王妃はどこから間違えた?
ネイサムは訳が分からなかった。
上手く退屈な夜会を抜け出して休憩室で呼び出していたルルーチェと会った。
二人でイチャイチャしていたところ急に鍵が開く音がして何者かがどやどやと部屋の中に入ってきたのだ。
無礼者を咎めようと声を上げたが、燭台の光に浮かび上がったのは王妃の顔だった。
驚愕して見回すとその後ろに国王の顔、そして貴族たちの顔、顔、顔……
「見るな!」と叫んでみたり「父上、違うのです!」と言い訳してみたり……もうどうしたらよいか自分でもわからなかった。
王妃も訳が分からなかった。だからつい叫んでしまった。
「なぜネイサムがここにいるのだ!ローレンスがいるはずなのに!!」
反応したのは国王だ。
「サリアーナ、そなた今何と言った?」
「い、いえ陛下……あの……」
王妃がしどろもどろに言い訳しようとしているところに人々の後ろからまたしても声がかかった。
「これは何の騒ぎだ?」
人々が一斉に振り向くと、見目麗しい令嬢を連れたゴットフラム大公が立っていた。
王妃の眼が令嬢を捉えた。
なんとかしてあの平民の娘のせいにするしかない!私はあの娘に騙されたことにして……
王妃が口を開こうとした瞬間、平民の娘は深々とカーテシーをした。
優雅な、見事なカーテシーだった。
「ご無沙汰しております、国王陛下、王妃様。クリスティナ・アルフォードでございます。ご挨拶が遅れました事、またこのような場所でのご挨拶になってしまったこと、お詫び申し上げます」
彼女が挨拶を終えるとレオンがそっと寄り添った。
その場にいた者全員が、王妃やネイサムも含めて驚愕の表情でクリスティナ侯爵令嬢を見ていた。
誰も彼女があのもっさりした芋娘だと思っていなかったのだ。
脳が理解の限界を超えた王妃は白目を剥いて倒れてしまった。
「サリアーナ!」国王が驚いて駆け寄る。
その場はまたしても混乱の渦に巻き込まれそうになった。
「皆!静かに!落ち着くんだ!」
ひときわ大きな声が響き渡る。この場にいなかった最後の役者、ローレンス第一王子の声だった。
実は、王妃がネイサム王子の部屋に踏み込んだタイミングでダイラスは隣の部屋に入っていったのだ。
鍵は担当者が持ってきたときに隣の部屋の鍵とすり替えてあった。
ローレンス王子を起こし手短に状況を説明する。
ローレンスが理解するのは早かった。そしてゆっくり仮眠を取ったローレンスは体調万全だった。
まず彼は皆が部屋から外に出てホールに戻るよう指示を出した。
王妃を彼女の私室へ運ぶよう手配し、この場は自分が納めるから王妃に付き添ってはどうかと国王に提案した。
ネイサムにはルルーチェ男爵令嬢と共に身嗜みを整えこの部屋で待機するよう命じ、部屋の外に衛兵を二人立たせた。
そして残りの者たちとホールに向かった。
ホールで王妃の体調不良と不測の事態があった為、今夜の夜会を中止すること。後日詳細を発表するため、憶測での噂はしないようにと注意を与え、解散を命じた。
ローレンスは終始堂々としており、王太子としての風格ありと貴族たちの目に映った。
それから数日後、話し合いを重ねた結果、それぞれの処遇が決まった。
ネイサムは男爵家への婿入りが決まった。ルルーチェ男爵令嬢とのあられもない恰好を多数の貴族に見られてしまったのだ。ネイサムもルルーチェも男爵も不服だったが致し方ないだろう。
ルルーチェはネイサムに無理強いされたのだとほかの貴族に泣きつき何とか逃れようとしたが、王命で決まってしまった。二人の仲はすでに険悪でいがみ合ってばかりいるという。
王妃は病気療養のため、王都から遠く離れた王領に建つ離宮に移り住むことになった。
今回の騒動は王妃が画策したことは明白であるが、表沙汰にはできないため病気療養と言う名の幽閉ということになった。
実際に協力したドラム伯爵や、マルゴット、その他数名は貴族の身分を剝奪され平民となった。
夜会に参加していた者たちには、ネイサムが王妃の反対を押し切り真実の愛を貫いて男爵家の婿に入る決心をしていたと。王妃に認めさせるためにあえてあの場に王妃を誘導したと説明した。王妃はそれを知ってショックのあまり体調を崩してしまったため療養をすることになったと発表した。
どのくらいの貴族がその発表を信じるかは疑問であるが。
そして国王はローレンス第一王子を王太子に決め、三年後王位を譲ると発表した。
ネイサムは不服だった。ルルーチェとは喧嘩ばかりだ。大体、ルルーチェの方から言い寄ってきたのだ。それなのに無理強いされたなどと大噓をつく。あんな女だと思わなかった。それにクリスティナ!あんなに美しいなどとわからなかった。あんなに美しければ婚約破棄などしなかったものを。
婚約破棄は無しにしてやる。クリスティナと結婚してやろうと言ったのだが、周りの者がみんな無視をする。
国王である父上にも、王妃である母上にも会えぬまま彼は男爵家に居を移した。
王城を離れる前夜、王妃は国王に言った。なぜ私が王都から遠く離れた地に行かねばならぬのかと。
そしてクリスティナのことを詰った。あの娘はネイサムをたばかっていた。あんなに美しければネイサムは婚約破棄などしなかった。今頃は王太子になっていた。あの娘のせいでネイサムは男爵家などに婿入りしなければならなくなったのだと。
国王はたばかっていたのは本当だろうと思いながらも違うことを言った。
クリスティナは元はネイサムが言ったとおりの芋娘だった。あの娘を変えたのはゴットフラム大公の息子、レオンの愛情なのだと。
そして今回の騒動の原因は自分のせいだろうと思っていた。
ネイサムに国王の資質がないことなどわかっていたのだ。わかっていながらローレンスの立太子を先延ばしにした。王妃に甘い夢を見させてしまったのだ。王妃に甘い自分の責任だと思った。
明日から王妃サリアーナは王都から遠く離れた離宮に幽閉される。しばしの別れだ。なるべく早くローレンスにすべて引き渡し、王位を譲る。
王都から遠く離れた離宮で王妃と穏やかな隠居生活を送る。それが国王の望みだった。
結局国王は王妃を愛しているのだ。彼女と共にあることが彼の望みだった。
離宮に向かう馬車に揺られながら王妃は思った。
どうしてこうなってしまったのだろう?私はどこから間違った?




