バトレンゼに帰ります
大夜会から数日後、王都のアルフォード侯爵家のタウンハウスに一台の馬車が停まった。
降り立ったのはゴットフラム大公、息子のレオン、大公の片腕家令のトランシュ、その息子のノアルーク。
迎えたのはアルフォード侯爵とその妻、息子のダイラスと娘のクリスティナ。家令のモーガンがその後ろに控えている。
王城での話し合いがひと段落して晴れて今日は両家の顔合わせとなった。
両家挨拶を交わし、応接室に落ち着く。
婚約の話を改めてするためであるが、まず話題に上ったのは先日の夜会でのことだった。
「クリスティナ嬢はお手柄でしたな」とゴットフラム大公が言うと
「いや、お転婆が過ぎる娘でお恥ずかしい限りです。それよりレオン殿の機転は素晴らしかった」
とアルフォード侯爵が返した。
「俺は……いや私は部屋の前に下げられていた名札を入れ替えただけです」
レオンは恥ずかしそうに答えた。
シンディの部屋から出た後、ホールに行く前に休憩室の名札を隣の部屋と入れ替えておいたのだ。
ホールに行けば王妃が接触してくるだろうと予想していた。
「部屋に踏み込んでネイサム殿下の顔を見たときの王妃様の表情は傑作でしたな」
アルフォード侯爵が愉快そうに言うと
「残念だ!私はそれを見ていない。王妃が白目を剥いて気絶したところは見たが」
ゴットフラム大公が続けた。
「しかしなぜ王妃は急に気絶したのだ?」
一同首をひねっているとダイラスが答えた。
「王妃様はティナのことをクリスティナだと思っていなかったのですよ」
「どういうことだ?」レオンが訊ねる。
「つまりレオンが平民のティナという娘を夜会に伴ってきたと思っていたらしい。クリスティナ侯爵令嬢をないがしろにしてね」
「「はあ!?」」レオンとクリスティナの声がハモった。
「息ぴったりだな」とダイラスは揶揄った後説明した。
「王妃様の近くにマルゴットという侍女がいただろう。彼女が平民のティナというメイドだと教えたらしい」
「あ、そっか。マルゴットはティナちゃんの正体がわかる前にいなくなったんだ」
ノアルークがうっかり呟いて父親のトランシュに睨まれた。
「それで王妃様はレオンとティナの婚約解消は時間の問題だと思っていたらしい。レオンが平民のメイドに入れあげている訳だからね。そのメイドのティナとローレンス殿下が浮気をしているところを見せればゴットフラム大公家とローレンス殿下の間にもひびが入ると王妃様は計画したらしい」
ダイラスの説明を聞いてレオンは微妙な顔つきになった。王妃には婚約者をないがしろにして平民の娘を連れてくるような男だと思われていたわけだ。
大体、王家主催の夜会に平民を連れて来られるわけがない。考えたらわかりそうだが……
「そうか、それでティナが挨拶したときにメイドのティナとクリスティナが同一人物だと知って気絶したわけか……」
期せずして王妃に二重のショックを与えたわけである。
「旦那様」モーガンの声に促されてアルフォード侯爵が口を開いた。
「大公閣下、婚約の件ですが」
ゴットフラム大公はがばっと頭を下げた。
「侯爵不在の間に勝手に婚約を結んでしまって申し訳なかった」
「そうですね、それについては思うところもありますが、私としては娘の意志を第一に考えたいと思います」とアルフォード侯爵は言ってクリスティナの方を向いた。
「ティナ、婚約を続行したいかい?」
クリスティナは迷うことなく答えた。
「はい。レオン様がよろしければ」
レオンはもっと迷いなく答えて頭を下げた。
「アルフォード侯爵、私はクリスティナ嬢とこれからの未来を共に歩いていきたいと思っています。いろいろ順番が逆になってしまいましたがお嬢さんとの結婚をお許しください」
アルフォード侯爵はため息をついた。
「お転婆だが明るくて優しい娘です。レオン殿、よろしく頼みます」
そして夫人と共に頭を下げた。
「そうと決まれば結婚式の日取りや具体的なことを決めないとならんな。また近いうちに伺わせていただこう」
ゴットフラム大公の言葉にレオンとクリスティナは目を見合わせた。
「はい、私もクリスティナ嬢と少しでも早く結婚したいのですが……いささか領地で仕事がありまして……」
「例の祭りか?面白いことを考えたな」とゴットフラム大公が感心したように言うとレオンも答えた。
「はい。私もクリスティナ嬢も領地の皆も一生懸命準備してきたのです。ですから……」
そして二人頷き合って言った。
「「私たち明日バトレンゼに帰ります」」
『明日帰る』か……アルフォード侯爵はこっそり苦笑した。
レオン様と明日の打ち合わせをしてゴットフラム大公家御一行様が帰った後、お母様にお茶に誘われた。
サロンに向かうとお母様は窓から庭を眺めていた。
「あの木はティナが良く木登りした木よ」とお母様が微笑む。
「小さい頃はあなたの手を引いてよくこの庭を散歩したわ。あなたは十一歳の時に領地に行ってしまって年に数回しか会えなくなってしまったけど、いつもあなたのことを考えていたわ」
「お母様……」
ネイサム王子と婚約破棄するために領地に引っこむことを決めたのは私だ。そのことでお母様に寂しい思いをさせてしまっていたなんて……そして今度は辺境に嫁ぐ。またなかなか会えなくなってしまうのだ。
「ごめんなさい……あの——」
「ああ、違うのよ、ティナ。謝るのは親である私たちの方だわ。あなたに意に染まぬ婚約を押し付けてしまった。そしてあなたはおしゃれするのが楽しい年頃にわざと地味でいなくてはならなかった」
私は首を振った。私は十分幸せだった。領地に居ることが多くお父様やお母様と会えた回数は少なかったけど、会った時の様子から愛されていることは信じられたから。
「お母様、ネイサム王子と婚約破棄したかったのは私のわがままです。でも、お父様もお母様もいつも私の気持ちに寄り添ってくださいました」
「いいえ、あなたは十分頑張ったわ。
今回の婚約にしたって第一王子と第二王子の王太子争いのとばっちりのようなものよ。でも今回もあなたは自分自身の力で乗り越えてきたわ。
そしてレオン様とちゃんと絆を紡いできたのね。先ほどの二人を見てわかったの。
でも忘れないで。私もお父様もあなたのことを愛してる。いつも、離れていてもそれは変わらないわ」
私はお母様に抱き着いた。お母様も優しく抱き返してくれる。
「母上、私もティナのことを愛してるって伝えてくださいよ」
お兄様がサロンに入ってきた。
「ティナ、幸せになるんだぞ。って、まだ嫁に行くわけじゃないか。ゴットフラム領は遠いけどレオンもノアも信頼できる奴だ。あいつらにお前を任せることができて良かったよ」
「ふふっありがとうございます。お兄様も早く可愛いお嫁さんを貰ってね」
「そうね!ティナの嫁入り先が決まったのだからダイラスのお嫁さんを決めなければ!」
お母様の目が光ったようだ。
今までは派閥の関係でお兄様の婚約を決められなかった。私がネイサム王子と婚約していたので我が家は第二王子派閥だったが、婚約は破棄させるつもりだったのでゆくゆくは第一王子派閥に鞍替えする予定だった。その為どちらの派閥からも婚約者を決められなかったのだ。
まあ、お兄様はモテるから心配はしていないけど。
私たちは三人でゆっくりお茶を楽しんだ。
「それでは明日に備えて私も休ませていただきます」
部屋を辞そうとしたアイリスを引き留めて私は聞いた。
「ねえアイリス、今更なんだけど今回もついてきてもらっていいの?」
「もちろんです。私はお嬢様の侍女です。お嬢様の行くところだったらどこでもついていきます」
アイリスは胸を張って答えた。
「ん~でも辺境だよ?馬車で一週間もかかる。この屋敷に残って王都の人と結婚したいとか?だったら……」
「いえ、別に王都に好きな人がいるわけでもありませんし。むしろ……あ、いえ、私はお嬢様のお世話をすることに生きがいを感じておりますから!」
なんか今の……怪しい……
私はアイリスを問い詰めた。アイリスは何でもないと否定したがやがて観念して真っ赤になりながら打ち明けた。
「プロポーズぅぅぅ!??
えっ!?サムってあのサムよね?騎士のサミュエル・ガーラン。アイリスとサムってそういう関係だったの?」
全然気が付かなかった……
「違います!全然そういう関係じゃありません!ほとんど喋ったこともないんです」
だよね。サムは無口でホント全然喋らない。
「え?プロポーズされたんでしょ?」
「私も訳が分からないんです。サムはお嬢様の護衛をすることが多かったので一緒にいる機会は多かったんですけど特に話したこともなくて……」
「それで?どうしてプロポーズの流れに?」私はワクワクしながら訊ねた。
「わかりません。ゴットフラム領のお屋敷から王都に発つ前の日に『またここに戻ってくるのか?』って聞かれて『多分』って答えたら急に『結婚してくれ』って……一瞬私じゃない人に言ってるのかと思って辺りを見回しちゃったくらいです」
サム……言葉足りなすぎ……
「それで?アイリスはサムのことどう思ってるの?」
「わ、私は別に……考えてもいなかったですし……」と言いながら段々アイリスの顔が赤くなっていく。
あらあら?これはひょっとすると……?
アイリスと恋バナできる日も近いかも?
お読みくださってありがとうございます。
次が最終話になります。




