【親書Ⅱ】
デール公国からの親書は要約すれば以下のような内容であった。
一 クロスリート王国が不当に占拠する公国領土から、10日以内の撤退を要求する。
ニ もしこの要求が受け入れられない場合、公国軍は実力をもって領土を開放する。
一で示された「クロスリート王国が不当に占拠する公国領土」とは、レラン高原の事を指している。
この親書の意図は要するに「レラン高原にある王国の軍事拠点であるグリーンヒル砦を10日以内に放棄せよ。さもなくば砦を攻め落とすぞ」という一方的な宣言だ。
これは事実上の宣戦布告である。
「おのれデール公国め、性懲りもなく!」
親書を読み終えた国王は怒りのあまり、親書を床に叩きつけた。
彼は怒りに唇を震わせながら王室筆頭秘書官のアランに命令する。
「すぐにエドルを呼べ! 対処は奴にやらせる。」
国王は自身が戦場に行く気などまるで無く、責任の全てをエドルに丸投げするつもりだ。
「承知しました。ただし今回ばかりはアムロード卿が素直に出兵要請に応じるかは疑問です。」
「何故だ? 戦時に国を護るは貴族の義務ではないか。」
「まさかお忘れではないでしょうが、ミス・アムロードの追放を行った王家はアムロード家の心証を大いに害しました。そうでなくても過去数十年、戦争でのアムロード家の負担は他の貴族に比べて突出しています。」
「向こうの心証など知った事か! アムロード家は三侯の一員なのだ。当然だろう。」
「いえ、比較対象を三侯に絞ったとしても、他国との戦争におけるアムロード家の貢献度は他の二侯とは比べ物になりません。リンデンバーグ家とブルーム家は、毎回申し訳程度の兵員しか出しておりません。」
「彼らは領地貴族ではないのだから仕方なかろう。」
「それでも戦争においてアムロード家の負担が突出しているという事実は変わりません。しかもレラン高原はアムロード家の領地からは遠く離れた、いわば縁もゆかりも無い土地です。今までは王家とアムロード家の良好な関係があったればこそ、彼らも過大な要求を受け入れてくれましたが、ミス・アムロードの追放をきっかけに、王家との関係が冷え切っている現在のアムロード家が同じ判断をしてくれるというのは、いささか楽観が過ぎるかと存じます。」
「エドルに頭を下げる気は無いぞ! そんな事をするくらいならレラン高原などデール公国にくれてやる! 領土を渡せば戦争は起こらないからな。」
『この方は敵と味方の判別すらつかないのか・・・これはもう本当につける薬が無いな。』
国王のあまりのバカさ加減に内心呆れかえるアランだが、放っておいたら本当に領土を渡しかねないため、仕方なく説得を試みる。
「・・・確かにレラン高原の領有権を放棄すれば、目前の戦は回避できます。ただし戦いもせずに領土を割譲したとなれば、王国はデール公国の属国になったと内外に宣言するようなものです。それに一時戦を避けられたとしても、王国与し易しと見た公国が、更に理不尽な要求を突き付けてくるのは火を見るよりも明らかです。」
「・・・・・・」
不愉快そうに黙り込む国王を見たアランは、頃合いと判断し、話をまとめ始める。
「陛下、相手がこういう出方をする以上、我が国に戦争以外の選択肢はございません。それに陛下がアムロード卿に頭を下げなくても、彼らの協力を得る方法ならございます。」
「何、本当か!? それを早く言え。」
アランの目論見通り、国王はこの話に食いついた。
「ミス・アムロードは既に追放を解かれているとはいえ、王都外への移動は相変わらず制限されたままです。この制限を解きます。」
「!」
「ミス・アムロードに移動の自由を認めたところで、当面王家には何の不利益もございません。しかしながらアムロード家、特にミス・アムロードにとっては大きな利益をもたらします。これは元々ミス・アムロードから始まった話です。取引材料として、これ以上のものは無いかと存じます。」
サアラがランドンへの自由な往来を強く望んでいる事は、ソフィアを通して既にアランの耳にも入っている。
事前にその情報を掴んでいたため、アランはこれがアムロード家懐柔の切り札になると判断したのだ。
「分かった、仕方あるまい。その程度は許してやろう。エドルに頭を下げるよりはましだからな。」
「ご英断、恐れ入ります。」
国王が譲歩した事で、ひとまず最悪の事態は回避された。
ただしここでアランは一つ大きな読み間違いをしている。
彼はサアラに行動の自由を認める事が大きな問題になるとは考えていない。
だが結果的にこれがきっかけとなり、後に誰もが予想しなかったような事態を招く事になる。
次回「秘密会談」は、10月13日(金)20時頃に公開予定です。




