第10話 墓場
マフィアの住処に隣接する墓地は、幼稚園を設立した古い寺のものだった。
土地面積は、幼稚園――マフィアの敷地と同じ程度。かつてはそこに大小さまざまな墓石が並び、常に小綺麗に管理されており、墓地でありながら公園のような美しさのある場所だった。
寺も霊験あらたか、といったふうだったが、現在は墓地共々が廃墟となっている。草木は生え放題で、墓石も立てられた時の状態を保っているものは少ない。ほとんどが大なり小なり傾いていて、倒れているものは砕けていたりする。
寺に至っては、構成していた残骸が残っているだけ。戦禍で焼失したからだ。
落書きや不法投棄の場になっていないのは地獄に仏――だったが、今まさに殺し屋とマフィアの殺し合いの舞台になろうとしていた。
柑奈は一人を仕留めた後、すぐに墓地の北側に移動した。今日までに周囲の下見を念入りに行い、墓地においてはどこに位置すれば優位に立てるかを、よく理解していた故の選択だった。
石林じみた墓石の陰に身を潜めていると、ふと足元に転がる地蔵の首に気が付いた。
(分かってる。神さまなんていやしない――)
一瞬、最も昏く凄惨な記憶がフラッシュバックした。が、頭を振って強引に胸の奥へ押し戻す。それから深く呼吸をすると、鼻腔が土と緑の匂いで満たされた。
すると今度は父との記憶が鮮明に甦り、脳が狩りの態勢へと切り替わった。
そしてクリアになった思考で、もう一度状況を確認する。
残る敵は十数人。暗いうえに死角だらけのここであれば、一度に来られても処理できる。矢も弾帯とポーチにあるラケタを含めて四〇本も残っている。必要十分だ。
耳をそばだてて集中していると、南から砂利を踏みしめる音が微かに聞こえた。
(四人……いや、五人か?)
矢を番え、墓石群の間から暗闇を睨む――柑奈は、音のする方から少し視線を外した。光を感知する桿体細胞を働かせるためだ。
闇に慣れた目が五つの人の輪郭を捉えた。似たような背格好で、両腕を前に出している。クロスボウを構えているようだ。
五人は寺と墓地の境目付近で止まり、一人に向き直した。
(あれがリーダーか)
しばらくすると、リーダーらしき男を残し、四人が二手に別れて墓地に侵入した。南西の端から、それぞれ北と東へ墓地の端を移動して探索するらしい。
彼らの歩みに、恐れや緊張といったものは感じられない。
しかしそれは、実力によるものではなかった。男たちの脳は酒とドラッグで興奮状態にあり、衝動に支配されているだけだった。
――殺せ。縄張りを犯した奴を無残に晒せ。切り刻んで皮を剥ぎとり、通りに棄てろ。
狩られる愚者はどちらなのか、二人と二人は誤ったまま奥へ奥へと進んでいく。
ややあって、それぞれが墓地の半ばを過ぎた。
柑奈は弓を静かに引き絞る。
眼前には、荒れ果てた墓石群が連なっている。それらの隙間――わずか数センチメートルという間の、四〇メートル先にはリーダーの男。
(まずはこいつから――)
矢を解放する寸前、男の横顔が闇に浮かび上がった。
愚かにも携帯端末を使用したのだ。メッセージを読むために止まった隙を、柑奈が見逃すことはなかった――弦が弾かれた音に男がピクリと反応する。しかし矢は墓石群の間を突き進み、男が振り向く前にタトゥーの刻まれたこめかみを撃ち抜いた。
柑奈は、すぐに二手に別れた男たちへ意識を移した。四人は指揮者を失ったことに、まるで気付かずに進んでいる。
次のターゲットは、北へ進んでくる二人。
クイーバーから矢を二本抜き、一本を弓に番え、そして北端から五歩ほど南に移動した。
そこで雑草が生い茂る墓石の側で屈めば、南端を東へ移動する二人から視認されることはない。加えて、北へ進む二人の動きは隠れながら見えるという、まさに絶好の位置。
北へ進む敵を待つ――自分がいる、この荒れた通路に身を晒した時が二人の最期となる。
五メートル…………三メートル、弓を構える……二メートル……――。
その時――後方からガシャン、と金網を叩くような音が響いた。
振り返ると、鉄条網に梯子らしき物が掛けられていた。それを、何かがぎしりぎしりと軋ませている。敵の増援が来たようだ。
しかし、鉄条網を破壊せずあの塀を越えるのは簡単ではない。なら、奴らの目的は――。
柑奈は作戦を中断し、墓石の間に飛び込んだ――数秒後、墓地に強烈な光が差し込んだ。その光が北から南へ舐めるように移動していく。
光が柑奈の頭上を過ぎた。梯子の方を窺ってみると、男がその胴体ほどもあるサーチライトを抱えていた。
(良いタイミングでくる)
西端を北へ進む二人とサーチライト、それらに挟まれる形になってしまった。
どうするべきか。時間を掛ければ、さらに敵は増えるだろう。まずは光源を潰すか――考えつつ西の二人を見やると、二人の視線は光を追っていた。
即断――柑奈は西の二人へ連続で二射放ち、さらに反転して一射。二人は揃って倒れ、ライトを持っていた男は、ドラムセットを叩き落としたかのような音を立てながら消えていった。
「向こうだ!」
南東から位置を知らせる愚かな声。
柑奈が北東の墓石の陰に隠れて二人を片付けると、増援の気配が近づいて来た。
男たちの怒声と車のエンジン音が二つ――。
いくらでも来るがいい。




