【秘密会談】
国王の執務室を退出したアランは、扉の外に待たせていた次席秘書官に指示する。
「ジョセフ、グリーンヒル砦に早馬を出せ。戦の準備をせよとな。開戦は10日後だ。」
「はい、直ちに」
ジョセフは青ざめた顔で早馬を準備するためにその場を立ち去った。
砦の方には連絡を出せば済む話だが、戦いの主力となるべきアムロード家の方は単純に連絡だけで済まないのは明らかだ。
『書状ではこちらの意図が正確に伝わらない恐れがある。それに何より書状を作成する時間が惜しい。アムロード卿に直接会って話をすべきだな。』
アランは別の部下にエドルの所在を確認させる。
「すぐにアムロード卿を探せ。もし王宮に残っておられたら何としてもお引き留めするんだ。」
「承知しました。」
運良くエドルは王宮に残っており、すぐに見つかった。
アランは王都屋敷に帰ろうとしていたエドルを別室に案内し、緊急の会談が始まった。
「まずはこれをご覧ください。」
アランはつい先ほど国王が床に叩きつけた親書をエドルに手渡した。
「これは・・・!」
親書に目を通したエドルの顔色が一変する。
やがて親書を読み終えたエドルはゆっくりと顔を上げ、アランに事実を確認する。
「筆頭秘書官殿、これはデール公国より国王陛下に宛てた親書ではないのか?余人が勝手に中を見て良いものではあるまい。」
「本来はその通りです。」
「では何故儂にこれを見せた?」
「アムロード卿を信頼して特別にお見せしました。」
「質問の答えになってないぞ。」
「私があえてこれをお見せしたのは、こちらに隠し事が無い事を卿に信じて頂くためです。」
「そうか・・・しかし親書の中身から見て、相手はこちらと交渉する気など最初から無いな。これはどう転んでも戦争になる。」
「ご拝察の通りです。もはや時間がありません。10日後には戦争が始まっている事でしょう。」
アランは一度深呼吸すると本題に切りこむ。
「アムロード卿、ミス・アムロードに対するここ最近の王家の振る舞いについてお怒りは多々あるかと存じます。しかしながら外敵に対しては、国内が一致団結しない限り退ける事は困難です。この際、アムロード家が率先して前回同様に出兵される事で、王国貴族の範を示して頂けないでしょうか。」
それを聞いたエドルの反応は、予想通り冷たいものだった。
「同様と申されるか・・・王家が先に『同様』でない事をしておきながら、当家にのみ『同様』を求めるというのだな?」
「今までの経緯を考えれば、これが虫のいい話である事は十分理解しております。しかし戦いに慣れているアムロード家の存在無しに、デール公国に立ち向かうのは無謀というもの。卿のお力添えが何としても必要です。どうか王国の要として責任の一端を引き受けてはいただけないでしょうか。」
「・・・なるほど確かに貴公が言われる通り、王国貴族は外敵から国を守る責任がある。しかしその責を負うべきは何も当家だけとは限らないと思うのだが如何かな。此度の戦について当家が出兵する事はやぶさかではないが、その規模についてはリンデンバーグ家やブルーム家と『同様』にするというのも選択肢の一つだ。」
「お待ちください! それでは王国の勝利が危うくなる事は、卿が誰よりもご存じのはず。もちろんただとは申しません。国王陛下におかれましては、アムロード家が今まで通り出兵されるのであれば、ミス・アムロードの行動制限を解くと仰せです。」
「・・・・・・」
切り札を切ったアランに、もはや手札は残っていない。
彼にとって胃が痛くなるような沈黙の時間が続いた。
『駄目か・・・』
アランが諦めかけたその時、沈黙を破ったのはエドルの方だった。
「筆頭秘書官殿、話は承った。だが当家では軍を動かす前に家中の主だった者を集めて軍議を開く。故にこの話、儂の独断では決められん。軍議の結果をお待ち頂こう。」
アランはエドルが王家の要請を拒絶しなかった事に胸をなでおろした。
もしこの場でエドルが要請を拒絶すれば、王家とアムロード家の対立は決定的になる。
それは戦争を目前に控えたクロスリート王国にとって最悪のシナリオだった。
とは言えエドルは軍議を開くと言っただけで、まだ本格的な出兵が決定したわけではない。
アムロード家の意思決定を待つ必要がある。
「承知しました。ただ時間が無い事だけはお忘れなく。」
「分かっておるわ、何日も待たせるつもりはない。軍議は今日にでも開く。」
エドルはそう言い残すと部屋を出て行った。
『こちらとしてやるべき事はやった。後はアムロード家の一存にかかっている・・・』
アランは祈るような気持ちで王都屋敷に帰るエドルを見送った。
次回「軍議」は、10月14日(土)20時頃に公開予定です。




