに歩み寄る。

「た、助け――」

 逡巡することなく振るわれた鉈が、二人の喉を切り裂いた。

 柑奈は血だまりに鉈を放り棄て、ソファの横にあったブランド物のバッグを拾う。そして、それにミジャルの頭を突っ込んだ。

(最低な夜だ)

 工場に火を着け、何もかも徹底的に破壊したかったが、時間が許さないのが残念だった。


 柑奈は異臭漂う工場を出た後、すぐに屋敷へ向かわずコンビニエンスストアに寄った。

 購入したのは、ミネラルウォーターとプリペイド式の携帯端末。それは、これから電話を掛ける相手をまだ信用していないからだった。

 柑奈はミネラルウォーターを一口飲み、気分を落ち着かせてから記憶している番号に掛けた。

『――誰だ』

「私、柑奈」

『おお、久しぶりだな? 本当に連絡を寄こすとは思ってなかったぞ』

「聞きたいことがあった。でももういい」

 事実は少し違う。

 電話の目的は、会話の反応から今日一日に起きたこと――それらに関わっているのかを確認するためだった。

 それはわずかな会話で十分に達成できた。

 ヴィクトルはマフィアのボス。悪事を実行できる人間だ。そもそも、それによって今日のロストフファミリーがある。しかし、馬鹿正直だからこそマフィアに落ち潰れたことを、柑奈は人伝に聞いて知っていた。

 携帯端末を耳から離すその間際、何かを察したヴィクトルが引き止める。

『待て。何があった?』

「今日、幹部連中が集まるらしいね。ちょっとお邪魔するよ」

『……いいだろう。通すよう伝えておく』

「また後で」

 今度こそ通話を切り、上着の内ポケットにしまう。そしてヘルメットを被り、楽器ケースを背負うと再びバイクに跨った。

 周囲を見れば夜はまだ浅く、多くの人々が街明かりの下で談笑し、道路には車が行き交っている――その中に、飲食店から出てくる家族連れがいた。

 柑奈は頭を下げ、そっと瞳を閉じる。

「……今は忘れろ」

 一言呟き、ハンドルを強く握りしめた手を緩める。

 そして、熱くなった頭を振り払うように夜の街を駆け抜けた。

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