【金色の紋章Ⅲ】
夜会を終え、王都屋敷に戻ったサアラは、早速招待状の中身を確認する。
驚くべき事に招待状の本文にも差出人のサインが書かれていない。
ただし招待状の末尾にはサインの代わりに鮮やかな金色の紋章が記されていた。
『何と古風な・・・』
アムロード家における「草冠に女神」のように、貴族はそれぞれが家の象徴となる紋章を持っている
ただしクロスリート王国で金色紋章を使えるのは王家だけの特権だ。
だが招待状に記された紋章はクロスリート王家の紋章とは明らかに異なっている。
「王家の紋章とは異なる金色の紋章」から導き出される結論は一つしかない。
これは王族の個人紋章である。
個人紋章は個人を識別する手段として、サインより古くから存在しており、昔はサインよりも使われていたという歴史がある。
ただしこの方法には個人紋章とそれに紐づく相手を記憶しないと、どれが誰だか分からなくなるという大きな欠点があった。
それでも貴族が比較的少ない時代であれば何とかなっていたのだが、貴族人口が増えた現在ではサインが一般的であり、個人紋章が使われる事は稀だ。
当然、サアラ自身も個人紋章を持っているのだが、実際に使う場面は数える程しか無かった。
何より招待状に記された紋章はサアラにとって全く見覚えのないものだった。
『ソフィアさんの紋章かしら?』
サアラが真っ先に考えたのは、これがソフィアの個人紋章である可能性だ。
新たに王族となったソフィアの個人紋章が完成したと最近になって本人から聞いていたが、実物はまだ見た事がないため、今のところ予想に過ぎない。
『確認する必要があるわね。』
サアラは少し前に彼女を出迎えたマーサを呼ぶ。
「お呼びでしょうか?」
「マーサ、夜遅くに悪いのだけれど、書庫から紋章辞典を持ってきてくれる?」
「紋章辞典!?今から全部でございますか?」
「いいえ、最初の一巻だけで十分よ。」
「承知しました。」
しばらくするとマーサが分厚い本をトレーに乗せて運んでくる。
「お嬢様、こんな夜遅くに調べ事ですか?」
心配そうなマーサに対して、サアラは簡潔に説明する。
「ええ、どうしても今日中に調べておきたいの。マーサは私に付き合わなくていいから、先に休んで頂戴。」
紋章辞典は王国貴族の家紋章と個人紋章を全て網羅しているため、全体としては膨大な量になるのだが、今回の調査対象は王族の紋章だけなので、それほど手間はかからない。
マーサが退出し、一人になったサアラは招待状に記された紋章と紋章辞典に記された王族の個人紋章を一つ一つ比較し始めた。
『あった!・・・でもこれって本当なの!?』
目的の紋章はすぐに見つかった。
だが問題はそれが誰を示しているかという一点に集約される。
次回「金色の紋章Ⅳ」は、8月14日(木)午前7時10分頃に公開予定です。
どうぞお楽しみに。




