私が私に食事を運ぶ役目?
何が何だかわからないが、とりあえず割り当てられた部屋に行きメイド服に着替えて引き返した。
メイドをしていれば食いっぱぐれないしそのうちゴットフラム大公が帰ってくるだろう。
それよりアルフォード侯爵家から誰か来るのが先か?
多分ゴットフラム大公の息子レオン様は私がお気に召さなかったんだろう。
それでこんな嫌がらせをしたのか?部屋に閉じ込めてまさか飢え死にさせるつもりはないと思うけど……
エマさんのところに行くと二人の同僚?を紹介してくれた。
「私はケイトよ。あなたすっごく美人ね。モテるでしょ」
明るくそんなことを言ってくれたのは同い年位の女の子。ここでもう五年も働いているという。
もう一人コニーというおとなしめの女の子と三人でお屋敷の共用部分の掃除を担当するらしい。
早速仕事をしながら情報収集した。
驚いたのはメイドの人達が私の存在を全く把握していなかったことだ。
そういえば昨日会ったのは大公の息子のレオン様、従者の人、メイド長のマルゴットという人だけだ。
見かけただけなら門番の人とか庭師の人とかメイドの人とかいるけど、その人たちはゴットフラム大公のそばに小汚い少年みたいな子がいるな~としか認識してないと思う。
つまり、会った三人が口をつぐんでしまえば私の存在はなかったことになるのだ。
エントランスの掃除を終え、廊下の掃除に取り掛かっていると声をかけられた。
「あなた、見たことない顔ね」
振り向くとメイド長のマルゴットだ。
ヤバい?と思いながら
「ティナと言います。カリヌの村から来ました。今日からここでお世話になります」と言ってみた。
マルゴットは「ああ、聞いてるわ」と言った後何か思案しもう一度私に言った。
「あなたちょっとついてきなさい」
恐る恐るついていくと……ん?なんで私がビビんなきゃいけないんだ?ばれたら困るのはそっちだ!……改め堂々とついていくと
「エマ、この今日入ったティナだけど私の仕事を手伝わせたいから借りるわね」
ばれたわけじゃないみたいだ。
エマさんに断るとマルゴットは私を厨房の方に連れて行った。
待つこと数分、トレイにスープとパンを載せて戻ってくる。
具がほとんど無いスープと固くなったパンだ。
「いい、これからあなたに特別な仕事を与えるわ。これを二階の角部屋に持っていきなさい。
これが鍵よ。
鍵を開けて中にこの食事を置いたら戻ってくる。中にいる人と口を利いてはいけません。その人を外に出してもいけません。
それからこのことをほかの人に話してもいけません。できる?」
私は頷いた。
「これは旦那様から直接頼まれた特別なお仕事です。ちょっと事情があって中の人は内緒でしばらく閉じ込めておかなくてはならないの。
あなたを見込んで頼むのよ。うまくいったらお給料を引き上げてあげるわ。頑張りなさい」
私は再度頷いて二階の私の部屋に食事を運んで行った。
戻ってくるとマルゴットは首尾を聞き、うまくいったとわかると(私が私に食事を運ぶのだから当たり前だが)日に三度食事を運ぶよう命じた。
まあとりあえず私を飢え死にさせるつもりは無いのはわかったが、最低の食事だ。
私を閉じ込めてひどい扱いをしてどうするつもりなんだろう?
私はレオン様のことがわからなかった。私との婚約が嫌ならサインしなきゃよかったのに。
もしかしてパパに逆らえないダメダメ男だから私に意地悪して私から婚約破棄させたいのかな?
レオン様の印象は最悪だ。
一人目の婚約者はバカな俺様王子、二人目は陰湿な大公令息。私って男運がないのかも。
メイド暮らし二日目の夜、私は喉の渇きを覚えて厨房に向かった。
厨房は夜も明かりがついている。夜警の騎士や兵士たちに食事を提供するためだ。
夜警の人達は休憩時間や仕事終わりに厨房に用意されている料理を自分たちで盛って隣の食堂で食べることができる。
厨房で水差しに水を入れていると誰かが入ってきた。
「あ、丁度よかった。そこの君、何か食べるものを用意してくれないか?」
振り向いて驚いた。レオン様だ。
レオン様を食堂に促し、トレイに用意されていた肉料理やスープ、パンなどを載せて運んで行った。
「後でもう一人来るんだ。もう一人分頼む。勤務時間外なのにすまないね」
なんか普通の常識人だ。陰湿さは感じられない。
「あーーやっと終わった!毎日ハード過ぎるよ!」
伸びをしながらもう一人入ってきた。レオン様の従者の人だ。
「おっ、レオン、えらく可愛い娘と一緒じゃないか」
なんか軽薄そうな人だ。
「俺はノアルーク、こいつはレオンっていうんだ。お嬢さん名前は?」
「ティナです」
「ティナちゃん、見ない顔だけど最近ここに来たの?」
「二日前からです」
二人はすごい勢いで食事をしている。
「あの~お二人は?」
「こいつはこれでもここの当主の息子なんだ。俺はその側近」
「え?お坊ちゃま?がここで食事されるんですか?」
私の言葉にノアルーク様は笑い出し、レオン様は苦虫を嚙み潰したような顔をした。
「お坊ちゃまはやめてくれ。俺はレオン様、こいつはノア様でいい」
「あはは、お坊ちゃま……柄じゃないな!
俺たち今滅茶苦茶忙しいんだよ。いつ帰るかわからないのに食事を用意させるのも悪いから帰って来たらここで食べてるんだ」
なんか普通にいい人っぽい。私がレオン様に抱いていたイメージと違い過ぎて戸惑うばかりだ。
「あの、お茶でも淹れましょうか?」
気が付いたらそんなことを言っていた。
どうしてこうなった?