【落馬と引越し ~完結編~】
モントレイ家の引越しも一段落し、ウィルド王太子の結婚式が来月に迫る中、サアラとソフィアは頻繁に接触を重ねていた。
この時期、サアラは専らソフィアの相談相手を務めている。
そして機密保持のため、サアラがランストン家を訪ねるのが常であった。
その日、ランストン家から帰る馬車の中でふと思いついたサアラは少し寄り道をする。
「屋敷に戻る前に、西の離れに行きたいわ。」
「かしこまりました。」
それは突然の思い付きであり、現在の住人であるニーナには訪問を予告していないので、外から様子を見るだけで帰るつもりだ。
馬車はしばらく走ると、西の離れの正門前に停まった。
サアラは目立たないよう静かに下車する。
西の離れは王都の外れにあるとはいえ、敷地面積だけならアムロード家の王都屋敷に匹敵する。
『久しぶりに来たけど、ここは変わらないわね・・・』
視察の目的を果たしたサアラが馬車に戻ろうとしたその時だった。
「サアラ様ーっ!」
突然大声で呼びかけられ、ギョッとしたサアラは声の主を特定するため、改めて屋敷に目を凝らす。
彼女が目にしたのは、目を疑うような光景だった。
声の主は傾斜していて滑りやすい銅葺の屋根の上で平然と立ち上がり、サアラに向かってブンブン手を振り始めたのだ。
「ニーナ! あなた一体そこで何をしているの!?」
「何をって・・・見ての通り屋根の修理ですよ。それよりもどうぞ中にお入りください。今、お迎えに参ります。」
「そんな事より、そこで立ち上がるのは危ないわ。もし屋根から滑り落ちたら、怪我では済まないのよ!」
「それなら大丈夫です、落ちないようにちゃんと命綱を付けていますから。」
そう言うとニーナは自分の腰に縛り付けた命綱をニコニコしながら掲げて見せる。
一方のサアラは気が気ではない。
「それはいいから、お願いだから座って頂戴。今の貴方を見ているだけで心臓に悪いわ。」
彼女は仕方ないといった様子で腰を下ろすと、明るい調子で話を続ける。
「それでは今すぐに参ります。」
「すぐじゃなくていいから! ゆっくり、慎重にね・・・」
「もう、サアラ様は心配性ですねぇ。そんなに心配されなくてもこれくらい大丈夫ですよ。おっと、あらら・・・」
『ギャー!!!』
屋根の上を移動しようとしてよろけたニーナを見たサアラは心の中で悲鳴を上げた。
そんなサアラの心配をよそに、屋根から器用に降りたニーナは、作業着のまま正門にいるサアラに向かってパタパタ走ってくる。
「この様な格好で申し訳ございません。お出でになる前に一言知らせて頂ければ、お迎えの準備をしましたのに・・・」
「今日はただの気まぐれで寄っただけで、少し様子を見たら帰るつもりだったの。それよりも新しい家にはもう慣れた?」
「おかげさまで快適に過ごさせていただいております。以前の家に比べたら天国ですよ。」
「そういえばあなたは屋根の修理をしていると言っていたような気がするけど、そうなの?」
「そうですよ。今日は天気が良かったので屋根の修理をしておりました。何と言っても自分でやれば安上がりですからね。」
「自分でやるって・・・あなたそんな事が出来るの? 凄いわ!」
素直に感心するサアラを前にして、ニーナは照れ臭そうに説明する。
「サアラ様が感心されるような、そんな大した事ではないです。修理と言っても新しい銅板に交換して屋根に打ち付け直すだけですから簡単ですよ。」
「でも私にはとても真似できそうにないわ。きっと屋根に上っただけで足がすくんでしまうもの。」
「実はランドンのお城でお世話になっていた時に大工の真似事のような仕事もしていたので、その経験が役に立ちました。」
「そうだったのねぇ、あなたにそんな特技があったなんて全然知らなかったわ。」
「それよりもせっかく来られたのです、様子を見るだけで帰るなんて水くさいですよ。どうぞ中にお入りください。お茶を用意しますわ。」
「そうね、では少しだけお邪魔しようかしら。」
「サアラ様ならいつでも大歓迎です。」
ウィルド王太子の結婚という慶事を控えた王都は平和だった。
サアラ自身もこの平和がこれからも続く事を疑っていない。
サアラを始めとしたクロスリート王国の人々は、隣国の動きを知らないまま運命の結婚式を迎えようとしていた。
第4部 了
次回から第5部になります。
9月15日(金)20時頃に再開予定です。
どうぞお楽しみに。




