レオン様私に会いたいの?
領都バトレンゼは辺境ながらそれなりに栄えている街だった。
役場の前で馬車を降りた私はレオン様たちにお礼を述べ、繁華街と思われる方向に歩き出した。
まず目指すのは宝飾店だ。
着のみ着のままここまで連れてこられた私は当然お金を持っていない。
なので夜会の時に身に着けていた宝飾品を売って換金しようと思ったのだ。
デザイン的にはいまいちだが侯爵家の品位を保った宝飾品はそれなりの価値があるはずだ。
街でも大きそうな宝飾店に私は入っていった。
「あの、このイヤリングを売りたいんですけど」
店員はイヤリングをじっと見た後奥に知らせに行った。
そして私は別室に通され私の前には支配人さんのような偉そうな人が座っている。
「お嬢さん、そのイヤリングを売りたいと聞きましたが」
「あっはい。ちょっと至急お金が必要で」
「ふぅむ、つかぬ事をお聞きしますがそのイヤリングはどちらで手に入れられたのですかな?」
えええ?私、めっちゃ怪しまれてない?
「あの、さる貴族の方に貰ったもので怪しい物じゃありません。本当です!」
必死に言うとその人は私のことをじっと見た。
私もじっと見返す。
「いいでしょう。あなたのことを信用しましょう」
ややあってその人は頷いてくれた。私の何を信用してくれたのかはわからなかったが、ホッと息をついた。
「最新のデザインではないですが物はいいですから」
用意してくれたお金は金貨八枚。私がこれから買い物に行くというとそのうち一枚を銀貨と銅貨に換えてくれた。
そして残りは外からではわからないように身に着けておきなさいとアドバイスしてくれた。
うん、いい人だ。
私は今後宝飾品を買う機会があったらここで買おうと思った。
「申し遅れましたが、私はこのチェスター宝石店の支配人ハリスンと申します」
ご丁寧に名乗ってくれたので私も「ク……ティナと申します」とだけ言った。
その後は順調に買い物をし、私は買ったものを抱えて役場への道を歩いていた。
前方で叫び声が聞こえ、誰かが走ってきた。
え?次の瞬間私は腕を掴まれ首にナイフが当てられていた。
「う、動くな!」
私たちの周りをバラバラと衛兵が取り囲む。
遅れて走ってきたのはレオン様とノア様。
私に構わず衛兵が男を取り押さえようとしたときレオン様が叫んだ。
「待て!女性を傷つけるな!」
衛兵の足がピタッと止まる。
レオン様は男に語り掛けた。
「ヘルナー、そんな事をしても逃げられないのはわかっているだろう。罪を重ねずおとなしく捕まれ」
「う、うるさい!私はちょっといい思いをしようと思っただけだ!私だって貴族の端くれだ。もともとはもっといい暮らしをしてたんだ。同じ生活をしようと思って何が悪い!お前らが余計なことをしなければまだ続けられたのに!」
男は錯乱気味だ。私はレオン様をじっと見た。手は男にばれないように買い物の袋の中を探り、ある瓶を握りしめた。
レオン様と目が合う。私は意思を目に込めた。レオン様が頷いたように見えた。
声に出さないように口パクで言う。
「いち、にの……さんっ!」男の頭に手に持った瓶を叩きつけるとともにしゃがみこんだ。
同時にレオン様が飛び出した。
周りの衛兵たちも飛び出して男はあっさりと捕まった。
飛び出したレオン様は私が男に叩きつけた瓶、髪につける香油に滑ってすっころび、頭にたんこぶを作った。
私とレオン様は何の意思疎通も取れていなかった。私の口が何か言っていると思ったら、いきなり瓶を男に叩きつけたので焦って飛び出したようだ。
香油にまみれいい匂いになりながら
「ティナ、君に怪我がなくて良かったよ」と苦笑いした。
犯人の男は借金が返せず没落した元男爵で、役場で納税を管理する仕事をしていたらしい。上がってくる書類に違和感を覚えたレオン様たちが調査し、男が横領していることがわかったので証拠をそろえ男に対面した。
おとなしく話を聞いていた男は衛兵に捕まる直前、いきなり衛兵を突き飛ばして逃げ出したらしい。
という話をお屋敷に帰り、レオン様がお風呂で香油を洗い流してさっぱりした後に執務室で聞いた。
「あーやっと忙しいのが一段落したな」
伸びをしながらノア様が言った。
通常であれば王都では社交シーズンのこの時期は比較的暇らしい。
と言ってもレオン様とノア様は一昨年まで王都にいて昨年から領地経営に携わりだしたところらしいが。今まで領地を切り盛りしていたゴットフラム大公は実質経営のトップ、側近のトランシュを連れて王都に行ってしまった。
一昨年第一王子ローレンスと結婚した愛娘シンディ懐妊の知らせを受け取ったためだ。
後を任されたレオン様とノア様は慣れないながらも頑張っていたが、社交シーズン始まりの大夜会の後帰ってくると言ったゴットフラム大公は、帰ってきたもののとんぼ返りで王都に行ってしまった。
おまけに横領事件が加わり忙しい思いをしていたらしい。
「レオン、やっと婚約者殿とゆっくり話せるんじゃないか?」
「婚約者?」
ノア様の言葉に私が反応するとノア様が教えてくれた。
「ああ。こいつこの間婚約したんだ。だから惚れるなら俺の方がいいよ。
尤も婚約者に嫌われてるんだけどね」
え?待って待って。嫌っているのはレオン様の方でしょう?
「嫌われているんですか?」
「まあ、会ってもらえないんだから嫌われているんだろうな」
苦笑交じりにレオン様が答えた。
「その令嬢は大公閣下に無理やりここまで連れてこられたみたいなんだ。部屋に閉じこもってマルゴット以外はまったくそばに寄せ付けないそうだよ」
ノア様の言葉に唖然とした。じゃあ私を閉じ込めたのはマルゴットが一人でやったこと?
そんなことをしたら解雇されるだけでしょう?いや、解雇だけでなく捕まるかも。彼女の目的は何?
混乱しながら私は聞いた。
「レオン様は婚約者の方をどう思っているんですか?」
「どうも何も彼女とは一度しか会っていないからな」
考えながらレオン様は続けた。
「彼女、クリスティナ・アルフォード侯爵令嬢っていうんだけど、彼女は知らなくても彼女の兄を知っているんだ」
え?お兄様と知り合いなの?
「俺と彼女の兄と第一王子は同い年でこいつも含めて四人で仲良かったんだ」
とノア様を指す。
「まあ学生の内は派閥が違っても多少は黙認されたからね。ダイラス、ああクリスティナ嬢の兄なんだけど、彼だけ第二王子派閥だったんだ。こういう話はティナちゃんには難しいかな?」
ノア様の言葉に私はかぶりを振った。お兄様が第二王子派閥だったのは私がネイサム王子と婚約していたためだ。道理でお兄様が婚約破棄作戦に乗り気だったわけだ。
「私はダイラスから少しはクリスティナ嬢のことを聞いていたからね。彼女と話したいと思っていたんだ。でも初めて会ったときにびっくりしすぎて声をかけることができなかった」
その言葉にノア様は笑い出した。
「ああ、衝撃的だったもんなあ。大公閣下の隣にボロボロの少年みたいな子が立っているな、と思ったらクリスティナ・アルフォード侯爵令嬢だって言うんだもんなあ」
ボロボロの少年みたいな子で悪かったわね!私は少しむくれた。こっちは死にそうな四日間だったのだ。身なりに気を遣う暇なんてなかったのよ。
「そんなに酷いお嬢様だったんですか?」
私はレオン様にわざと聞いてやった。
「ああ、いや、改めて考えてみると父上が無理な行程でつれてきたんだろうと思うんだ。侯爵令嬢だというのに侍女も護衛もつけず、少年のような恰好をさせられていたんだからね。むしろ良く父上の無茶振りについてきてくれたよ。まあそのせいですっかり嫌われてしまったわけだが」
確かにハードな四日間だったけど、ゴットフラム大公のことは嫌いではない。大変な旅だったけど嫌ではなかったし、少年のような恰好は楽で好きだった。
レオン様の肯定的な言葉に私はすっかり戸惑ってしまった。
「とりあえず仕事も一段落したし明日にはクリスティナ嬢に会えるようにマルゴットに話してみるよ。
とにかく誠心誠意謝って部屋から出てきてもらいたいからな」
どうしよう……閉じ込められてた部屋に戻った方がいいのか?このままでいた方がいいのか?
私は何にも悪くないと思うんだけど……
どうしてこうなった?