プロローグ
いつもと何も変わらない、晴れた日のことだった。
片田舎の牛舎に、突然王子様のようにキラキラした青年がやってきた。
場違いすぎて意味不明な光景に宇宙を背負っていると、手を差し出される。
立ち上がれということだろうか?
「迎えに来たよ、フィリア」
意味不明な言葉に、呼んだのは……私の名前?
「えと、人違いですよ」
とりあえずそんなことを言ってみる。
この村には、『フィリア』は私しかいない。
けれど、こんな綺麗な青年は私の知り合いにいない。
私が知っている男性なんて、村の幼馴染に、近所の畑にいるホーントさんと、牛乳を引き取りに来てくる十歳になったばかりの男の子、それに男の子の雇い主であり、取り引き相手であるジーンさんだけだ。
「……フィリアは覚えてないの? 僕が昔ここに彷徨い込んだときのこと」
「……残念ながら?」
幼馴染なのだろうか?
本当に覚えがない。
まあ小さいときのことなんて、覚えてないことのほうが多いけど。
黙り込んだ青年を横目に、牛の乳搾りを再開する。
何かを考えてるのを邪魔するのも気が引ける。
そもそも、今日は早く終わらせて家に帰りたいのだ。
夕ご飯がご近所さんに分けて貰ったミネストローネスープなのである。
「……それでもいい」
「え?」
「一緒に行こう。世界を変えてあげる」
熱々の豆スープに涎を垂らしていたら、青年が動き出した。
「ああ、言い忘れた。君のことが好きだよ。ずっと、これからも」
『ずっと、すきだから』
青年の意味不明な歯の浮くようなセリフに、何故だか幼い子供の声が重なる。
フィリアは目を白黒させているうちに、豪奢な馬車に放り込まれて連れ去られてしまった。
牛の世話は専門のスタッフが引き継いでいます。