【落馬と引越しⅢ】
帰途の車中で落ち着きを取り戻したニーナはすっかり意気消沈していた。
「本当に申し訳ございません。私、サアラ様が止めるのも聞かずに・・・」
「馬と会話しないと、こういう目に合うわ。」
「馬と会話?」
「ええ、とても大切な事よ。」
『どういう意味だろう?』
ニーナはサアラが言っている事がピンと来ていない。
しかしサアラの口調は真面目そのものであるため、彼女が冗談を言っているとは思えなかった。
「馬は人間と同じで感情があるの。機嫌がいい時も悪い時もあるわ。」
「でも馬に人間の言葉が分かるものでしょうか?」
「もちろん人間と全く同じような会話が出来る訳ではないわ。私は馬に感情が有ると言ったけど、逆に馬の方も人間の気持ちを敏感に感じ取るものなの。こちらが怒っているのか、喜んでいるのか、悲しんでいるのかを正確に把握するわ。だから人間の側がちゃんと伝えようとすれば、意思の疎通は可能よ。」
「つまり馬は人間の言葉が理解できるという意味でしょうか?」
「うーん・・・言葉が分かるというより、言葉に込められた意思を感じ取るといった方が正確かもしれないわね。」
「・・・・・・」
サアラはいたずらっぽく笑うと、話を続ける。
「まだ信じられないという顔ね? あなたはご存知ないかもしれないけど、馬は感情があるだけではなくて、表情も豊かなのよ」
「馬に表情があるのですか?」
「ええ、笑う事だってあるわよ。相手を良く観察すると分かるようになるわ。」
「そんな事、初めて知りました。」
「馬はとても賢い生き物よ。だから道具の様に扱うのはかわいそうだわ。もしあなたが馬術の上達を望むのであれば、もっと馬を信頼し、尊敬する事。それが私からのアドバイスね。」
「ありがとうございます。早く怪我を直して、サアラ様に教えて頂いた事を試してみたいです。」
『どうやら落馬のショックは心配しなくて良さそうね。』
サアラはニーナが思ったより前向きである事に安心する。
人によっては、落馬のショックで二度と馬に乗れなくなる事だってあるのだ。
「姫様、この辺りだと思うのですが・・・」
御者の報告を受けたサアラは、本題に戻る。
「もう到着したのね。さて、これからはあなたに案内して頂いた方が早いわ。」
サアラの言葉を聞いたニーナは表情を曇らせる。
「サアラ様、ここで降ろして頂けませんか? あの・・・本当に家は駄目なんです。」
「あなたは怪我をしているのよ。まともに歩く事すら出来ないのに、遠慮している場合ではないでしょう? そんなに心配しくなても、あなたを家に送り届けたらそのまま帰るわ。」
とうとう観念したニーナの案内で、馬車は程なく目的地に到着した。
「ここです。」
目の前の家をまじまじと見つめたサアラは正直に感想を述べる。
「別に普通の家じゃない。あなたがそんなに嫌がる位だから余程大変な家かと思っていたけど、何も驚いたりしないわ。」
サアラの指差した先には、小さく古びた屋敷が建っている。
確かに貴族の屋敷と称するには随分と質素だが、モントレイ家の現状を考えれば無理からぬところだ。
だがニーナの答えはサアラの予想を超えていた。
「いえ、そちらではなく、その隣の・・・」
ニーナは小声で遠慮がちにサアラの間違いを指摘する。
「隣って、廃墟しかないわよ。」
「・・・その廃墟が現在の当家です。」
「えっ!・・・」
サアラは言葉を失った。




