【ラストロマンスⅦ】
「それでは僭越ながら申し上げます。」
サアラはそう前置きすると、王妃の仮説に対する私見を述べる。
「陛下のお考え通り、ゲームが現実を模したと仮定すれば、看過できない疑問が生じます。」
「何かしら。」
パトリシアは興味津々で身を乗り出す。
「私は前世でゲームをプレイしていたわけですから、ラストロマンスが製作されたのは、私がサアラ・アムロードとして転生する以前という事になります。ゲームのシナリオライターは未来に起きる出来事を予知してシナリオを書いたという事でしょうか?」
「それはたぶん違うわ。」
「どういう事でしょう?」
「この世界とあなたが元いた世界、二つの世界は同一の時間軸ではなく、全く異なる時間軸に支配されている。だから二つの世界の時間のずれは必ずしも矛盾にはならないのよ。」
「確かにそれで最初の問題は説明がつきますが、解決すべき疑問はまだございます。陛下の仮説に従えば「ラストロマンス」の作者は、王国で起こった一連の出来事をつぶさに体験した上で、『元の世界に戻ってゲームを作った』事になりませんか?」
「あるいは元々こちらの住人だったのが、向こうの世界に転生したのかもしれない。あなたのように向こうからこっちに来る事が可能なら、その逆も十分可能性はあるわ。」
ここで王妃は今日一番に真剣な表情で確認するように問いかける。
「元の世界に戻りたい?」
しばらく無言で考えたサアラは、ゆっくりと首を横に振る。
「今の私にとって前世の記憶とは、遠い昔に行った懐かしい旅の思い出のようなものです。元の世界に戻りたい気持ちが無いわけではありませんが、今の私にとって『サアラ・アムロード』としての人生の方が遥かに現実です。」
「つまり?」
「つまりこの世界で『サアラ・アムロード』として生きる事が、私にとっての正解に思えてならないのです。」
「前世を知ってもなお、今の人生に後悔や不満は無いという事ね?」
「私の前世はとても平凡なものでした。貴族ではない市井の家庭に生まれ、そのまま穏やかで退屈な人生を送っていた事でしょう。戦地に赴く事など決して無かったと断言できます。それに比べると、今の人生はとても刺激的です。」
「それがあなたの選択なのね。」
「追放される事で今回の人生でも気楽な立場になれるという期待はあったのですが、どうもそれは叶わないようです。それでも私は今の生活を気に入っていますわ。」
「あなたの気持ちは分かりました。正直とても安心したわ。今日は長い時間引き留めた上に質問攻めにして悪かったわね。」
「私の話が陛下のお役に立てたのなら光栄です。」
「またいらっしゃい。今度はあなたがいた世界の話をもっと聞きたいわ。転生者の話なんてとても貴重ですもの。研究者としての血が騒ぐわ。」
「さしずめ私は陛下の『研究対象』ですか?」
「フフフ、そういう事になるかもね。これからはあなたをここまで案内したケイトが私との仲介役になるわ。覚えておいてね。」
「承知しました。私もまた陛下とお話しさせて頂きたく存じます。これからもよろしくお願い致します。」
こうして二人の初対面は無事に終了した。




