【サアラ参戦】
「駄目に決まっておるだろうが!!」
出兵の是非を決める会議の席で「自分も遠征軍に加えて欲しい」というサアラの動議は、当然ながらエドルにより却下された。
だがサアラにとっても、これは予想通りの展開であるため、全く動じない。
「どうして駄目なのですか?」
「そのような事、決まっておろう。お前は私の娘で、しかもアムロード家唯一の後継者でもある。そのような立場の者が危険な戦場に赴く事を許す親がどこにいるか?」
「別に最前線に出たいというのではなく、ちょっと見に行くだけですわ。お父様は心配し過ぎなのです。」
「馬鹿を申すな!・・・いいか、お前は戦争というのがどういうものか全く理解していない。物見遊山にでも行くつもりか!?」
「物見遊山などではありません。」
「では何のためだ?」
「アムロード家の後継者として、実際の戦場を見る事が大切と考えたからです。」
「それは将来戦場に出る可能性がある者がやるべき事だ。」
「それでしたら私ももう17歳、初陣を飾っても何の不思議もございません。」
「女子に初陣などあるか! 馬鹿者!」
議論は全くの平行線であり、諦めそうにないサアラに困り果てたエドルは、彼女の向かいに座っていたマクミラン卿に助けを求める。
「アーサー、お前も黙っていないで、この馬鹿娘に何か言ってやってくれ。」
「そうですなぁ、されば申し上げます。」
「うむ、頼むぞ。」
「まず姫様の馬術は、下手な騎兵では到底太刀打ちできない域に達しております。また弓の扱いにおかれましても、絶対的な膂力が必要となる強弓こそ使いこなす事は出来ませんが、それ以外、特に命中精度につきましては天賦の才をお持ちかと存じます。」
「こ奴の武芸を褒めてどうする! 火に油を注ぐようなものではないか!」
「しかし私に何か言えと申されたのはお館様の方ですぞ。」
「儂は諫めろと言ったのだ!」
「左様でしたか。それでは姫様にはこの際グリーンヒル砦までおいで頂き、そこから戦場をご視察されるというのはいかがでしょうか? 堅牢な砦の中であれば身の安全は保障されたようなものですし、さすれば姫様も満足されるでしょう。それにアムロード家の人間として、戦場の何たるかをご自分の目で確かめられるのは、姫様にとって決して無駄ではございません。」
マクミラン卿の提案から暫くの間、無言で考え込んだエドルは、苦虫を嚙み潰したような顔で譲歩する。
「・・・分かった。アーサーと共にグリーンヒル砦に行く事だけは許してやろう。」
「本当ですか? お父様。」
「儂の許しも得ずに勝手に行かれたら目も当てられんからな。ただし!遠征中はアーサーの指示に大人しく従い、決して無茶をしない事。いいな!」
いつもは落ち着いている常識人のサアラが時に暴走する事を良く知っているエドルは、娘にくぎを刺す事を決して忘れなかった。
「もちろんですわ、お父様。今まで私がお父様の言いつけに従わなかった事などありましょうか?」
ニコニコ顔で返答するサアラを見つめるエドルに全く笑顔は無い。
「数限りなくな。」
「いやですわお父様。確かそういう事も何度かあった気がしますが、いずれもやむを得ない事情があったはずです。」
「それについても言いたい事は山ほどあるが、とにかく此度の行先は戦場だ。今までとは訳が違うのだ。」
そう言うとエドルは末席に控えていた初老の男に声をかける。
「アルフレッド、お前は遠征中、常にサアラの傍にいて面倒を見てやれ。この馬鹿娘が暴走しないようにな。」
「承知しました。私めが命に代えて姫様をお護りします。」
早くに母親を亡くし、父も不在がちだったサアラにとって、アルフレッドは育ての親とも言える存在だ。
彼は数々の戦をくぐり抜けた歴戦の勇者であり、幼いサアラに乗馬や弓の手ほどきをしたのもアルフレッドである。
「ありがとう、お父様。爺が一緒なら安心だわ。」
サアラの言葉は本心からのものだった。
一方『周りのいう事を聞く』というサアラの約束を鵜吞みにしていないエドルは、アルフレッドに加えてアムロード家から選りすぐった一騎当千の強者たちをサアラの直属部隊として遠征軍に加えた。
彼らの任務はレラン高原の防衛ではない。サアラの警護である。
こうしてどうにかエドルの許しを得たサアラの「参戦」が決定した。
次回「面会Ⅰ」は、10月16日(月)20時頃に公開予定です。




