私辺境に行くの?
今年の社交シーズンの始まりを告げる王家主催の大夜会。
王城の一番大きなホールは煌びやかに飾り立てられ、楽団の奏でる音楽の中、着飾った人々が優雅に笑いさざめいていた。
私は壁際、目立たない場所に立って人々の様子を眺めていた。
「クリスティナ・アルフォード!」
不意にネイサム第二王子の声が響き渡る。
人々は歓談をやめて彼に注目する。楽団も音楽を止め辺りはシーンと静まり返った。
人々の注目を浴びたネイサム王子は得意になって更に大きな声をあげた。彼の手は横に侍ったやけに肉感的な令嬢の腰を抱いている。
「クリスティナ・アルフォード!この会場にいるんだろう!出て来い!」
私は壁際からゆっくり歩み出てネイサム王子の前まで行くと深々とカーテシーをした。
「殿下、お呼びでいらっしゃいますか?」
私の姿を認めるとネイサム王子は居丈高に言った。
「もうお前にはうんざりだ!
そのもっさりした髪も古ぼけたドレスも何もかも見苦しい!
おまけにお前はほとんど領地から出てこない。そんなでは重要な政務を担う私の妃に相応しくない。
よって今この時を以てお前との婚約を破棄する!!
私はここにいるルルーチェ・マルロー男爵令嬢と新たに婚約を結ぶこととする!」
ネイサム王子の宣言に会場は蜂の巣をつついたような騒ぎになった。
無理もない。今、国王夫妻は宰相であるアルフォード侯爵夫妻、つまり私の両親を伴って隣国に滞在中である。
第一王子は先日、王都の北で大規模な土砂災害があり、現地に視察に出かけた。王宮で文官をしている私の兄も同行している。
つまりネイサム王子の暴挙を止められる人はいないのだ。それを狙っての婚約破棄であることは明らかだった。
私は手に持った扇をぶるぶると震わせ顔を隠した。
そしてか細い声で
「しょ、承知いたしました……殿下との婚約を破棄———」
「ちょっと待ったーーー!!」
うおおーーい!誰だ邪魔してくれちゃってんのは!
私はこの場に乱入した人物、そのおっさんをポカーンと見つめた。
そのおっさんはドンと私の前に立ち、ネイサム王子を睨みつけた。
「さっきから聞いていればこのご令嬢に対してあまりに失礼だろう、ネイサム王子」
「な、な、不敬だぞ!ゴットフラム大公!」
「ほう、馬鹿でも私の名前は知ってたか」
「ば、馬鹿だと!?」
ネイサム王子はゆでだこのようになって怒り出したが、おっさんはニヤッと笑って続けた。
「馬鹿に決まっている。立太子もしていないただの王子より私の方が立場が上だ」
そうか、このおっさんは辺境を守るゴットフラム大公。
その名前はこの国ではあまりにも有名だ。
今の王様の祖父が王様だった時代、この国は隣国と戦争をした。
突如隣国に攻め込まれ国境にあったゴットフラム伯爵領は占拠され、令嬢が人質に取られた。
隣国の軍勢はそのまま王都まで攻め込むかと思われたが、病に臥せっていた国王に代わり迎え撃ったのが当時の第一王子である。
武勇の誉れ高い第一王子は隣国の軍勢を撃破、そのまま隣国に攻め入り隣国の王城を占拠。野心の強い当時の王を退位させ穏健派の第二王子を即位させると我が国との和平を我が国有利な条件で結んだ。
戦争終結まで五年、その間に我が国の王は亡くなり第二王子が必死に隣国に蹂躙された国の復興に努めていた。
第一王子が凱旋し歓喜を持って民衆に迎えられる。
王城で待っていた第二王子は兄に一日も早く即位するよう勧めたが第一王子は断った。
これからは平時の治世に力を発揮する弟の方が王に向いていると言い、さっさと辺境のゴットフラム家に婿に入ってしまった。
王になった第二王子はゴットフラム家の爵位を引き上げ、更に第一王子から三代は大公の位を与えた。
大公は王、王妃、王太子に次ぐ位である。
現国王は即位した第二王子の息子で、現ゴットフラム大公とは従兄弟にあたる。
「う、う、うるさい!私はこんな芋臭い女と結婚するのはごめんだ!婚約破棄だ!」
ネイサム王子は自棄になってがなり立てた。
私もネイサム王子に賛成だ。ここで婚約破棄をつぶされては今までの苦労が……あわわ
「あの……私のことはよいのです。ネイサム殿下の仰る通りに……」
「いやご令嬢、自分を卑下することはないのです。あなたは自信を持ちなさい」
いや、ホントにいいからほっといて。
ネイサム王子は急にニヤッと笑い愉快そうに言った。
「それなら大公の息子の嫁にしたらどうだ?嫌だろう。誰だってこんな芋臭くて陰気な女は嫁にしたくないはずだ。 大公の息子も拒否するに決まっている。できないんだったら余計な口を突っ込まないで———」
「よかろう」
「「は!?」」
おっと、私とネイサム王子がハモってしまった。
「息子の嫁に迎えようではないか」
えーーーと……私の意見は無しですか?ついでに息子さんの意見も無しですか?
事態は思いもよらない方向に進んでいく。
「言ったな。息子の嫁にすると確かに言ったな」
「ゴットフラム家に二言はない。領地にいる息子も同じ思いだ」
ネイサム王子は有頂天だ。さらに続けた。
「では十日後までに婚約誓約書を私の所へ持ってまいれ!」
はあ?あんた馬鹿ですか?馬鹿だった。
婚約誓約書には本人同士のサインがいる。ゴットフラム大公の息子は辺境にいるんじゃないの?
馬車で一週間かかる辺境に。
どうやって十日でサイン貰ってくるっていうのよ!
お前はこのおっさんの息子と私を結婚させたいのかさせたくないのかどっちなんだ?
「了解した」
え?このおっさんも計算できない人?
「では、急ぐので我々は失礼する。とっとと破棄の書類にサインしてくれ」
おっさん改めゴットフラム大公はネイサム王子と私にサインさせるなり私の手を掴んで大股に歩き出した。
ちょっと落ち着いて考えよう。ゴットフラム大公は私とネイサム王子の婚約破棄を止めるために出てきたんだよね?
それがどうして婚約破棄して大公の息子と婚約することになったんだ???
ま、待って!歩くのが早くて思考が纏まらない……
王城の馬車止めに向かうと待っていたのは馬車ではなく馬。
大公は馬の背に私を乗せ、その後ろにひらりと飛び乗った。
大公の後ろを小走りについてきていた従者ももう一頭の馬に乗る。
ま、まさか?私このまま辺境まで行くの?パーティードレスのまま?
馬が走りだそうとしたとき、やっと追いついた私の侍女のアイリスが声をかけた。
「お待ちください!お嬢様を連れていかれては困ります!」
「アルフォード侯爵令嬢の侍女か?ならば一部始終を見ていたであろう。
我々はこれから急ぎ領地へ向かう。屋敷に帰り事の次第を報告したのち追ってまいれ。
ご令嬢にはわが領地にて滞在してもらう故、ゆっくりで構わんぞ」
言うなり、大公は馬を走らせた。
どうしてこうなった?




