甘党ドラゴン 反撃する?
フィメルがサクレの町を出発してから数日。
彼女は森の中を歩いていた。
「大樹ってどこなのじゃぁぁあああああ!!!?」
小さい幼女は一人森で迷子になっていた。最初こそ意気揚々と歩いていたフィメルはかなり楽しんでいた。ドラゴンとしての視点と違い、見上げる視点の森は新鮮だったのだ。
ここで一つ。始めて来る場所で地図のように上からしか地形を見たことのないものはどうなるのか?そう、遭難である。
「確か上を見ればすぐわかるくらいには大きいと言っていたが……」
確かに説明は間違っていなかった。見上げれば大樹が見えるというのは正しい、大人の視点では。
幼女の身体のフィメルは見上げたところで空しか見えない。それに加えて今まで空を飛んで目的地点まで向かっていたフィメルは迷ったらどうするかということも知らない。
よって実はここ数日同じところをぐるぐる回っているのだ。
「ダメじゃ……少し休もう。もう少し取っておきたかったが女将のスイーツでも食べて気分転換としゃれこむか」
フィメルが町の人たちからもらった道具は実は酒場の酔っ払いどもより上等だ。疲れ軽減の靴や重さ軽減のバック以外にバックの中のものが腐らない付与やキャンプ道具が入っている。
「むふぅ、いい匂いじゃーこれだけで疲れが取れるのぅ。ひ、一つだけ食べるか」
「ごぶ」
「そうじゃよなぁ、もう二つくらい食べても罰はあたら……?」
フィメルがバックに手を突っ込んで独り言をつぶやいたところに入る合いの手。まさに、絶妙なタイミングだがフィメルはおひとり様である。
「またこいつらかーーー!」
緑色の不審者再登場。
フィメルが気が付かなかったのはお菓子の匂いに気を取られていたこともあるが最大の原因はゴブリンの匂いである。
「いっちょ前に着飾るな!花とかつけて何のつもりじゃ!」
まるでフローラルの香り。霊峰のゴブリンよりきれい好きなゴブリンはそもそもゴブリンなのか?
花ゴブリンはいい匂い。血走る眼で見るのはカバンだけ。
「渡さん!渡さんぞぉおおおおおーーーー!!」
フィメル、全力のダッシュ。追いかけるはいい匂いのする不審者。
町なら「衛兵さーんここでーす」案件だ。
「一匹なら撒ける!ふははははー以前はこの身体になれていなかっただけ!ゴブリンごときに負ける儂ではない!」
ゴブリンをあおるフィメル。だが、こういう時にはお約束というものがある。
『ゴブリンは仲間を呼んだ!ゴブリンO、K、Sがやってきた』
全員、ボロ服に花を挿している。
「増えたァ!?」
徐々に失速するフィメルに迫るゴブリンの手がフィメルの体に触れようとした瞬間!
フィメルの身体に触れたゴブリンが吹っ飛ばされた!
「のわぁ!?」
ついでにフィメルも吹っ飛ばされた。
「いたた……いったい何が?」
フィメルにもわからない現象の正体はフィメルの着ていた皮防具にあった。
防具屋のおやじが主導して作られたこの防具は町の老人たちによって作られた。彼らは孫も成人して余生を過ごしていた。悠々自適、スローライフといえば聞こえはいいものの結局のところ退屈していた。
そんな中、小さい頃の孫のようなフィメルの笑顔は彼らの庇護欲を大いにくすぐった!くすぐり過ぎた!
結果、|過剰防衛なほどの高性能皮防具《わしらの可愛いフィメルに触れる奴らはぶっ飛ばす防具》が完成した。
「何かわからんが……儂の力に恐れをなしたのか!わはははは、は?」
吹っ飛んでいったゴブリンだが普通に立ち上がった。木にぶつかったことによる出血はあるものの、無傷である。
これはフィメルがぶっ飛ばした不届きものの血を浴びないようにした配慮である。
「立ち上がるか……じゃが今の儂は最強!ここでリベンジするのじゃ!!」
「ゴブッ!?」
フィメルが逆に突撃してきたことに驚くゴブリンたちはフィメルによって吹き飛んだ。正確にはフィメルの拳が触れる前に防具の効果で吹き飛んだ。
冤罪どころか攻撃にも適用される恐ろしい性能の防具からはおじいちゃんたちの狂気が感じられる。
「ふっ……。人のお菓子を奪おうとするからじゃ。これに懲りたら自分で作るんじゃな」
得意げにどや顔するフィメルだが本人の力ではないうえにお菓子は貰ったものだ。というかフィメルが幼女になったのは強奪したお菓子を食べたからでは?
「ここで食べると他の魔物たちにも襲われそうじゃ。どこかいい場所を探さなければ。」
フィメルは安全な場所を探そうと歩き出した。
「たすけてぇぇぇええええええええ~!!」
再びフィメルは追われていた。今度は口からいい匂いのするクマ。黒い毛だが、手の周りだけ黄色のクマがよだれを垂らしながらフィメルを追いかけまわしていた。
なぜ、こんなことになったかというと……
「んぉ?何やらいい匂いがするのじゃ!もしやお目当ての大樹かの」
フィメルは嗅覚に意識を集中して走り出した。それがいけなかった。
足元をおろそかにした結果、虎の尾ならぬクマの尾を踏んだ。フィメルが感じ取った匂いはクマの食べていたハチミツの匂いだった。
甘いもの好きのクマは甘いものには目がなく黄色くなったクマの手は甘い味のする珍味なのだ。そんなクマがフィメルのバックのお菓子の匂いを感じとったことが事の始まりだった。
「こ、こいつ吹っ飛ばん!どんだけ重いんじゃ~!」
フィメルから発される衝撃に耐え、ものすごい勢いで迫るクマ。遂に捕まるかと思ったその時、急にクマが踵を返していった。
「?急に大人しくなった……儂だったら地の果てまで追うぞ」
『あなた様に狙われると大変そうですねぇ』
背後から声が聞こえ振り向いたフィメルの目の前に天にも届くほどの大樹がそびえたっていた。




