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最終話

よろしくお願いします。

 南門に集合した三人はすぐに森へと入っていった。


 街に近いところはそこまでの変化はなく、調査も簡単に終えてすぐに奥へと向かう。


 エリザベスはこれまで魔物は見たことがなかった。野生の動物や愛玩動物は見たことがあり、彼らの頭上には何も見えなかった。ただ、森は入ってから目に入った魔物の頭上には『暴走するもの』、『誘導するもの』、『唆すもの』と不穏な言葉が見えていた。エリザベスはこの先のことを考え、自分のこの能力のことを言うべきか、言わないべきか、迷っていた。


「ここらで少し整理しよう」


 ライリーが2人へ声をかける。さすがは高ランクの冒険者である。エリザベスとアランはその言葉がなければ、どこまでも進んでいたのだった。


「俺は勘だが結構怪しいと思う」

「僕もそう思います」

「お、そりゃあありがたい。魔物達が非常に好戦的だし数も多い。エリスの言う通り、奥では始まってるだろう」

「ピリピリする感じはわかります。あとものすごく嫌な予感がします」

「アランはもう立派な駆け出しだな。エリザベスは?どうだ?」

「わ、私は既にスタンピートの先駆けが来ていると」


 その言葉にライリーが目を見開く。


「おいおいおい、戦闘の初心者(ビギナー)がそんなことわかるのか!?」

「え!?わかるというか、勘というか」

「勘はな、エリザベスよ。俺たちみたいな戦闘職が感じる独特な物よ。アランは飲み込み早くて気配の察知がべらぼうにうめぇけどな」


 そう言いアランの頭を優しく叩く。


「エリザベスはちげぇだろう。戦闘なんて関わりたくねえ、関わらねえ。……何見えてんだ?」

「え?み、みえてるって、なにが……」

「動揺しすぎだし。……時々頭の上に視線いくだろ?何見てんだ?」

「あ、え、なにって、なに……」


 思わぬ話の飛び方にエリザベスは完全に動揺し、立て直せずにいた。こんな打ち明け方をするつもりはなかったし、打ち明けようか悩んでいたためか、素知らぬふりもできなかった。


「スキル持ちか?」

「はっ……すきるなんて」

「エリザベス、お前は詰めがあめぇんだよ。人と目合わせたくないから上見てるとか、適当に言えばいいだけだろう。そんなんだから漬け込まれるんだよ」


 ライリーの手がエリザベスの頬を滑る。


「もっと自衛しろ」

「ぐっ……確かにそうですね」


 エリザベスはライリーの手を払い、大きな息を吐いた。


「スキルではなくギフトですが、私には皆さんの真実の姿が文字として見えるんです」

「真実の姿?」

「在り方ともいうのか未来像なのか、はっきりと言えませんが……。今ここでいうのであれば、ライリーは『勇者』、アランは『英雄』と見えています」

「勇者?」

「英雄?」

「ちなみにエリスは『聖女』です」

「「!!!!!!!?」」


 二人は自分達が『勇者』、『英雄』と言われた時よりも驚き、アランに至っては顔色を失っていた。


「世界の滅亡だ……」

「エリスはどちらかというと魔王属性……」


 ライリーと顔色を失ったアランがぼそっとつぶやき、ともに無言でうなずいた。


「二人とも言い過ぎです。今回の魔物のスタンピートはエリスが言い始めています。これから起こることなのか既に起こっていることなのかはわかりませんが……」


 森の入り口付近で見えた魔物達のことを伝え、エリスの言もあり既に起こっているとらエリザベスは判断したと二人に伝えた。


「既に起こってるなら小さいうちに叩きてぇな」

「二人でできますか?」

「うーん、お前がもうちっとなぁ、あー、なー、うーん」


 そう言い悩み始めたライリーの遠くに猿のような生き物が駆けていった。姿はすぐに見えなくなったが、その頭上には『ハジメタモノ』と見えた。


「いた、あいつだ」


 スタンピートは大規模な物になってくると止める手段が、大規模な討伐、聖女の大魔法と限られてくる。それが小規模の物になると、ある程度の分散、討伐、そしてきっかけを作った魔物を討伐すると、引きづられた魔物達が狂乱状態に陥っていなければ、そこで終息できる。ただし、これまでにスタンピートのきっかけとなった魔物を討伐して終息したという記録は残っていない。そもそもこんな小規模の状態のスタンピートを発見したこともなかったはずだった。そしてきっかけとなる魔物の討伐はそれこそ海になげた石を見つけるようなものだ。そんなことは不可能とされていた。

 

 エリザベスが見つけたのもたまたまだった。ただ動く物がいたから、『ギフト』が常時発動状態だから、その魔物の真実の姿が目に入ったのだった。


 エリザベスはすぐに後を追いかけた。


 そしてその後をライリーとアランも追いかけた。



***



 戦闘に不慣れなエリザベス。特に身体を鍛えているわけでもないため、すぐに力尽きた。そしてライリーに背負われている。


「もう、本当に、すて、おいて、ほしい、きもち、悪い」

「喋んな。舌噛むぞ」


 背負われて振動でがたがた言わされているエリザベスは、その動きに酔い体力がマイナスに振り切っている。そんなエリザベスに構うことなく、ライリーとアランは飛ぶように森を駆けた。


 『ハジメタモノ』を視界におさめた二人はそれから目を離さなかった。それは猿の形をしており、首の周りの毛が白く、他は赤い毛色は戦を呼ぶとされる朱厭(しゅえん)だとライリーは検討をつけた。


 朱厭(しゅえん)の討伐方法として広く知られているのは、素早いので先読みして一撃必殺、または広範囲の殲滅魔法(力技)が知られている。


(さて、どの手段が有効か)


 ライリー自身が囮になり、アランに先読みさせての討伐か、エリザベスとアランに身を潜ませて、罠を作りながら行動を制限させての討伐か、どちらにしろ取れる手段が限られている。


「アラン、朱厭(しゅえん)は知ってるか?」

「はい、この辺に出てくる魔物は一通り学びました」

「よし、じゃあお前が隙を見て討伐しろ。俺が隙を作る」

「え、あ、ベスおばさんは……?」

「守りながらだ!ついてこい!」


 エリザベスは舌を噛まないように口をつぐんでいた。目が回り吐き気を感じるが、それは目をつぶり逃そうとし、落とされないようにライリーの首に両手を回し、必死にしがみついている。ただ片手だけで抱き上げるライリーの安定感に感謝しかなかった。


 そして一度方針を決めたライリーの動きは早かった。


 魔法で身体能力を上げ、朱厭(しゅえん)に追いつく。朱厭(しゅえん)の行動を制限するため、威嚇攻撃を行う。さらにできるだけ力を削ぐために、無理のない範囲で手傷を負わせるように適度な攻撃も行う。


 朱厭(しゅえん)は素早く木から木へと渡り歩く。酸の唾液を飛ばし、ライリーと距離をとり逃げようとする。


 朱厭(しゅえん)には使命があった。そのため死ぬわけにはいかなかった。


 魔物(同胞)達を狂乱させ、人間の集落を壊滅させるという使命だ。まだまだ始まったばかりの宴には自分が必要である。仲間も潜ませて宴を盛り上げようとしているが、自分ほど上手く盛り上げられない。早く大宴会にしたいが、運が悪く何故か見つかってしまった。


 朱厭(しゅえん)は頭が良い。


 相手が何故かこちらの動きを牽制するだけで、大きく攻めてはこない。だから朱厭(しゅえん)も逃げの一手に出た。距離を取り立て直そうとした。懐に入られずに距離を稼げるように。慎重に動いていたつもりだった。



***



 『英雄』


 叡智に優れ武器もオールマイティに扱える、何事にも卒なくこなす超人。


 アランにはそんな自覚はない。皆も同じだと思っていた。拾われるまでアランは自分が『英雄』などとは思ってもみなかった。『英雄』であれば、妹にこんな惨めな思いはさせなかったはずだからだ。


 剣も槍も魔法も、どれも一定以上、天才といわれる領域まであっという間に上達してしまう。


 座学も苦労することなく、一度見て覚え、実践にも使えるようになる。


 弱点といえば経験不足からの引き出しの少なさだった。それも時間が解決するであろうことだった。


 そのアランがいま特に得意としているのが弓だった。弓であれば短弓でも長弓でも、自信を持って的にあてることができる。だからアランは木の影に身を潜め弓を引き、ただその一瞬を待つ。待つことは苦ではなく、息を潜め気配を限りなく消していた。


 朱厭はライリーに夢中になっており、アランには気づいてなさそうだった。さらに攻撃に出ることはなく、牽制と逃げに徹しているように読めたので、アランには朱厭の次の動きがイメージできた。


 朱厭がライリーに牽制し身を翻そうとした瞬間、アランが矢を射た。


 その矢は正確に朱厭の頭を貫いた。


 

***



 ライリーの牽制に見事はまり、朱厭はアランに打ち取られた。


 その瞬間、狂乱していた魔物達が動きを止め、徐々にその姿を森の奥深くへと消していった。


 ただ朱厭に関しては、一瞬魔法陣が展開したと思ったら、その姿を泥のように溶かした。そしてそれは染みのように大地に浸透し瘴気を放ち始めた。


「まじぃな。瘴気だ。溜まりができるぞ」

「と、とりあ、えず、おろ、して」

「ふらふらな状態で降ろせるか。気持ちも悪いんだろう?瘴気溜まりもあるしこのままだ」

「ベスおばさん、ライリーさん、大丈夫ですか?」


 朱厭にとどめを刺したアランが駆け寄ってきた。


「うわっ何これ……」

「瘴気溜まりだ。朱厭に誰か仕掛けたな。普通はこんなんなんねぇからな」

「罠みたいな?」

「ああ、朱厭が死んだ後に発動するようにしていたんだろう。人為的だな」

「あ、ん?そっか!……もしかして、このスタンピートそのものが?」

「だな。やらしいやつだな。目的も何もわからんけど。まぁ、それはお偉いさんに任せて、瘴気(これ)どうすっかなぁ」


 めんどくせーと呟いて空を仰ぐ。


「エリス呼びますか?……たぶんベスおばさんの話によると聖女……なんですよね?」

「おい、本当にお前のギフトは当たるのか?魔王見習いと見間違ってないだろうな!?」

「そこまで言われると、自信がなくなるけど、聖女って見えたし、あたりハズレもよくわからないから、なんとも……」


 そこでライリーとアランが気配を感じ、勢いよく振り向くと、そこには今噂されたエリスとメグが来ていた。


「おい!!メグ!お前何やってんだ!ガキ連れてきてんじゃねぇ!」

「違うわよ!一人で来ちゃいそうだったからついてきたのよ!」

「クエスト失敗扱いになんだろ!?アランの等級あげられねぇだろう!!」

「私じゃなくてエリスに文句言ってよ!!」


 エリスはエリザベスの元へ行き、そっと回復魔法をかけた。


「ベシュおばしゃん、だいじょうぶ?」

「ありがとう、気持ち悪いのが良くなった」


 頭を撫でるとくすぐったそうに笑うエリスが、とても可愛く、何故魔王とかその見習いとか言われるのかが、エリザベスにはわからなかった。


「エリス、何でここに来たの?危ないから来てはダメって言ったはずだよ?」

「うぅ、だって、だって、ベシュおばしゃんのことしんぱいだったの……。ごめんなしゃい……」

「エリス、大人はね子どもが宝物なんだよ。まだ小さい貴女には難しいかもしれないし、納得できないことも多いかもしれないけれどね」

「うん……」

「危険な目にあって怪我でもしたら私泣いちゃう。もちろん、アランとライリーもね?」

「うん………きをちゅけるね」

「はい、今日は来てしまったから仕方がないけど次はだめだよ?」

「うん!」


 話が終わるとエリスは、瘴気の方を見て、


「ねぇねぇ、あれどうにかしたほうがいい?」

「えっと……、ライリー、どうなの?」

「できるなら何とかしてもらいてぇな」


 すでに大地を溶かし始め、毒を含んだ小さな沼地が出現していた。

 

「エリス、大人である私がこんなこと言うのはおかしいんだけど……。これ、貴女しか何とかできないみたい。何とかできる?」

「ベシュおばしゃんのためなら!!」


 エリスが、胸の前で両手を組み目を瞑ると、両手の間から光が溢れてきて周囲を覆い尽くした。


 

***



「本当、あのマセガキには騙された……」


 そう言って机に突っ伏したのはメグ。ギルド長にこってりと縛られ、命令違反による一ヶ月の減給と今回のレポートの提出を求められた。幼いエリスを現場に連れて行ったことに対しては、結果を鑑みてなかったことにされた。


 進まないレポートを前にくだしかまかないメグに、横からアランが謝罪をした。


「本当にメグさんにはエリスが迷惑をかけてしまい、申し訳ありませんでした」

「謝らなくていいのよ。メグと私はギブアンドテイクで同盟を結んだのよ!」


 進まないレポートはエリザベスが横から回収し、料理の乗った大皿を並べていく。


「とりあえず、食べようか?ライリーの奢りだよ!」と、エリザベス。

「ライリーさん、ありがとうございます!」アランが声をかけ、「ライリー、エリザベスの前では太っ腹ね!」メグもそれに便乗する。


 ただ、エリスは違った。

「あら、私だって負けないわ!稼げるようになったらベスおばさんには素敵なアクセサリー贈るわ!待っててね♡」

「お前が稼げるようになる頃には全て終わってらぁ。残念だったな」

「ライリーは大人気がないわね。私みたいな子供に意地の悪い」

「おめぇは生まれたのは数年前かも知れねぇけど、中身はどっかの親父だろ?おやじが幼女に生まれ変わる!!うけるー!!」


 そう言ってげらげらと笑い転げるライリー、怒り狂いライリーに本気の呪いをぶつけようとして、アランに止められているエリス。


 今後もこんな毎日が続くのかなー、とエリザベスはそっとため息をつく。エリザベスは幼く拙い話し方をするエリスが、ある日突然、『ベスおばさんに嘘つくのやめる。私もう普通にお話しできるのよ』と、にっこり微笑んだときのことが忘れられなかった。アランやライリーは、驚く様子もなくいつも通りにしていたので、知らなかったのはエリザベスだけのようだった。そしてエリスが猫被りを止めた途端、ライリーとの諍いが表面化したのだった。それも日常的に。エリザベスは思う、きっと何らかの決着がつかない限り、二人はしょうもないことで争い続けるのだろうと。


 その予想通り、勇者(ライリー)聖女(エリス)の諍いは今後も続くのだった。


 英雄(アラン)が仲裁に入ろうとしても、二人の耳には届かずヒートアップ。事務員(エリザベス)がその光景をぼんやりと見て、面倒臭いからなかったことにしようとする。その度に英雄に縋られて、勇者と聖女によくわからない二択を迫られる。


 これが事務員(エリザベス)の日常。


 ただ、もう少し静かに暮らしたいと願う毎日だった。




読んでいただきありがとうございます。

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