【落馬と引越しⅣ】
ニーナの言葉は真実だった。
サアラは目の前の「廃墟」を再確認する。
『えーっと、ニーナはこれが自分の家だと言ったのよね?・・・でも本当に人が住んでいるのかしら?』
実際、この建物が貴族の邸宅だと説明されても、信じる人は誰もいないだろう。
「借り手がいないため、私たちが来るまでは長い間空き家になっていたそうです。」
『それはそうでしょうね。でも良くここを他人に貸そうという発想が出てくるものだわ。』
サアラは内心、ここを選んだモントレイ家より、むしろここを貸した大家の方に感心していた。
「家の中は掃除をしていますから、少しはましですが、外はご覧の有様です。」
「・・・立ち入った事を伺うけど、ここの家賃はおいくらなの?」
ニーナが示したのは、驚くほど安い金額だった。
しばらく「廃墟」を見つめながら無言で考え込んだサアラは、ニーナに対して一つの提案をする。
「実は王都の西に古くなって使われていないアムロード家の屋敷があります。建物は古いけど結構な広さはあるから、ここよりも少しはましのはずよ。今聞いた家賃と同じ金額でその屋敷を借りられるか、お父様に相談してみましょう。」
「本当ですか!? サアラ様、感謝申し上げます。」
「まだ決まった訳ではないから、お礼を言うのは早いわ。まずは馬車を降りましょう。」
御者に抱きかかえられるようにしてニーナが馬車を降りた時、「廃墟」の扉が開き、中からメイド服を着た年配の女性が姿を現した。
ニーナの存在に気が付いた彼女は驚いた様子で声を上げる。
「お嬢様、こんな時間に帰って来られるなんて、学校はどうされたのです!?」
「実技の授業中に落馬をしてしまって、ミス・アムロードに家まで送って頂いたの。」
「ではそちらの方が?」
「ええ、そうよ。」
サアラの方に向き直ったニーナはその女性を紹介する。
「サアラ様、こちらは当家で長年メイドを務めておりますライザです。」
「ミス・アムロード、初めてお目にかかります。モントレイ子爵家でメイド長を拝命しておりますライザと申します。」
「まあ! それではあなたがマーサの妹さん?」
「姉がいつもお世話になっております。」
『さすがマーサの妹ね、顔がそっくりだわ。』
初対面にもかかわらず、サアラは彼女に妙な親近感を覚える。
「ミス・アムロードは足首を捻挫した私のために、わざわざ馬車で送って下さったのよ。」
「そうだったのですね。」
ライザは早速サアラに礼を述べる。
「ミス・アムロード、この度はご足労いただき、本当にありがとうございました。」
「ライザさん、捻挫は命にかかわる怪我ではありません。ただし今は元気でも、これから足首が相当腫れるはずです。腫れが引くまで痛みも出るでしょうし、熱が出るかもしれないから油断は禁物ですよ。」
「承知しました。十分に気を付けます。」
ニーナをライザに引き渡したサアラは直ぐに馬車へと戻った。
車内のサアラに向かってニーナが別れの挨拶をする。
「サアラ様、本日はお忙しいところを私のために時間を割いて頂き、本当にありがとうございました。」
「私の方から言い出したのだから、気にされる事は無いわ。それよりもしばらくは絶対安静よ。無理に動いて怪我を悪化させたら大変だわ。」
「お気遣い感謝申し上げます。」
「ではごきげんよう。」
ニーナに別れを告げたサアラは、約束通り引き上げていった。
次回「落馬と引越しⅤ」は、9月9日(土)午前7時10分頃に公開予定です。
どうぞお楽しみに。




