【ソフィアの旅立ちⅠ】
結婚式の二日前、旅立ちの朝がやって来た。
式が終わるまではランストン家の人間であるため、ソフィアはしきたりに従い、ランストン家の馬車で入城する事になる。
そして結婚式が終わればソフィアは王家の一員となるため、里帰り等の特別な場合を除けば、もうこの家に帰ってくる事はない。
ソフィアにとってランストン家は実家にあたるものの、それほど思い入れのある場所ではなかった。
養父母はソフィアに対して意地悪をしたり冷たい扱いをした事は一度も無かったが、本物の親子のような関係を築けたかと言えば、それはまた別の話だ。
ランストン男爵夫妻は養父母としての務めを誠実に果たし、ソフィアもまた養女としての務めを誠実に果たしていたというのが、両者の関係を説明するのに最も適切な表現になる。
ソフィアは男爵夫妻に淡々と別れの挨拶を済ませると馬車に乗り込んだ。
式の準備は全て城内で行われるため、ソフィア自身は身一つと言ってもいいほどに軽装である。
王家からは、少数であれば実家であるランストン家からメイドを連れていく事を許されてはいたが、ソフィアはそれを辞退した。
ランストン家の養女になってから日が浅いソフィアにとって、気心の知れたメイドなど元々いなかったからだ。
ソフィア自身の秘密を守るためという事情を差し引いても、彼女の旅立ちは王家への嫁入りという華やかさからは程遠い、とても寂しいものであった。
一旦入城すれば、結婚式が終わるまでは分単位で予定がびっしりと埋まっており、気の休まる暇もないだろう。
王宮という未知の世界で、本当に自分一人で立ち向かわなければならないのだという実感がこみ上げてきたソフィアはぶるりと身を震わせる。
元々楽天的な性格の彼女であっても、待ち受ける未来に対して不安を覚えずにはいられなかった。
孤独と不安に苛まれるソフィアを乗せた馬車が王立乗馬学校の正門前を通り過ぎようとした時に、それは起こった。
彼女の眼は、正門前で背筋をピシリと伸ばして騎乗したまま美しく佇む一人の淑女に吸い寄せられる。
「あれは・・・サアラ様!?」
次回「ソフィアの旅立ちⅡ」は、9月16日(土)20時頃に公開予定です。
どうぞお楽しみに。




