【隣国の摂政Ⅰ】
ウィルド王太子の結婚は正式発表から数日を経ずして、隣国であるデール公国にも伝えられた。
クロスリート王国からの使者は既に退場し、謁見の間に残っているのは二人だけだ。
二人の内、上座に座った若い男が親書と招待状が入った封書を右手でひらひらさせながら、傍らに立っている男に話しかける。
「なあビショップ、ウィルドの結婚式に私が出席するというのは、いいアイデアだと思わないか?」
「問題外ですな。」
デール公国宰相であるビショップは無表情のまま、相手の提案を直ちに切って捨てた。
「しかし私は大公ではなくしがない摂政の身だよ。摂政ならば出席しても問題ないと思うんだけどなぁ・・・」
「大問題です、摂政殿下。摂政とは実質的な国のトップですぞ。そのような立場の方が友好国でもない王国に赴かれるなど言語道断。御身に何かあったらどうされるのですか?」
「どうしてもダメかな?」
「何と言われようと駄目です。」
「しかし今まで対外的な表舞台に立つ事を避け、目立たない存在に徹していたウィルドが初めて外交の主役として登場するんだ。会ってみたいと思うのは当然じゃないか。」
通常、王族の結婚式には外国の賓客も多数招待されるため、それは単なる祝賀行事ではなく外交そのものである。
その意味では摂政の意見は正論であり、それを理解しているビショップは仕方がないといった表情で代案を提示する。
「・・・分かりました。王国には私が参ります。」
「そうかそうか、それは助かるよ。国王の代替わりはまだ先の話だろうが、それでもウィルドが次期国王である事は間違いない。もしもウィルドが戦を好む危険人物であったら、早めに知っておく必要があるからね。その辺をしっかり見てきて欲しい。」
「承知しました。」
デール公国摂政のクリストファーはウィルドより5歳年上の25歳、彼は病弱な大公の代理として国政全般を取り仕切っている。
「ユリウスとウィルド、果たしてどちらが与しやすい相手なのか?知りたいのはそこだよ。」
「現国王のユリウス四世については、あまり良い評判は聞きませんが・・・」
「確かに・・・しかし仮にユリウスが凡庸な人物であっても、三侯の存在は侮れない。その中でも特に厄介なのがアムロード家だ。」
「彼らにはこれまで何度も痛い目に合わされておりますからな。」
「そういう事。何しろアムロード家単独で、そこらの小国に匹敵する兵力を持っているなんてルール違反も甚だしいよ。我が国が容易く動けるような状況ではないだろうね。」
クリストファーは小さな溜息をつくと、冷静な現状分析を披露する。
「残念ながら総合的な国力においてクロスリート王国が我が国を凌駕している事は認めざるを得ないよ。」
「摂政殿下、そのアムロード家について聞き捨てならない情報が入っております。」
「聞き捨てならない情報?」
「ええ。最近アムロード家の一人娘が王都から追放されたというのです。」
「何だって!?」
一瞬でクリストファーの顔色が変わる。
「それ、誰からの情報?」
「情報源は王都に駐在しているオルドリッジ子爵です。子爵の報告によれば、王国から正式な発表があったとの事ですので間違いございません。」
「どんな事情があったか知らないけど、国王が三侯の直系親族を追放するなんて、何でそんな事をするんだ?・・・それでその娘はどうなったんだい?」
「それが不思議なことに追放されてから僅か10日程で恩赦となり、追放処分も解除されたとの事です。」
それを聞いたクリストファーは困惑の表情を深める。
「益々訳が分からなくなった。一体王国で何が起こっているんだ?」
「さて、そこまでは何とも・・・今分かっているのは『そういう事実があった』という事だけです。」
「この茶番劇には絶対に裏がある。確認の必要はあるけど、もし王家とアムロード家の間に亀裂が生じたとすれば、こちらにとって実に面白い事態だね。」
「仕掛けますか?」
宰相の提案に対して暫く無言で考え込んだ摂政は、やがて口を開く。
「・・・よし、攻めてみよう。」
「攻める? どちらを?」
「レラン高原を攻める。」
次回「隣国の摂政Ⅱ」は、7月24日(月)20時10分頃に公開予定です。
どうぞお楽しみに。




