甘党ドラゴン買いものをする
「ふぁああ…よく寝た。うむ、いい天気じゃ!行商巡りの絶好の日じゃな!」
フィメルの朝は早い。女将の家に居候している彼女だが、だれよりも早く起きて準備体操をする。
まるで年老いた老人のようだがこれには訳がある。
そもそもとしてフィメルは人型になったことはなかったため体の動かし方を学ぶ意味もかねて毎朝やっていたことが習慣化したのだ。
そして早起きに関しては元ドラゴンであったことが関係している。
元来、食わず眠らずとも数年単位で生きていけるのがドラゴンだ。フィメルは甘いものを食べるのが好きだったためによく食べるし、夢でも食べるために眠りもするが眠りは浅いのだ。
「そういえばまだこの町の市場には行ったことがなかったのう。以前は砂糖すら高級品だったわけじゃし……どう変化したのか楽しみじゃ!」
フィメルは女将の家を飛び出し、活気あふれる人込みへと入っていった。
魔物を売りに来るもの、魔物の素材を加工したもの、武器防具、はたまた主婦が買いに来る生活用品まで様々なものが売られていた。
「少し前までさびれた村がここまで……!人間とは邪魔なものたちと考えておったが少し考えを改めんといけないようじゃ。んお!?あ、あれは……!?」
フィメルは鼻を数回ぴくぴくした後、突然駆け出して人ごみをかき分けてある店の前に走り出した。途中、いろいろな人が道を譲ってくれるのはこれがこの市場ではよくあることであり、サクレの町の人たちの優しさの表れだろう。
「これを一つほしいのじゃ!!」
「あいよ、りんご飴一つね!あ、もしかしてフィメルちゃん?」
「ん?そうじゃが……」
「ならお金はいらないよ」
「いいのか!?」
「うちの人があんたのアドバイスで狩りが上手く行ったって喜んでいたからねぇ」
「ありがとうなのじゃ!」
フィメルはりんご飴を片手に再び商店街を歩きだす。きょろきょろしながらいろいろなものを見ていくフィメルは時の流れと人間の進歩のすさまじさを感じていく。
「昔はこれほどまでの町を見たことがなかった……この町にも人間以外の種はいるが大体は人間の手によるものか、すごいのー」
商店街の中には魔道具なんてものも売っていた。
「ふむふむ、なるほど。魔力が少ないものでも一定の出力を出せるようになる道具……エルフとドワーフの技術を合わせて進化させる。これが人間の種の強さ、というわけか」
町に売ってあるものから何から何まで感心しながら歩いていると馬に大きな馬車のようなものをくっつけた集団を見つけた。
「すまん、この集団は一体……」
「この人たちは北の方から来た行商人さ、珍しいものを持ってきてくれるからみんな楽しみにしてるんだ」
「ほぅ、この者たちが!」
(甘いものはあるかの?クンクン…あるぅっ!!……にしてもこの大きさ馬一体で引けるものじゃないだろうがなぜじゃ?あ、そうか魔道具じゃな)
「すまん、何かここでは珍しい甘いものはないかの?」
「ん?君は初めて見る顔だね。誰かのお孫さんかな」
「この町の者の顔を覚えているのか?」
「行商をしているとどの町の人がどんなものを欲しているか覚えないといけないからね。うーんそうだなぁ、おーい!確かこの前珍しい道具を手に入れたよな!」
「珍しい道具?」
茶髪の行商人が後ろの積み荷の方に話しかけるとローブを被った大柄な男が何かを持ってきた。
「これは遠い国のお菓子を作る機械らしいんだが真ん中に塊になった砂糖を入れると……」
「な、なんじゃ回りだし始めた!?」
次第に道具の周りから白い糸のようなものが飛び出してきてそれを行商人は木の棒に絡めとっていく。
「はい、綿あめというお菓子だ。食ってみな?」
「こ、これがお菓子?雲のようにも見えるの。どれ」
フィメルが恐る恐る小さな口でぱくり!
すると、一瞬で口の中で溶けてなくなり口いっぱいに甘い味が広がっていった!
(これは!)
「うまい!本当に雲を食べているかのような食感で癖になる!それにこの棒のお陰で手が汚れなくていいのも良いな」
「うんうん、いい食べっぷりだ。」
「俺にも一つ!」
「私にも」
フィメルの食レポで火が付いたように注文が殺到し始め、行商人は口角を上げて笑う。
「奴め、儂を出しにして売りつけるとはやりよる。のう、それにしてもなんで砂糖はここまで誰でも食べれるものになったんじゃ?昔はもっと高価なものじゃったろう」
フィメルは暇になったもう一人の大柄な男に話し始めた。
「お前さん、もしかして人間じゃねぇのか?話し方が変だとは思っていたが。確かに昔はそうだったらしいな。ただ、どっかの国が他の世界から勇者を召喚してからそいつの知識で色々変わったんだとよ。俺たちもな」
「ふむ……確かにどこぞの国がそんなことをしたと聞いたような。ん?俺たちとな」
大柄な男は被っていたローブを脱いだ。すると見えてきたのは鋭い牙と豚の様な鼻。そして茶色い毛。
「お主、【オーク】だったのか!……あっすまん大きな声を」
フィメルは周囲を見ると客の視線がオークに向けられていた。
「あ、オルクルさん!いつもありがとうね~!」
(ありゃ?)
フィメルは最初、悲鳴が上がると思っていた。が、住民はなれたように挨拶を始めた。
「俺みたいなのを昔は魔物といって迫害してたらしいが今は【魔族】って呼んでんだ」
「魔族……」
「勇者が俺たちの先祖と話してどうやら意識改革をしてくれたとかなんとか……今でも人間と共存できる奴らは魔族の仲間入りしてるって話だ」
「そんなことが……ん?ではなぜお主、ローブなんぞ被っていたんじゃ?」
「それはほら、商品に俺の毛が付くだろうが」
「なるほど」
それからフィメルはオークの彼と話しながら北の珍しい果物を買って女将の家に帰った。