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第14話 心と身体(2)

 三人で食事を済ませた後、混乱をきたす恐れがある身体の話は置いて、柑奈はシュリと共に眼鏡と帽子という少しばかりの変装をして街へ繰り出した。

 少女は聞き分けがよく、すんなりと留守番を受け入れた。悪い奴ら(、、、、)の報復について自覚があるらしく、「絶対に外に出ないように」と念を押したが脱走の心配はなさそうだった。

「二人で買い物なんて、学生の時以来じゃないですか?」

「マーダーインクに行ってるでしょ」

 隣りでおかしそうに言うシュリに、柑奈は素っ気なく返す。

 今歩いている場所は、人のまばらな前時代的な風情の商店街。より多くの物が揃うショッピングモールではなく、あえてそうした場所を選んだのは面倒な人間との遭遇を避けるためだ。

「それで、娯楽って? とりあえず携帯端末?」

「いや、ネットに繋がるものは下手に与えないほうがいいでしょう。足が付くかもしれない」

 存外にまともな意見が返ってきて、思わずシュリの顔を見る。

「なら、アナログなやつか。トランプとか」

「引き籠りの子供にトランプは酷でしょう。相手だって私らしかいないってのに」

「……なら、子守り上手のシュリさんは何をお選びに?」

 シュリは鼻で笑い、左右に立ち並ぶ商店を見ていく――どの店も寂れているというほどではないが、とても繁盛しているとは言い難い。いかにも品揃えは渋そうだし、子供向けの玩具が手に入るとは柑奈には思えなかった。

 二人は八百屋、魚屋、惣菜店、雑貨店、年寄り臭い古着屋……と過ぎて行く。

 もう場所を変えた方がいいかもしれない――柑奈がそう考え始めた時、シュリが右手側の一件を指差した。

「ほら、ありましたよ」

 黒い爪の先には、木造二階建てのいかにも古書店らしい雰囲気を本屋があった。

 店の前まで来ると、雑誌や平置きされた新書などが目に入る。どうやら見た目のイメージとは違い、一般的な書店に近いようだった。

「本?」

「本です。暇潰しにはちょうどいいし、雑誌とか読んでるうちに、突然ぱっと記憶が戻るかもしれない。まあそれは高望みですけどね。好みとかが分かれば関係構築に役立ちますから」

「……なるほど」

 自分ひとりだったら、今以上の信頼を得るのに四苦八苦していただろう――そう感心すると同時に、自分にもこうして気を揉んでいたのかと思うと気恥ずかしくもなった。

 柑奈は心の内を読まれないよう、顔を伏せて自動ドアをくぐる――直後、シュリが釘でも踏んだかのように顔を顰めた。

「くっさ……すごいな本の匂い」

「私は嫌いじゃないけどね」

 ビルの谷間に沈殿する人間臭より遥かに好ましい。

 肩を竦めるシュリを置いて本棚の間へと踏み入る。少し進んだところで、何気なく手近な文庫本を手に取った。

(宮沢賢治……)

 一九〇〇年代に書かれた有名な児童文学の短編集だ。もっと分かりやすいエンタメ作品の方がいいだろうか――と、表紙と睨み合う。

「何かいいものありました?」

「いや、適当に取っただけ」

 柑奈はそっと棚に挿し戻す。

「思ったんだけどさ、電子書籍でよくない? 専用の端末をオフラインにしてさ」

「念には念をですよ。仕事と同じくらいに用心しないと」

「……うん、分かった。それで、どうやって選ぶ?」

「そうですねぇ。それじゃ、二手に分かれて小説十冊、雑誌五冊くらいランダムに漁りましょうか」

「分かった。……健全なやつを頼むよ」

「ちょっとくらい刺激があった方が教育にはいいんですよ」

 咎めるような視線を向けると、シュリはそそくさと二階へと消えていった。

 やれやれとため息をつき、柑奈は視線を本棚に戻す。

 どんなものがいいだろうか。他人への贈り物は初めてだ。しかも、子供が楽しめるものという条件付き。

 柑奈は唸り、獲物を見据える眼で任務を開始した。


 五〇分後。

 たっぷり時間を掛けた成果は、背中のリュックに詰められている。

 小説はファンタジーものと恋愛もの。雑誌はティーンズファッション誌と猫の写真集を買った。

 悪くないものを選べたと思うが、少しばかり後悔もしている。小説十冊の内訳には、分厚いハードカバーが五冊もあって重いのだ。少女ほどではないにしろ、やはり重いものは重い。

 店から出てリュックを背負い直すと、顔に出ていたのかシュリが息を漏らすように笑った。

「フフっ。文庫版を探せばよかったのに」

「うるさいな。そっちはまともなやつにしたんだろうね?」

「もちろん。なめてもらっちゃ困りますよ」

 シュリは不敵な笑みを浮かべ、一冊ずつ袋から取り出して見せていく。

「まずはこれ、学校にも置いてある児童書。こっちは超有名なアニメ映画の原作。知ってるでしょ? それから子供向け人気アニメのノベライズ――ってな感じですね。このチョイス、分かります?」

「ん……」

 それぞれの共通点は一般的に知られているもの。それらを読ませた時の反応で分かることは――。

「……生活環境を探るってこと?」

「正解。よくできました。こういうのをもし知っているなら、ごく普通の家庭で育ったってことでしょう」

「で、知らないなら学校も行かずに暮らしていた……とかか。覚えていないかの判別は難しそうだけど」

 シュリは頷き、袋に戻した本をリュックに詰めた。

「これが子守り歴十年越えの実力ってやつです」

「はいはい、参りました」

「まったく張り合いがないんだから……で、次はどこに行きます? 家具とか食器ですか? それとも食糧?」

「それも必要だけど、服を買わないと」

 これからの季節を考えても、あの格好のままでは問題がある。

 しかし――柑奈はあらためて周囲を見渡してみたが、やはりこの一帯では子供向けの衣服は見つかる気がしなかった。

「どうするかな。もっと駅近くの店で子供服なんて選んでいたら悪目立ちするし……シュリの方でどうにかできない?」

「いいですよ。日が変わるまでには届けます。他に何かご用命はないですか?」

「ありがとう。当面はあいつらの動向を探って欲しい」

「了解。あの子の調査はどうします?」

「それはもう少し落ち着いてからにする」

 今動けば、少女を求めて蠢く連中とかち合うかもしれない。そうなれば、どのような事態が起きてもおかしくはないだろう。

「そうですね。じゃ、今日のところは適当に生活用品と食糧買って帰りますか」

「うん。大人しくしてはいるけど、あまり一人にしておきたくない」

「男も知らずに子煩悩ですか」

「シュリに言われたくない――ね!」

 ふてぶてしい尻に蹴りを入れ、さっさと歩き出す。その背中に浴びせてきた非難の声は、どこか楽しげだ。

 少女のためにやるべきことは山積みだというのに――と柑奈は呆れるが、我知らず足取りは軽かった。

 それからいくつかの店に寄って買い物を済まし、シュリとは商店街の入り口で別れた。

(初めてだな。こんなに買い物したの)

 荷物はさらに増えた。手は空いているが、シュリと等分せずにリュックに詰められるだけ詰めたからだ。

 あまりの隙だらけな状態に柑奈は嘆息する。ナイフは携行しているとはいえ、昼間からこれほどの油断を晒したことはなかった。

「……」

 柑奈は周囲に目を配る――。

 竜胆柑奈である自分を襲う愚か者はそういないが、今ならばいるかもしれない。例えば単純にそうと気付けなかった運の無いチンピラ。もしくは、血が染みついた特殊な人間か。

 柑奈は気を引き締め、SDRを行いながらの帰路についた。

 そしてその終り頃――道端の小さな花屋に目が留まると、買い物途中にシュリから言われた言葉が脳内で再生された。

『あの部屋、殺風景すぎませんかね。あれじゃ病室か刑務所ですよ――』

 柑奈は少女の顔を思い浮かべ、吸い込まれるように店の前に立つ。店には様々な草花が陳列されており、それらが新鮮な香りを強く周囲に放っていた。

「……んん」

 目移りする――というよりも、何がいいのか見当もつかない。あまり香りが強いものは避けたいし、そもそも買ってすぐ枯れてしまったのでは逆効果だ。

 そうして迷っていると、若い女性店員が話し掛けてきた。

「何かお探しですか?」

「あー……ええと、部屋に飾る花をと思ったんですけど。今の時期でおすすめの花ってありますか? できれば管理の簡単なもので……」

 柑奈は顔を伏せがちにして答えたが、店員はとくに怪しむ素振りもなく愛想良く応対を続ける。

「香りは弱いほうがよろしいですか?」

「そうですね」

「でしたら、こちらはどうでしょう」

 店員はそう言って、小さな鉢に植えられた三輪の薄紫の可憐な花を差し出した。

 香りはほのか。顔を近づけてみてようやく甘い香りを感じとれた。それらの控えめな印象が、柑奈には漠然とだが好ましく思えた。

「コルチカムっていいます。育てるのがとても楽で、水やりは土が乾いたらあげる程度で大丈夫です。秋の終わりには枯れてしまいますが、球根なので腐らせなければ来年も咲いてくれますよ」

「なるほど、いいですね。この花にします」

 それだけ咲いてくれるなら十分。何より手間が掛からなそうな点が魅力だった。そうしてまた柑奈は荷物を一つ増やし、詳しい説明を受けてから店を出た。

 しばらく歩いていると、前に抱えている花からふわりと甘い香りが漂ってきた。

(気に入ってくれたらいいけど……)

 球根には毒があり、毎年のように死者が出ているらしい。なんとも物騒な植物だ。そんなコルチカムの花言葉は、危険な美しさ、美徳、悔いなき青春――そして、幸福。

 柑奈は少女の穏やかな未来を花に願い、そっと鉢を抱いた。


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