【ロードマップ】
「これは由々しき事態ね。」
他人払いをした上で、王都屋敷の書斎に籠ったサアラは、サラリーマン時代のスキルを駆使して、円満追放に向けたロードマップの策定中だ。
目標は既に明確になった。
前世で企画書を度々作成していた彼女にとってロードマップの策定は、さほど難しい業務ではない。
ただ表計算ソフトやプレゼンテーションソフトなど存在しないこの世界では、全てを手書きで行う必要があるのだが。
「キーボードとマウスがあれば早いんだけどなぁ・・・」
彼女はぶつぶつ独り言を漏らしながら、ひたすらフローチャートを書き進めていく。
フローチャートに使用したのは日本語だ。
日本語で書いておけば、万一資料が盗まれて他人の目に触れたとしても、情報漏洩リスクは皆無と言える。
サアラはまず原作ゲームである「ラストロマンス」の情報整理に取り掛かる。
「ラストロマンス」におけるヒロインの名前はソフィア・ランストンという。
ソフィアの年齢は16歳、サアラより一つ年下の彼女は生まれながらの貴族ではない。
元々平民だった彼女は魔法の才能を見込まれてランストン男爵家の養女として迎えられたのだ。
ランストン家は代々魔法能力者を数多く輩出する家系だが、残念ながらランストン家の跡継ぎとなるべき子女の中に魔法の才能を持つ者はいなかった。
「ラストロマンス」の世界には魔法が存在するが、それは一般的な能力ではなく、限られた人間のみが持つ能力である。
ちなみに魔法能力の発現率は貴族の方が明らかに高いが、平民の中にも稀に魔法の才能に秀でた者が現れる事がある。
そしてそのような者が貴族の養子として迎えられるケースは珍しくないため、ソフィア・ランストンの場合もその一例に過ぎない。
次にヒロインのメインの攻略対象となるのが、物語の舞台となるクロスリート王国のウィルド王太子である。
ウィルド王太子の年齢は20歳、女子の理想が結晶になったような、完璧イケメンキャラだ。
もちろんこちらの世界にも、ゲームと同じくソフィア・ランストンとウィルド王太子は実在する。
偶然の出会いを果たしたヒロインとウィルド王太子は、ゲーム中の様々なイベントを通して相互理解を深め、次第に惹かれ合うようになる。
そして二人のロマンスの邪魔をする敵役として極めて重要なポジションにいるのが、他ならぬサアラ・アムロードだ。
ゲーム中のサアラはウィルド王太子に片想いをしており、ウィルドとの仲を深めていくソフィアに激しい対抗心を燃やして、事あるごとに二人の邪魔をするわけだが、邪魔が入る事でかえって二人の絆が深まる結果となってしまう。
逆に言えば、サアラ・アムロードがきっちり仕事をしないと、ゲームのストーリーがちっとも進展しないのだ。
そして今の彼女は正にその状態である。
何しろサアラは二人の邪魔を全然して来なかったのだ。
それどころか、今までの彼女はソフィアの顔と名前がようやく一致する程度であり、邪魔する以前に接点そのものがほとんど無かったというのが偽らざる事実だ。
また元々王都暮らしに馴染めず、出来れば故郷に帰る事を願っていたサアラにとって、ウィルド王太子は遠い存在だった。
三侯の一員として、ウィルド王太子とはそれなりの接触はあったものの、サアラにそれ以上の関係を求めるつもりはさらさら無かった。
王宮で開かれる舞踏会において、時にはウィルド王太子の相手を務める事もあったが、それは彼女にとって貴族女性としての義務を淡々と果たしたに過ぎず、ウィルド王太子とサアラがお似合いだなどという周囲の声を、彼女は全く本気にしていなかった。
『そうか、ラストロマンスでのサアラ・アムロードは、これを本気に受け取ってしまったのね。』
彼女はゲームキャラクターとしてのサアラの気持ちが少しだけ理解できた気がした。
こうしてサアラは目標達成に向けたボトルネックを把握した。
サアラには二人の邪魔をするための明確な動機、原動力が決定的に不足していたのだ。
彼女はこの分析結果をフローチャートに大きな文字で書きこむ。
しかし今やその動機を手に入れたサアラにとって、この問題は解決したも同然である。
『要するに全部私の責任だったという事ね・・・』
サアラは悪役令嬢として、なすべき事を全くなしていなかった。
これではストーリーが全然先に進まないのは当然の話だ。
このままでは彼女の目的である円満追放ばかりでなく、二人の幸せな未来までも閉ざす事になりかねない。
『今のままでは悪役令嬢どころか人見知り令嬢だわ。何とかしなくては・・・』
今の彼女の悪役令嬢力は最低だった。
『待っていてねソフィアさん。これからは心を入れ替えてあなたの事をちゃんといじめるから勘弁してね。』
サアラは心を込めて誠実に意地悪し、立派な悪役令嬢として、二人の仲を邪魔する事を固く決意した。
次回【怨霊と怪鳥】は11月17日(木)20時に公開予定です。
今回に比べると、かなり振り幅が激しいエピソードになりますが、そういう作品だと思って頂ければありがたいです。
どうぞお楽しみに。