【恩人】
「ミス・アムロード、お待ち下さい。」
披露式が無事に終わり、屋敷に戻ろうとしていたサアラを呼び止めたのは、彼女にとって意外な人物だった。
振り向いたサアラの前には恩赦を受けた17名の内、最初に名前を呼ばれた若い女性が立っている。
「ごきげんよう、ミス・モントレイ。」
サアラとしてはつい先ほど見たばかりの人物であり、目の前にいるニーナ・モントレイは強く印象に残っているものの、ニーナ自身が今まで追放されていたという事もあり、実際は初対面と言ってもいい間柄だ。
「私に何か御用かしら?」
「失礼ながら一言申し上げたくて声を掛けさせて頂きました。ミス・アムロード、あなた様のおかげで私の追放は解かれました。本当に何とお礼を申し上げたら良いのか分かりません。」
突然自分に接近してきたニーナに対して、サアラは当然警戒心を抱いている。
「一体何の事でしょう?あなたの恩赦を決めたのは王家であって、当家ではありませんよ。」
初対面に近い人物を簡単に信用できる程、王都の貴族社会は甘いものではない。
最悪、王家が送り込もうとしているスパイの恐れすらあるのだ。
「それは良く存じております。それでもあなた様の一件が無ければ、そもそも私たちの恩赦などあり得なかった。そう考えているのは私だけではありません。恩赦を受けた貴族の全員がそう思っているはずです。」
指摘を受けたサアラはハッとした。
確かにニーナが言う通り、サアラ以外の恩赦は王家が彼女の恩赦を偶然だとカモフラージュするために、王家の都合で行なわれたものに過ぎない。
それが予期せぬ結果として、恩赦を受けた貴族に対してアムロード家が恩を売った形になっていたのだ。
特にモントレイ伯爵家は領地を持たない王都貴族であるため、王都からの追放は即、貴族社会からの追放を意味している。
その意味では状況の深刻度において、ニーナはサアラの比ではなかった。
そして追放された王都貴族が未婚の女性だった場合、さらに悲惨な未来が待っている。
将来の結婚への道がほぼ閉ざされてしまうのだ。
王宮での社交が出来ない女性をわざわざ娶る貴族など普通は存在しないからだ。
不運にも、これらの条件が全て当てはまってしまうニーナにとって、追放は文字通り人生を左右する大問題だったのだ。
「ミス・アムロード、この御恩は必ず返させて頂きます。」
サアラを見つめるニーナの表情は真剣そのものだった。
それでもこの時点でサアラはニーナの事を信用したわけではない。
しかし客観的に見て、余程の幸運か強いコネクションでも無い限り、ニーナの将来が閉ざされていたのは間違いない。
その「余程の幸運」をもたらしたのが他ならぬサアラ自身である事を考えると、彼女が自分に感謝するのは理解できる。
スパイの可能性も完全には否定できないため、十分に注意は必要だが、サアラはニーナを遠ざけない事にした。
「あなたがそう思うのは自由だけれど、私は恩を返して欲しいなんてこれっぽっちも思っていませんよ。ただこうなったのも何かの縁です。もっと気楽なお友達としてなら喜んでお付き合いしますわ。」
「本当ですか! ありがとうございます。私は社交界にデビューした直後に追放されてしまったため、実は王都に知り合いがほとんどいないのです。サアラ様にお友達になって頂けるなんて、これほど心強い事はございませんわ!」
ニーナは感激した面持ちで礼を述べる。
『お友達が少ないのは私も同じですけどね・・・』
サアラの方は若干複雑な感情であったが、それを表に出す事は無く、明るい表情で話を切り上げる。
「こちらこそよろしくね。またお会いしましょう、ミス・モントレイ。それではごきげんよう。」
次回「婚約発表」は、1月3日(火)午前8時10分頃に公開予定です。
どうぞお楽しみに。




