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よろしくお願いします。

 ライリーがエリザベスの日常に加わるようになり、静かで落ち着いた日常は一気に賑やかなものとなった。ライリーは最近よくエリザベスの元に来るようになっていた。エリザベスはそれを、アランとエリスのことを庇護している自分が気に食わなくて牽制しているものだと考えていた。


「最近、長期の依頼は受けないんですか?」

「ああ、二人がいるからな」

「私がいるから安心して。ほら、これやりがいがありそうでしょう?」

「……辺境の地で貴方も稼ごう!永久就職大歓迎、報酬下限保証、出来高制、衣食住完備………いかねぇぞ」

「強い人達が多いと言われる辺境に行かないなんて。もったいないですね。腕試ししたいとは思わないんですか?」

「もうそんな年でもねぇし。ここに落ち着きたいんだよ」

「まだまだお若いのにそんなこと言ったら、これからどうするつもり?」

「年甲斐なく気張ってもしゃあねぇなと気づいたからな」


 そして今日も繰り返されるエリザベスからの『お前さっさとどっかいけよ』という依頼のご案内。鈍感力が冴え渡るライリーとの噛み合わないやりとりは、どこか毒気を抜かれてしまうものでここ最近の冒険者ギルド内の名物となっていた。ただそれを面白く思わない者達もいた。


 遠くから聞こえてくるささやき声(悪口)


「ほら、またあの受付のばばあがライリー様に言い寄ってる」

「自分の歳を考えろって」

「もててるって勘違いしてるんでしょう!?おばさんが」

「確かに。勘違いばばあは見苦しいわね」


 地味にダメージを受けているこの攻撃もライリーを追いやりたい要因の一つだった。ライリーが来るまでは、彼女たちとも冒険者と受付との関係のみで特に何もなかったはずだった。そしてエリザベスとしては、こんな醜いところをアランやエリスには見せたくなかった。


「気が重い……」

「渦中の受付嬢ベス。お願い。私の書類整理手伝って……。辛い……」


 そこへ同僚のメグが声をかけてくれた。彼女は裏方の書類整理が苦手でいつもエリザベスに助けを求めていた。エリザベスも今回はこれ幸いとその誘いに乗った。


「統計だすの嫌いよ……ハハ」

「それ知ってるからギルマスも貴女に回すのよ」

「得意な人とか好きな人に回したらいいのよー!私は依頼の適正調査とか後片付け(そうじ)のほうが好き……。外回りの仕事がいいのよー!」

「ローテーションだからね」


 受付以外にも彼女達の仕事は多岐に渡る。依頼が適正なものか、支払いの保証確認、依頼が長引いた場合の調査、救出作業、後片付け、その後の統計を出してダンジョン出現予想やスタンピートの確定作業も行う。時には冒険者に協力してもらったり、逆に協力したりしながら作業を進めていく。エリザベスは特殊能力(真実の姿がわかる)はあるが、戦う手段はないため、冒険者と組むか戦闘にならない作業を担うことが多かった。エリザベスに助けを求めた彼女は、元々ソロで活躍していた腕のいい冒険者ではあったが、怪我のため引退しギルドでの仕事を担うようになった。


「あ、ベスだ。メグもちょうど良かった。これ見てほしいの」


 そこへ同じ作業をしていた同僚から声をかけられて覗き込むと、そこには冒険者達が討伐依頼を達成した記録が地図に書き込まれていた。


「気のせいかもしれないけど、魔物の出現率とレベルがあがっているのかなーっていうのと……、ちょっと近づいてるのかなーっていうのがあるのよね」


 街の周りにはほぼ魔物は現れることはないが、確認するとゆっくりとではあるが、街に近いところに出てきている回数が若干多くなっているのと、対応している冒険者のランク、人数が日が新しくなるほど高く、多くなっていた。


「うーん、でも気のせいと言われたら気のせいかもしれない動きですね……。ダンジョンは大体集中するから、この動き方だとスタンピート?」

「こういうのは現場のほうが何となく空気を感じるのよ!ちょっとー!ライリー!!」


 すっかりエリザベスの他の同僚達とも仲良くなったライリーは、こういうときに良いように使われるようになった。


「ねぇ、なんか最近魔物?変な感じする?」

「あぁ?変な感じ?」

「そう、んー、スタンピートおこりそうとか?」

「……あー?あ?あー。言われてみりゃあそうかな?魔物が少し荒っぽい気がするなぁ」


 ライリーと遊んでいたアランとエリスもいつの間にか来ており、一緒に机をのぞいている。


「すたんぴーと?」

「たくさんの魔物が暴れちゃうことだよ、エリス」

「ふーん、でももうおこってるよね?」

「これから起こるかもしれないと話をしているんだよ?」

「ううん、おこってるよ?いまはちいさいだけ」


 こーんなのよ、と親指と人差し指で教えてくれよとしている。


「エリス、それは本当?」

「うん!ベシュおばさん、ほんとうよ。とおくにいるけどすぐここにくるよ。にげたほうがいいのかな?」

「エリス、地図だとどこかわかる?」

「えっとねー、ここかなー?」


 今いる街からはまだまだ遠くの森深い場所をエリスは指差した。そしてそこから少し街に近い湖の方に近づいていると。


「おい、ガキの言うこと信じるのか?」

「エリスよ。私は信じてもいいと思ってる。状況証拠ばかりだけど……」

「じゃあひとまずは調査よー!!本格的なスタンピート発生前に立ち会えるなんて……。ギルマスへの上申書やっとくね!」


 メグは自分が調査に行きたいがために、少々書類に尾鰭や背鰭をつけなおかつ、どこにも不備なく怪しくないように作成した。通常ならば確実な証拠がないと動かないのだが、スタンピートともなると一度起こることで被害が尋常ではないため、状況証拠しかなくとも動くことをギルマスは決めることが多かった。今回も確実な証拠がないものの、調査をすることを決定したが、調査人数は最小の3人。そしてそれはギルマスからエリザベス、ライリー、そしてアランの三人が指名され、メグは統計を取れと追伸がついてあった。



***



 彼は気づいたら一人だった。


 似たような保護者のいない子どもが集まってきた。彼はその中でリーダー的な役割をいつの間にか担っていた。彼は頭は決して良くはないが、勘が鋭く、腕も立ち、面倒見も良かった。彼らの思いは一つ、『両親以外の大人は信用するな』。彼らが身をもって知った社会を生きる術である。


 だから大人は彼の狩りの対象だった。


 そのまま彼は大きくなった。そして彼はもう一つ真実を知った。金があれば人は寄り付き、弱者を見捨てる。


 冒険者になった彼は、駆け出しの頃は子ども時代の仲間達と一緒にクエストをこなしていったが、徐々に仲間たちと折り合いがつかなくなった。彼は自分と同じような子ども達を守りたかった。仲間達はそれを切り捨てた。それだけの違いだった。彼は稼ぎを子ども達のために使った。仲間達は、湯水のように使い、ある日身の丈にあわない高ランククエストをギルドの静止も聞かずに受け、そのまま帰らなかった。


 袂をわかってからしばらく経っていたから、涙は出なかったがやはり悲しくなってしまった。


 その悲しさを埋めるため、より一層クエストをこなした。


 金は十分にあった。女も勝手に寄ってくる。何もせずとも欲は満たされた。色々言われていたが何も気にならなかった。ただ何故かいつも飢えていた。


 最近は子どもも保護されるようになり、自分自身の子ども時代のようなひどい状況ではなくなり安心はしているが、やはり街角にうずくまっている子どもを見かけた。最近も痩せこけた兄妹がいて、その世話をやいていたが、請け負ったクエストが思いの外長期となり、帰ってきてみれば二人はどこにもいなかった。


 まさかと思い探すとすぐに見つかりホッとしたが、なぜか無性に腹がたった。今思えばその感情は悔しかったのかもしれなかった。感情の赴くまま怒鳴りつけるが、相手が冷静に対応し子ども達まで都合の悪い事実を言いつける。完敗だった。


 あっさり引き下がるのも嫌だったから、夕食だけでも皆で食べようと提案した。嫌な顔をされたが構わなかった。


 彼女は自分が二人にやってあげたかったことをすっかりやり遂げており、二人はすっかり小綺麗になっていた。悔しかったが、こればかりはどうしようもなかった。


 エリザベスとアラン、エリス達と過ごす生活は、ライリーの人生の中で、最も有意義な時間だった。最近は特に、自分には縁のなかった家族とはこんなにも暖かいものなのかと考えるようになった。今まで何をしても消えることのなかった飢えはなくなり、心の中が少し暖かくなっていた。そして何故かエリザベスに会うたび、何とも言えない喜びに満たされることが多くなった。彼女に褒められることが今は一番の楽しみだった。彼女が自分に向けてくれる笑顔が何故か嬉しく、それをもっと見たいという欲求と、誰にも見せたくないという仄暗い思いを抱えるようになった。


 こんな気持ちは初めてだった。


 そして考えた。自分を含めた四人の未来を。その未来は明るく美しかった。その未来のために何をするべきか。


 少し大きい家を買った。


 今まで地に足がつくような生活をしてこなかった。まだまだ現役だし、蓄えはたっぷりあった。少し自分の生活を見直してもいいだろう。エリザベスやアラン、エリスとの時間を作りたい。いや、エリザベスとの時間がもう少しだけ欲しい。残りの二人は少々邪魔だが、そこはなんとでもなるだろう。エリスが鬱陶しいこともあるが、アランが非常に空気を読んでエリスを宥めることが多かった。


 彼は自覚していなかった。自分の心を。ずっと一人だったライリーには、その感情の名前も知らなかった。知る機会がなかった。そしてしばらく時間が過ぎてから、遅く来た初恋を指摘したのはアラン、バカにしたのはエリス、酒の肴にしたのはエリザベスの同僚達だった。

 



読んでいただきありがとうございます。

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