部屋の扉が開かない?
このおっさん……じゃなかった、ゴットフラム大公は体力お化けだ。
四日で辺境に着いた。今いるここはゴットフラム大公領の領都バトレンゼ。
いやあ、死ぬかと思いました。馬—野営—馬—野営 を繰り返し四日間。
最初の町に着いたとき、従者のトランシュさんが少年が着るような服を調達してきてくれて着替えなければとっても耐えられなかった。
二日目の朝、ん?婚約誓約書にサインして渡せば私が行かなくてもよかったんじゃないの?と気づいたが、後の祭りだった。
そしてボロボロになった私はようやくゴットフラム大公のお屋敷にたどり着いた。
目の前にそびえるのはどこまでも続く高い壁。辺境を守るゴットフラム大公のお屋敷は高い壁が周囲を取り囲み、門から中に入ると大きな前庭。その奥に石造りの堅牢な建物が建っていた。
この塀の中には大公のお屋敷だけでなく、国境騎士団の営舎や訓練場、馬場、畑などもあり、有事の際には民間人を避難させることもできると言っていた。
馬から降りたゴットフラム大公はニヤッと笑って私に言った。
「クリスティナ、よく四日間耐え抜いた。辺境に嫁ぐ嫁として合格だ」
このおっさんは私を試したんだ!食えないおっさんだ。
あの婚約破棄からおっさんの息子との婚約も狙っていたのかもしれない。
だって私、つまりアルフォード侯爵家との縁組はゴットフラム大公家にとって、いえ、第一王子陣営にとってはラッキーだ。
でもそれだけでなくこのおっさんは私がこの辺境で暮らしていける人間かどうか試したんだ。
私は見た目はもっさりした陰気な侯爵令嬢だ。
でも私はただ領地に引っ込んで王子妃教育だけしてたわけではない。
領地での暮らしは私にとって天国だった。
領地では平民との距離が近い。私は領地で平民の子供たちと野山を駆け回って育った。
木登りは大得意だ。もちろん乗馬も弓で獲物を狩ることも得意だ。
使用人たちに交じって庭造りを体験したり厨房で料理を習ったり、いろいろな事を経験した。
私はネイサム王子に婚約破棄された後は領地に帰って平民に交じって暮らすつもりだったんだ。
だから王子に婚約破棄された傷物令嬢のレッテルを貼られても平気だった。社交界に戻るつもりはなかったから。
お父様、お母様は最初は反対したが、領地でのびのび暮らす私を見て許してくれたのだ。
私たちがお屋敷に入るとゴットフラム大公はすぐに息子のレオン様を呼んだ。
お供を一人従えて入ってきたレオン様は私を見てギョッとした。
無理もない。少年のような服を着てボロボロになった娘がゴットフラム大公と共に立っていたのだ。
ゴットフラム大公は入ってきたレオン様に言った。
「レオン、お前の嫁が決まった。そこにいるクリスティナ・アルフォード侯爵令嬢だ。
早速だが、婚約誓約書にサインしてくれ。私はそれを持って仮眠後に王都に引き返す。
婚約者と仲良くやれよ」
そしてメイド長だという中年の女性に指示を出した。
「マルゴット、クリスティナに部屋を用意してやってくれ。湯の用意と食事も忘れずにな。
彼女はしばらくこの屋敷に滞在する。後はよろしく頼む」
そういって大公はサインした書類を持ち部屋に引き上げていった。
私は旅の途中で調達した数着の衣服とパーティーで着ていたドレスを抱え、マルゴットメイド長の後をついていった。
レオン様はずっとギョッとした表情のまま私を見つめていた。
通された部屋は二階の奥まった角部屋。大きな居心地のよさそうな部屋だった。
窓のすぐ外には立派な枝ぶりの大木があって、葉陰を部屋の中に落としていた。
お風呂に浸かり四日間の汚れや疲れを洗い流した私はようやく生き返った。
メイドの介添えはいらないと断り、一人で湯船にゆったり浸かるのはホントに気持ちよかった。
お風呂から上がり、用意してくれていた食事を食べ、久々に柔らかいベッドに横たわった私は瞬く間に夢の世界に引き込まれていった。
たーーっぷり寝て目を覚ましたのは翌日。太陽が中天に懸かるころだった。
昨日着いたのが昼過ぎ、それからお風呂に入って軽食を食べた後はずーーっと寝ていたのだ。
さすがにもう起きなくては失礼だろう。それにおなかがすいた。
さて、着替えて外に出ようと思ったが着替えがない。しょうがないのでパーティーで着ていたドレスを着た。化粧は出来ないのですっぴんのままだ。
いざ部屋の外に出ようとしたらドアが開かない。押しても引いてもびくともしない。鍵がかけられているようだ。
そういえば一度もメイドが様子を見に来ない。いくらゆっくり寝かせてくれるにしても一度も見に来ないのはおかしい。
何だろう?なんとなく悪意のようなものを感じて私は落ち着かなくなった。
それにおなかがすいた!!
それから少し待ったがメイドは現れず、部屋の中から大きな声で呼んでみたが、反応はなかった。
諦めて私はこの部屋を抜け出すことにした。
旅の途中で調達してもらった洋服の中で一番ましな服に着替えなおし、窓を開け、立派な枝ぶりの木に飛びついた。
木登りは大得意だ。そのままするすると木を下りて私は難なく地面に立った。
とにかくお腹がすいた。私は近くの使用人出入り口から中に入ると厨房を目指そうとした。
「遅いじゃないか」
突然かけられた声に振り向くと、メイド服を着た恰幅のいいおばさんが立っていた。
私が目をパチクリさせているとそのおばさんはエマと名乗り私の名前を聞いたので「ティナ」と答えた。
エマさんは私を連れていき、お腹がすいていると言うと厨房でパンとスープを用意してくれた。
私がそれでお腹を満たしているうちにメイド服を持ってきた。
「あんた、カリヌの村から働きに来た子だろう?なんか嫌がっていると聞いたから逃げだしたのかと思っていたがよく来たね。ここはいい職場だよ。頑張って働きな」
なぜか私は働きに来たメイドと勘違いされてしまった。
どうしてこうなった?