君の常識では、だろう
GL表現少しだけあります。お気をつけください。
廊下に出ると、アーノルドが待っていた。
先ほどの王子さま衣装とは違い、物語に出てくる騎士のような格好だった。
黒い制服に金髪が映えて、とてもイケメンである。
「驚いた。綺麗だね」
ふわりと微笑まれる。
聞き慣れない褒め言葉に、顔が干上がった。
支度は大変だったし、恥ずかしいけれど、ちょっと嬉しい。
エスコートも戸惑ったけれど、郷に入ったら郷に従えと言う。
見様見真似でも何とかなるだろう。
「……クレールさんのことは、いいのですか?」
「ああ、大丈夫だよ」
眉をひそめると、アーノルドがクレールをちらりと見た。
フィリアもつられて見ると、クレールさんはアーノルドと同じ制服を着た騎士の方に、熱烈に口説かれていた。
……大変様になる光景である。
「えっ、ちょっ、クレールさん取られますよ!?」
「問題ないよ」
「ありまくりますけど!?」
アーノルドは楽しそうに笑っていた。
お貴族さまはよく分からない。
フィリアの周りでは、結婚とは一人とするものだったし、一生その人だけを愛するという誓いでもあった。
愛して、愛されて。
平凡な幸せを噛み締めて、苦難を共に乗り越えて。
フィリアはそんな結婚に、憧れていた。
「フィリア、結婚式はどんなふうにしたい? 教会にする? それとも屋敷がいいかな? ああ、王城の大広間もいい」
「アーノルドさま。私、」
「その話は今しなきゃいけない?」
「ええ、少なくとも架空の結婚式の話よりは、ずっと。――私は、貴方とは結婚できません」
「フィリア。僕は自慢じゃないが、婿候補の中では一番条件がいいと思うよ。顔もいいし、お金もある。地位も高いほうだ。何より、君を愛している。君がどれだけ変わったって、ずっと愛する自信があるよ」
「私に愛はありません」
「これから育んでいけばいい」
「大体、誰かを愛している人は、二人もお嫁さんをつくったりしないんです!」
「君の常識では、だろう」
「そ、んな言い訳をよくも――」
「まあ」
いつの間にか横にいたクレールが柔らかい驚きの声を出す。
頬を突かれたフィリアは、む、と押し黙った。
「フィリアさんはアーノルドさまのことが好きなんじゃないの?」
「……そんなんじゃないです」
「でも、アーノルドさまはフィリアさんのことが大好きなのよ?」
「……クレール。今、大事な話してるから、後で」
「アーノルドさまはそれだから駄目なんですわ! 気持ちも伝えられず、初恋の人を射止められるとお思いなの?」
「クレール」
「わたくしのことも愛してくれなきゃイヤなのに」
「……クレールさんは、夫が新しい女を連れてきて、嫌じゃないんですか?」
クレールは、確かにアーノルドを愛しているように見えた。
確かに今はそこの騎士に口説かれていたけれど――それでも、恋する乙女のように見えたのだ。
なのに、クレールはコロコロと笑った。
「まあまあ。なんて可愛いらしいことを仰るのかしら。わたくしは、何人連れてこられても構わなくてよ。わたくしをちゃんと愛してくれるなら、ね」
「え……」
フィリアは宇宙を背負った。
知らない世界を、いや、知ってはいけない世界を見たような気持ちになったのだ。
だからだろうか。
言うはずのなかったことまで、口から飛び出してしまう。
「き、貴族社会では、男性は何人とも結婚できるんですか? 妻は文句も言わずに?」
上流階級の闇に、触れてしまう。
フィリアの疑問は、きっと、抱いてはいけない種類のものなのだろう。
「ええ。そうね」
「そん、な、のおかしいじゃないですか……? クレールさまは寂しくはないのでしょうか? っていうか、それならクレールさまだって夫をいっぱいつくったってい」
「もちろん、いるけれど?」
(?)
フィリアはぽかんとした。
言葉がうまく頭に入って来なかったのだ。
「わたくしにはアーノルド含めて、三人の夫がいるわ。ほら、この子もよ。後は、今はアトリエに籠っている画家の子ね」
クレールは、先ほど熱烈な求愛をしていた騎士に腕を絡ませて、顎をくすぐる。
騎士はくすぐったそうに目を細めた。
(ああ。あれは口説いていたのではなく、妻を褒めていたのね)
謎に冷静な分析は出てきたが、論点はそこではない。
「あなたも他に素敵な方が出てきたら、求婚するといいわ」
「フィリアは僕に夢中だよ」
「あなたの片想いに見えますわよ。……ああ、なんならわたくしが立候補しようかしら」
「ちょっ、君は女性もイケるのかい?」
「愛に性別なんて関係ないもの。それに、アーノルドさまはいつになったらわたくしを愛してくださるの?」
突っ込みどころが多すぎる。
ちょっと情報処理が追いつかない。
この状況で『婚約しない』なんていくら喚いたって無駄な気がするし、とりあえず話を反らしてしまおう。
えっと、一番無難な話題は……。
「あの、アーノルドさまはクレールさんを大切にしているように見えますけど……」
「大切にされるのは当たり前よ。夫なんだもの。わたくしはそれじゃ足りないの。――朝昼晩に五回は『ああ、僕の可愛い子猫ちゃん。なんて輝く美貌なんだ。見惚れてしまうな』と言ってくださ」
「それは止めてくれと何度も……」
アーノルドが突っ伏して顔を赤らめている。
自分が言うところを想像したのだろう。
確かに『僕の可愛い子猫ちゃん』は恥ずかしい。
「けれどね、言われたらそれはそれは嬉しいものなのよ。ほら――
『今日は一段とお洒落なのね。妖精が湖で春の調べを詠っているかのような色合いに、金髪がよく映えているわ。ふふ、可愛い。
それに――この縞瑪瑙のイヤリング。もしかして、わたくしの色かしら。よく似合っているわ。さすがわたくしの可愛い子猫ちゃんね』」
いきなりフィリアにハグをし、耳元で囁かれる。
美女だけど、イケボな声に思わず頬を赤らめた。
「効果あるでしょう?」
「なん……だと………ッ」
アーノルドが愕然としている。
僕にはあんな顔したことなかったのにとかぶつぶつ言っているが、そりゃあ自称幼馴染の誘拐犯相手に照れたりしない。
後、イケボと聞き慣れない美辞麗句に耳がやられているだけなので、絶対に真似しないでほしい。
「あれ、入らないの?」
わちゃわちゃしていると、後ろから声がかけられた。
使用人が扉を開け、背中を誰かに押される。
「全くもう。お腹空いてるんだから、とっとと席に着いてよね」
「あなたが一番最後ですのよ? スージー」
「扉の前はカウントされないんですー。あ、そういえば、君がアーノルドの初恋の君? こんにちは。アーノルドの二番目の嫁、スザンナだよ。気軽にスージーって呼んでね」
「ふぃ、フィリアです」
「それで? 何の話してたの?」
「アーノルドさまがヘタレだって話をしていましたのよ」
「あー、ね。それはもう持ち味みたいなもんじゃん?」
「努力不足を性格のせいにしてはなりません」
すごい。
女子校だ。
フィリアは場の空気に取り残されていた。
この場にはアーノルドの他にクレールの夫の騎士もいる。
だが、アーノルドと仲が良くないのか、元々無口なのか、興味がないのかは知らないが、全く喋らないのだ。
よって、この場では数の有利により、圧倒的にクレールとスザンナに空気を持っていかれているのである。
アーノルドが気にしていないところを見ると、いつもの光景なのだろう。
ザ・女所帯といったところだ。
修道女のみ在席が許可される専門の教会学校に淡い憧れをもっていたフィリアは、少しわくわくしていた。
異世界にもイケボという概念はあると信じている。